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元税務調査官、異世界で世界監査局を作ったら魔王軍の脱税を暴いて世界最強になりました  作者: 春野ケイ


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第3話 世界を救う仕事

 ゴルドの姿が路地の奥へ消えると、辺りは静けさを取り戻した。


 少年は大事そうに黒パンを抱えたまま、真人の前へ歩み寄る。


「……ありがとうございました。」


 真人は小さく首を横に振った。


「礼を言われることではありません。」


「私は、やるべきことをしただけです。」


 少年は少し困ったように笑う。


「それでも……助かりました。」


 その時だった。


「おーい!」


 大通りの方から、一人の男が駆けてくる。


 小麦粉のついた前掛けを身に着けた、中年の男だった。


「無事か!」


 男は少年の肩を掴み、全身を見回す。


「ケガはないな?」


「うん、大丈夫。」


 少年がうなずくと、男はようやく安堵の息をついた。


「心配させやがって……。」


 そして真人へ向き直る。


「もしかして、あんたが助けてくれたのか?」


 真人は少し考え、静かに答えた。


「助けたというより、状況を確認しただけです。」


 男は意味が分からないという顔をしたが、それ以上は聞かなかった。


 深々と頭を下げる。


「ありがとう。」


「あの子は店の使いで昼飯を運んでる途中だったんだ。」


「最近は魔族がうろついてるから、一人で行かせるんじゃなかった。」


 少年は照れくさそうに笑いながら黒パンを抱きしめる。


 真人はふと周囲へ目を向けた。


 崩れた石畳。


 ひび割れた家々。


 人通りはある。


 だが、誰も笑っていない。


 活気というものが、この街から抜け落ちていた。


「一つ、お聞きしてもいいですか。」


 真人が口を開くと、店主は姿勢を正した。


「なんだ?」


「この街は、いつからこんな状態なんですか。」


 店主は苦笑いを浮かべる。


「気付けば、だな。」


「十年くらい前から少しずつおかしくなった。」


「井戸の水は減るし、畑は育たねぇ。」


「魔道具も動かなくなる。」


「最初は天候のせいかと思ってた。」


「でも、年々ひどくなる一方だ。」


 少年も小さく続ける。


「父さんは……。」


「『世界が疲れてるんだ』って言ってました。」


 真人は黙って二人の話を聞いていた。


(違う。)


(世界が疲れているんじゃない。)


(世界へ返るべきものが、返っていない。)


 それだけで、これほど世界は変わってしまうのか。


 第2話で見た世界帳簿の数字が脳裏によみがえる。


 世界健全率、わずか三・一パーセント。


 未納総額――計測不能。


(ゴルド一体で、あれだけ世界が回復した。)


(なら……。)


(この世界中にある”未納”を是正できれば。)


 そこまで考えた真人は、自分で首を横に振った。


(一人じゃ無理だ。)


 世界は広すぎる。


 王都だけでも、一人で調べきれる広さではない。


 まして世界全体となれば、何年かかるかも分からない。


 店主が真人の様子を見て、不思議そうに尋ねた。


「兄ちゃん。」


「何か考え事か?」


 真人は視線を上げた。


「この国で、一番この世界のことを知っている人は誰でしょう。」


 店主は少し考えたあと、王城の方角を指差した。


「そりゃ王様だろうな。」


「昔ほど力はなくても、この国の王であることに変わりはねぇ。」


 真人もゆっくりと王城を見つめる。


 青空の向こうに、かすかに白い城壁が見えていた。


「……分かりました。」


「まずは、話を聞いてみます。」


 真人は静かに歩き出す。


 この世界を救う方法を知るために。


 まずは、この世界を知らなければならないのだから。


王都南地区を抜けると、道幅は少しずつ広くなっていった。


 割れた石畳はそのままだが、人通りは路地裏より多い。


 荷車を押す男。


 井戸へ向かう女。


 店先で野菜を並べる老人。


 誰もが淡々と日常を過ごしている。


 けれど、その表情に明るさはなかった。


 真人は足を止め、街並みを見渡す。


(誰も原因を知らない。)


(だから、対処のしようもない。)


 病気の原因が分からなければ治療できないように、この世界も同じだった。


 原因が分からないから、世界が少しずつ壊れていくのを見ていることしかできない。


 その時、視界の端で小さな文字が揺らめいた。


【監査対象:なし】


 真人は思わず苦笑する。


「そうか……。」


「誰彼かまわず確認すればいいってものじゃない。」


 調査にも順番がある。


 現場を知り、事実を集め、そこから全体像を組み立てる。


 焦ってはいけない。


 税務調査官だった頃、何度も自分に言い聞かせてきたことだ。


 真人は王城を見据えた。


「あそこなら、この国の記録が残っているかもしれない。」


「世界がおかしくなり始めた時期も、何か分かるはずだ。」


 そう考えた、その時だった。


 空に、低く澄んだ音が響く。


 ゴォォォン――。


 真人が顔を上げる。


 巨大な世界帳簿が、ゆっくりと開いた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


   世界帳簿


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


世界健全率   3.1%


魔力循環率   5.4%


世界幸福度   8.1%


魔王軍支配率  94%


監査済み地域  1/128


世界監査機能  停止


未納総額    計測不能


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【監査記録 No.0002】


案件名:情報収集


結果:継続


次の推奨調査対象


【王城】


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 真人は最後の一行を見つめた。


「推奨調査対象……。」


 世界帳簿が示したのは、王城だった。


 偶然ではない。


 この世界を立て直すために必要な情報が、そこにあるということなのだろう。


 真人は静かに息を吸う。


「まずは事実を確認する。」


「答えを出すのは、そのあとだ。」


 その言葉を胸に、王城へ向かって歩き出した。


 世界を救うための、本当の調査が始まろうとしていた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


次回『王城の王』

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