第5話 枯れゆく貯水湖
王城を後にした真人は、王都の北門へ向かって歩いていた。
エリオス王から聞いた貯水湖。
十年以上、水位が下がり続けている場所。
それが世界の異変と関係しているのか。
まだ分からない。
だからこそ、自分の目で確かめる。
しばらく歩くと、城壁の外へ広がる大きな湖が見えてきた。
王都北貯水湖。
本来なら王都中へ水を送る、この国最大の貯水湖だ。
しかし湖岸には乾いた地面が広がり、水面には大きく白い跡が残っている。
かつての水位が、今よりずっと高かった証だった。
「……また減ったか。」
湖畔で、一人の男が木の杭を見つめていた。
杭には細かな線が刻まれている。
水位を測るための目印なのだろう。
真人は男へ近付く。
「失礼します。」
男は振り返った。
「旅の人か?」
「はい。」
「こちらを管理されている方でしょうか。」
男は静かにうなずく。
「ああ。」
「この湖の管理を任されている。」
真人は湖へ目を向ける。
「毎日、水位を測っているのですか。」
「もう十年以上な。」
男は苦笑した。
「昔は増えた日も減った日もあった。」
「今は違う。」
「毎日、少しずつ減る。」
「雨が降っても戻らない。」
真人は湖へ視線を向けたまま、小さく息を吐く。
(まずは事実を確認する。)
視界の端に、淡い文字が浮かび上がる。
【完全査定】
真人は心の中で静かに唱えた。
(査定。)
湖全体へ視線を向ける。
淡い光が水面をゆっくりとなぞっていく。
【対象】
王都北貯水湖
【状態】
魔力不足
世界循環低下
世界への影響 大
表示は、それだけだった。
原因は示されない。
対処法も表示されない。
真人は表示を見つめながら小さくうなずく。
(やはり……。)
(世界帳簿は答えを教えるものじゃない。)
(答えへ近付くための材料を示してくれるだけだ。)
真人は表示を閉じると、再び管理人へ向き直った。
「お聞きしてもよろしいでしょうか。」
「何だ?」
「この湖で、一番最初に異変へ気付いたのは誰ですか。」
管理人は少し考え込み、ゆっくりと口を開いた。
「……先代の管理人だ。」
「最初は『気のせいだろう』って笑っていた。」
「だが一年、二年と経っても水位は戻らない。」
「その頃から、王都全体でも異変が増え始めた。」
真人は黙って話を聞く。
事実を一つずつ積み重ねる。
焦って結論を出してはいけない。
それは税務調査官だった頃も、今も変わらない。
真人はゆっくりと湖岸を歩き始めた。
この湖は、原因ではない。
そう感じ始めていた。
だとすれば、本当の原因はどこにあるのか。
その答えは、まだ湖のどこかに残されているはずだった。
真人は湖岸をゆっくりと歩き続けた。
乾いた土を踏みしめながら、水辺へ目を向ける。
波は穏やかだ。
水が濁っているわけでもない。
異臭がするわけでもない。
少なくとも見た限りでは、湖そのものに異常は見当たらなかった。
(湖が壊れているようには見えない。)
真人は湖へ流れ込む一本の川へ視線を向ける。
水は流れている。
だが、その流れはどこか弱々しい。
真人は川岸まで歩き、しゃがみ込んだ。
そして静かに【完全査定】を発動する。
【対象】
王都北貯水湖流入河川
【状態】
魔力不足
世界循環低下
世界への影響 中
表示は、それだけだった。
やはり原因は示されない。
真人は川の水を手ですくい、静かに眺める。
「……。」
冷たい。
濁りもない。
水質に問題があるようには思えなかった。
「兄さん。」
管理人が後ろから声をかける。
「そんなに川が気になるのか。」
真人は立ち上がった。
「この川は、どこから流れてきているんですか。」
管理人は迷うことなく北を指差す。
「あの森だ。」
「昔からあの森を抜けて、この湖へ流れ込んでいる。」
「水源までは、歩いて半日ほどだな。」
真人は北の森を見つめる。
木々が生い茂り、その奥はここからでは見えない。
(湖も異常。)
(川も異常。)
(なら……。)
真人は頭の中で情報を整理する。
湖だけが悪いのなら、川は正常なはずだ。
川だけが悪いのなら、水源は正常かもしれない。
だが、湖も川も同じように循環が落ちている。
つまり——。
「異常は、もっと上流から来ている。」
思わず口にした言葉に、管理人が首をかしげる。
「上流?」
「いえ。」
真人は小さく首を振る。
「独り言です。」
まだ確信ではない。
推測を事実のように話すべきではない。
真人は最後にもう一度、湖を見渡した。
「ありがとうございました。」
「お話が聞けて助かりました。」
管理人は照れくさそうに笑う。
「何か分かったら、ぜひ教えてくれ。」
「この湖は、王都のみんなの命だからな。」
真人は静かにうなずく。
「分かりました。」
「まずは確かめてきます。」
そう言うと、真人は北へ続く道へ向かって歩き始めた。
目指すは、水源。
世界の異変の原因は、その先にあるかもしれない。
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監査記録 No.0004
案件名:王都北貯水湖
結果:調査継続
新たな調査対象:水源
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次回『水源を追え』




