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元税務調査官、異世界で世界監査局を作ったら魔王軍の脱税を暴いて世界最強になりました  作者: 春野ケイ


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20/20

第20話 旅の始まり、最初の監査

 港町レヴィナを訪れてから、数日。


 港を覆っていた重苦しい空気は消え、人々の表情には活気が戻っていた。


「今日は大漁だ!」


「網を急げ!」


「魚が逃げるぞ!」


 港には威勢のいい声が響き、漁船が次々と沖へ出ていく。


 真人はその光景を静かに眺めていた。


 港町の人々は、この変化の理由を知らない。


 それでいい。


 大切なのは、元の暮らしを取り戻せたことだ。


 真人は小さく息を吐くと、背負った荷物を持ち直した。


「さて。」


 視線を街道へ向ける。


 次の目的地は、鉱山都市グランベル。


 世界帳簿が新たな異変を示した場所だ。


 ここから歩けば、およそ五日。


 決して近い距離ではない。


 真人はゆっくりと歩き始める。


 街道には旅人の姿も多かった。


 荷馬車を引く商人。


 護衛を務める冒険者。


 故郷へ帰る家族連れ。


 それぞれが、それぞれの目的地を目指して歩いている。


 そんな中、一台の荷馬車が真人を追い越していった。


「兄ちゃん、一人旅か?」


 御者の男が気さくに声を掛けてくる。


「はい。少し先まで。」


「気を付けな。」


「最近は街道の治安が悪くてよ。」


 真人は足を止める。


「治安が悪い?」


「ああ。」


 男は苦笑しながらうなずいた。


「この辺りじゃ、ゴブリンが妙に増えてるんだ。」


「前までは森の奥にいるだけだったのによ。」


「最近は街道まで出てきやがる。」


 荷台に座っていた商人も話へ加わる。


「護衛を雇う金も馬鹿にならない。」


「商売にならなくて困ってるよ。」


 真人は二人へ軽く頭を下げた。


「ありがとうございます。」


「気を付けます。」


 荷馬車は再び動き出し、街道の先へと去っていく。


 真人はその後ろ姿を見送りながら、小さくつぶやいた。


「ゴブリンか……。」


 世界帳簿は鉱山都市を示していた。


 だが、旅の途中で起きている異変を見過ごす理由にはならない。


 真人は歩く速度を少しだけ上げ、街道の先を見据えた。


街道を歩き始めてから一時間ほどが過ぎた。


 太陽は高く昇り、行き交う旅人の姿も少しずつ増えていく。


 その時だった。


「助けてくれ!」


 切羽詰まった叫び声が街道の先から響いた。


 真人は顔を上げる。


 土煙が舞い上がり、一台の荷馬車が全速力でこちらへ向かってくる。


「逃げろ!」


「ゴブリンだ!」


 御者が必死に手綱を握る。


 荷台には商人らしき男女が身を寄せ合い、怯えた表情で後方を見つめていた。


 その視線の先――。


 森の中から数匹のゴブリンが飛び出してくる。


 手には粗末な棍棒や錆びた短剣。


 甲高い叫び声を上げながら、荷馬車を追いかけていた。


「ギギャア!」


「ギャッ!」


 真人は街道の中央へ静かに歩み出る。


「そこの兄ちゃん!」


「危ない! 逃げろ!」


 御者が叫ぶ。


 しかし、真人は動かなかった。


 逃げ惑う荷馬車。


 迫るゴブリン。


 その距離があと十歩ほどまで縮まった時、真人は静かに右手を前へかざす。


「【完全査定】」


 視界に淡い文字が浮かび上がる。


━━━━━━━━━━━━━━


対象:ゴブリン


未納魔力 微小


危険度 低


━━━━━━━━━━━━━━


 真人は眉をひそめる。


「……違う。」


 目の前のゴブリンではない。


 視線を森の奥へ向けた、その瞬間。


 さらに大きな反応が現れる。


━━━━━━━━━━━━━━


対象:???


未納魔力 中


危険度 高


━━━━━━━━━━━━━━


 真人は静かに息を吐いた。


「やはり、群れを率いる者がいる。」


 その直後、森の奥から低く唸るような咆哮が響いた。


 ゴブリンたちの動きが、一斉に変わる。


低い咆哮が森の中へ響き渡る。


「グルルルル……。」


 その声を聞いた途端、ゴブリンたちの動きが変わった。


 さっきまで無秩序に追い掛けていた群れが、一斉に散開する。


「囲めという合図か。」


 真人は静かに周囲を見渡した。


 右に二匹。


 左に三匹。


 残る数匹は正面から荷馬車へ迫っている。


「ギャア!」


 一匹のゴブリンが棍棒を振り上げ、御者へ飛び掛かった。


「しまっ――!」


 御者が身をすくめる。


 その瞬間、真人が一歩踏み出した。


 棍棒が振り下ろされるより早く、その腕をつかむ。


「そこまでだ。」


 ゴブリンは驚いたように目を見開く。


「ギッ!?」


 真人は腕を軽くひねり、その勢いのまま地面へ投げ飛ばした。


 砂煙が舞い上がる。


 続けて二匹目が短剣を突き出してくる。


 真人は半歩だけ身をずらし、その手首を払う。


 短剣が地面へ転がった。


 そのまま腹部へ掌底を打ち込む。


「ガァッ!」


 ゴブリンは悲鳴を上げながら吹き飛び、仲間へぶつかって転がった。


 商人たちは目の前の光景に息をのむ。


「つ、強い……。」


 だが、真人は追撃しなかった。


 倒れたゴブリンたちも、未納魔力は微小だった。


 問題は別にいる。


 真人は森の奥へ視線を向ける。


「姿を見せろ。」


 静かな声が森へ溶け込む。


 すると木々の奥で枝が大きく揺れた。


 ドシン。


 ドシン。


 重い足音が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。


 逃げかけていたゴブリンたちは、その音を聞くと再び立ち止まり、一斉に森の奥へ頭を下げた。


「……来たか。」


 真人は静かに構えを取った。


木々を押しのけるように、一体の大柄なゴブリンが姿を現した。


 普通のゴブリンより一回り以上大きい体。


 傷だらけの革鎧をまとい、片手には人間が使っていたと思われる大剣を握っている。


 その鋭い眼光が真人を捉えた。


「グルォォ……。」


 低く唸る声に、周囲のゴブリンたちが一斉に道を開ける。


 真人は静かに右手をかざした。


「【完全査定】」


 淡い文字が視界に浮かび上がる。


━━━━━━━━━━━━━━


対象:ゴブリンロード


未納魔力 中


危険度 高


統率能力 高


━━━━━━━━━━━━━━


 真人は小さく息を吐く。


「ゴブリンロード……。」


 ただ力が強いだけではない。


 群れを統率し、街道を狙って襲撃を繰り返している個体だ。


 ゴブリンロードは真人を見据えたまま、大剣をゆっくりと肩へ担ぐ。


 そして、口元をゆがめるように笑った。


「……人間。」


 かすれた声だった。


 だが、その一言ははっきりと真人の耳へ届いた。


 商人たちが驚きの声を漏らす。


「しゃ、しゃべった……!」


 真人の表情もわずかに引き締まる。


(知性がある……。)


 ゴブリンロードは大剣を真人へ向ける。


「邪魔……するな。」


 その言葉と同時に、周囲のゴブリンたちが一斉に武器を構えた。


 街道を吹き抜ける風が止み、張り詰めた空気が二人の間を満たしていく。


真人はゴブリンロードから目を離さなかった。


「あなたが、この群れを率いているのですね。」


 ゴブリンロードは鼻を鳴らす。


「そうだ。」


「この森は……俺たちの縄張りだ。」


 真人は周囲を見渡す。


 倒れた荷馬車。


 怯える商人たち。


 武器を握るゴブリンたち。


「街道を襲う理由を聞かせてください。」


 ゴブリンロードは大剣を地面へ突き立てる。


「理由?」


 その口元がゆっくりとつり上がった。


「腹が減る。」


「だから奪う。」


「人間が来る。」


「奪う。」


 あまりにも単純な答えだった。


「それだけですか。」


「それだけだ。」


 真人は静かに問いを重ねる。


「他に方法を考えたことはありませんか。」


 ゴブリンロードは首をかしげる。


「考える必要があるのか。」


「弱い奴から奪う。」


「強い奴が生きる。」


「それが当たり前だ。」


 真人は小さく息を吐いた。


 四天王のような葛藤はない。


 命令に縛られているわけでもない。


 目の前のゴブリンロードは、自らの意思で人を襲い、それを当然だと考えている。


 その瞬間、【完全査定】の文字が静かに変化した。


━━━━━━━━━━━━━━


監査対象:ゴブリンロード


監査結果


故意による継続的襲撃を確認


未納魔力発生要因を確認


監査条件 達成


━━━━━━━━━━━━━━


 真人は表示を見つめ、ゆっくりと視線を上げた。


「……分かりました。」


 その声は静かだった。


 しかし、その瞳には迷いがなかった。


「これより、あなたの監査を開始します。」


ゴブリンロードは真人の言葉を聞くと、不敵に笑った。


「監査……?」


 聞き慣れない言葉だった。


 だが、その意味などどうでもよかった。


 ゴブリンロードは大剣を肩へ担ぎ直し、真人を睨みつける。


「人間。」


「俺を止めたいなら……力で来い。」


 次の瞬間。


 地面を蹴り、大剣を振り上げながら真人へ突進する。


「グオォォォッ!」


 轟音とともに振り下ろされた一撃。


 真人は半歩だけ身を引き、その刃を紙一重でかわす。


 大剣は街道を叩き割り、土煙が舞い上がった。


 商人たちが息をのむ。


「な、なんて力だ……!」


 だが、真人の表情は変わらない。


「力はあります。」


「ですが、それだけでは監査結果は変わりません。」


 ゴブリンロードは咆哮を上げ、今度は横薙ぎに大剣を振るう。


 真人は跳び退き、その一撃をかわすと静かに右手を前へ突き出した。


「監査対象、ゴブリンロード。」


「未納魔力を確認。」


「世界循環への継続的な悪影響を確認。」


 真人の声が響くたび、宙に浮かぶ帳簿の文字が一行ずつ増えていく。


 ゴブリンロードは苛立ったように叫ぶ。


「うるさい!」


「何を書いている!」


 真人はその問いに静かに答えた。


「あなたが積み重ねてきた事実です。」


 その一言に、帳簿の最後のページがゆっくりと開いた。


最後のページが開いた瞬間、帳簿から淡い光が溢れ出した。


 ゴブリンロードは本能的に危険を察したのか、大剣を握り直して真人へ飛びかかる。


「グオォォォッ!」


 真人は一歩も退かなかった。


 静かに右手を掲げる。


「監査終了。」


「これより――徴収を執行します。」


 帳簿から放たれた光が一本の帯となり、ゴブリンロードの身体へ絡みつく。


「グッ!?」


 初めて、その表情に焦りが浮かんだ。


 暴れようとしても身体が動かない。


 黒く濁った魔力が全身からあふれ出し、光の帯に導かれるように帳簿へ吸い込まれていく。


「ガァァァァッ!」


 洞窟で四天王を包んだ穏やかな光とは違う。


 未納魔力が強く抵抗し、激しく揺らいでいる。


 それでも、帳簿は揺るがない。


「徴収対象を確認。」


「未納魔力、回収。」


 真人が静かに告げると、帳簿が最後の一ページを閉じた。


 その瞬間、ゴブリンロードを覆っていた禍々しい黒い魔力が霧のように消え去る。


 大剣が音を立てて地面へ落ちた。


 ゴブリンロードは数歩よろめき、真人を見つめる。


 その瞳から、先ほどまでの凶暴な光は消えていた。


「……そうか。」


 かすれた声で、それだけをつぶやく。


 次の瞬間、その巨体は静かに地面へ崩れ落ちた。


 森を埋め尽くしていたゴブリンたちは、その姿を見ると武器を捨て、一斉に森の奥へ逃げ去っていく。


 真人は逃げていく群れを追わなかった。


「群れを狂わせていた原因は、取り除かれた。」


 街道には、静けさが戻っていた。


 荷馬車の陰に隠れていた商人たちが、おそるおそる姿を現した。


「お、終わったのか……。」


 一人が恐る恐るゴブリンロードへ近づく。


 もう動く気配はない。


 その姿を確認すると、その場にへたり込んだ。


「助かった……。」


 御者の男は真人へ深く頭を下げる。


「本当にありがとうございました。」


「あなたがいなければ、俺たちは……。」


 真人は静かに首を横へ振る。


「皆さんが無事で何よりです。」


 それだけ言うと、街道へ視線を向ける。


「兄ちゃん!」


 商人が慌てて呼び止めた。


「せめて名前だけでも教えてくれ!」


 真人は足を止めることなく、小さく笑みを浮かべた。


「ただの旅人です。」


 そう答えると、そのまま街道を歩き始めた。


 しばらく進んだところで、真人は静かに右手をかざす。


「【世界帳簿】」


 淡い光が目の前へ広がる。


━━━━━━━━━━━━━━


世界帳簿


街道監査 完了


世界健全率


15.2%


   ↓


15.3%


未納魔力総量


微減


━━━━━━━━━━━━━━


 表示は静かに光の粒となって消えていく。


 真人は街道の先を見つめた。


 世界帳簿が示す次の目的地――鉱山都市グランベル。


 そこには、今回とは比べものにならない未納魔力が待っている。


「鉱山都市まで、あと四日。」


 真人は歩みを止めることなく、果てしなく続く街道を進んでいった。


━━━━━━━━━━━━━━


監査記録 No.0020


案件名:街道ゴブリン襲撃事件


結果:監査完了


━━━━━━━━━━━━━━


次回『黒い鉱石の街』

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