第19話 徴収
「それでは――監査を開始します。」
真人の言葉が洞窟に静かに響いた。
次の瞬間。
淡い光が真人の足元から広がり、洞窟全体を包み込んでいく。
部下の魔族たちが思わず身構えた。
「な、何だ……!」
「魔法か?」
しかし、その光に害意はない。
温かく、静かな光だった。
四天王だけは動かず、その光景を見つめている。
「これが……監査。」
真人は静かに右手を前へかざした。
「【完全査定】」
光が四天王を包み込み、一枚の巨大な帳簿のようなものが二人の間へ浮かび上がる。
真人だけが見ていた表示とは違う。
今度は四天王にも、その内容が見えていた。
四天王は目を見開く。
「これは……。」
帳簿には、淡い文字が一行ずつ刻まれていく。
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監査対象
四天王
監査結果
世界循環阻害物質の運搬
港町レヴィナへの被害
世界循環の悪化
未納魔力 極大
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洞窟は静まり返っていた。
部下たちは表示を見ることはできない。
だが、四天王の表情が変わったことだけは誰の目にも明らかだった。
真人は静かに帳簿を見つめる。
「これが監査結果です。」
「あなたは、世界循環を乱す物質を運搬し、その結果として港町へ被害を及ぼしました。」
四天王は何も言わない。
ただ、帳簿を見つめ続けている。
真人は続けた。
「ですが。」
「未納魔力が発生した理由は、部下を守ろうとしたことではありません。」
四天王がゆっくりと顔を上げる。
「あなたは、この木箱が世界へ被害を及ぼすことを知っていました。」
「それでも運搬を続けた。」
「世界帳簿は、その結果を未納として記録しています。」
四天王は静かに目を閉じた。
否定の言葉は、一つもなかった。
長い沈黙の末、小さく息を吐く。
「……そのとおりだ。」
「私は、知りながら運び続けた。」
真人は一歩前へ出る。
「監査は終了しました。」
「これより、未納魔力の徴収を執行します。」
真人の言葉と同時に、宙に浮かぶ帳簿がゆっくりとページをめくった。
洞窟の空気が静まり返る。
四天王は逃げようとしなかった。
ただ、真人をまっすぐ見つめている。
「徴収とは、命を奪うものではありません。」
真人は静かに告げる。
「世界へ返されるべきものを、本来あるべき場所へ戻す。」
「ただ、それだけです。」
四天王は小さく目を閉じた。
「……来い。」
真人は静かに右手を掲げる。
「徴収、執行。」
次の瞬間。
帳簿から無数の光が溢れ出し、四天王の身体を優しく包み込んだ。
黒く淀んでいた魔力が、細い光の粒となって次々と身体から離れていく。
それらは帳簿へ吸い込まれ、淡い金色へと姿を変えた。
洞窟全体を満たしていた重苦しい空気が、少しずつ薄れていく。
同時に、積み上げられた木箱にも変化が現れた。
木箱を覆っていた黒い靄が音もなく消え、封印の紋様が淡い光を放ち始める。
「これは……。」
部下の魔族たちが驚きの声を漏らす。
一つ、また一つと木箱から禍々しさが消えていく。
四天王はゆっくりと両手を見つめた。
胸を締め付けていた重圧が、少しずつ消えていく。
「身体が……軽い。」
真人は静かに帳簿を閉じる。
「徴収、完了。」
その瞬間。
洞窟へ吹き込んできた潮風は、これまでとは違う澄んだ香りを運んできた。
その時だった。
洞窟の外から、潮騒とは違う音が聞こえてきた。
「おい!」
「見ろ!」
誰かの叫び声だった。
部下の魔族たちが思わず入り江へ駆け出す。
真人と四天王も後に続いた。
入り江の海は、先ほどまでとはまるで違っていた。
濁っていた海面はゆっくりと透明さを取り戻し、穏やかな潮の流れが岩場を優しく洗っている。
その水面の下を、無数の魚影が群れをなして泳いでいた。
「魚だ……。」
一人の魔族が思わず声を漏らす。
四天王は目を見開いたまま、海を見つめていた。
「こんなことが……。」
遠くの港からも歓声が風に乗って届いてくる。
「魚が戻ったぞ!」
「網がいっぱいだ!」
「こんなの何年ぶりだ!」
港町の人々は、まだ理由を知らない。
それでも、海が戻ったことだけは誰もが感じていた。
真人は静かにその光景を見つめる。
「世界は、少しだけ元の姿を取り戻した。」
四天王はゆっくりと真人へ向き直った。
その表情からは、張り詰めていた力が抜けていた。
「……榊真人。」
「私は、お前に敗れたのではないな。」
真人は穏やかに首を横へ振る。
「勝ち負けではありません。」
「私は、この世界を本来あるべき姿へ戻したいだけです。」
四天王は小さく笑う。
「そうか。」
「ならば私は……救われたのかもしれんな。」
四天王は静かに部下たちを見渡した。
疲れ切った表情。
傷だらけの手。
誰もが限界まで働き続けていた。
四天王は小さく息を吐く。
「作業は中止だ。」
部下たちが驚いたように顔を上げる。
「四天王様……?」
「今日は休め。」
「残りのことは、私が責任を負う。」
一人の部下が思わず声を上げた。
「ですが、それでは四天王様が……!」
四天王は静かに首を横へ振る。
「責任者とは、そういうものだ。」
「少なくとも今日くらいは、安心して休め。」
部下たちは顔を見合わせ、やがて深く頭を下げた。
「……ありがとうございます。」
真人はその様子を静かに見届ける。
四天王は真人へ向き直り、穏やかに口を開いた。
「榊真人。」
「お前の監査は、私の考えを変えた。」
「だが、この先は簡単ではない。」
真人は静かにうなずく。
「分かっています。」
四天王は遠くの海へ目を向けた。
「私の上には、さらに大きな存在がいる。」
「その者たちまで正そうというのなら……。」
一拍置き、小さく笑う。
「覚悟だけは、しておけ。」
真人はまっすぐ四天王を見返した。
「覚悟なら、最初からできています。」
短いやり取りのあと、二人は互いに小さくうなずいた。
敵としてではなく。
それぞれが、自分の信じる役目を果たす者として。
港町を後にした真人は、小高い丘の上で足を止めた。
振り返ると、夕日に照らされたレヴィナの港が見える。
港には活気が戻り、人々の笑い声が風に乗って届いてきた。
真人は静かに目を閉じる。
「【世界帳簿】」
淡い光が目の前に広がる。
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世界帳簿
世界健全率
13.7%
↓
15.2%
未納魔力総量
減少
港町レヴィナ
監査完了
世界循環
正常化
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表示が切り替わる。
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新たな異変を検知
対象地域
鉱山都市グランベル
推定未納魔力 極大
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真人は表示を静かに見つめ、小さく息を吐いた。
「……次は鉱山か。」
表示はゆっくりと光の粒になって消えていく。
真人は港町へ一度だけ視線を向けると、迷うことなく街道を歩き始めた。
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監査記録 No.0019
案件名:港町レヴィナ
結果:監査完了
世界循環正常化
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第二章 完




