第15話 黒き航路
真人は荷車との距離を一定に保ちながら、静かに後を追っていた。
夜道に響くのは、車輪が地面を転がる音だけ。
魔族たちは時折振り返り、周囲を警戒している。
だが、真人は街道脇の木々や岩陰に身を隠し、その視界から外れ続けた。
やがて街道を外れた荷車は、海沿いの細い道へ入っていく。
荒々しい波が岩へ打ちつける音が、暗闇の中へ響いていた。
「こんな場所に……。」
真人は足を止める。
道の先は切り立った断崖だった。
それ以上先へ進めるようには見えない。
荷車もそこで止まった。
黒い外套をまとった魔族の一人が周囲を見回し、ゆっくりと岩壁へ近づく。
そして、岩肌へ手をかざした。
次の瞬間。
ゴゴゴ……。
重い音を立てながら、岩壁の一部が横へと動き始める。
「……隠し通路。」
真人は思わず息をのんだ。
岩壁の奥には、人ひとりが十分に通れるほどの通路が続いている。
魔族たちは荷車を押しながら、その中へ入っていった。
最後尾の魔族が周囲をもう一度確認し、通路の中へ姿を消す。
岩壁は再び閉じられた。
辺りには、何事もなかったかのように波の音だけが残る。
「これが……荷物の行き先か。」
真人は周囲を見渡し、人の気配がないことを確認すると、静かに岩壁へ近づいた。
真人は岩壁へそっと手を伸ばした。
先ほど魔族が触れていた辺りを確かめる。
「……ここか。」
岩肌に手を当てた、その瞬間だった。
かすかな魔力の流れを感じる。
真人はゆっくりと魔力を流し込んだ。
ゴゴ……。
小さな音を立て、岩壁がわずかに開く。
「開いた。」
真人は隙間から中をのぞく。
薄暗い通路が奥へと続いていた。
壁には一定の間隔で魔導灯が設置され、足元も整えられている。
天然の洞窟というより、人の手で整備された通路だった。
真人は足音を立てないよう慎重に進む。
通路の先から、人の話し声が聞こえてきた。
「急げ。」
「今日中に積み込みを終わらせろ。」
「分かってる。」
「でも、この量はきついぞ。」
「文句を言うな。」
「終わらなければ、また徹夜だ。」
真人は物陰に身を寄せ、ゆっくりとその先をのぞいた。
そこには広い空洞が広がっていた。
大量の木箱。
荷車。
そして、海へと続く小さな桟橋。
何隻もの小型船が静かに停泊している。
「……。」
港町で見た荷物は、ここから海へ運ばれていたのか。
真人はその光景を静かに見つめた。
真人は周囲を警戒しながら、積み上げられた木箱へゆっくりと近づいた。
作業に追われる魔族たちは、誰もこちらには気付いていない。
真人は木箱の一つへ、そっと手を触れた。
「【完全査定】」
淡い光が視界に浮かび上がる。
【対象】
封印木箱
【内容】
世界循環阻害物質
【危険度】
高
【備考】
長期間、海域へ流出した場合、
周辺の魔力循環に深刻な影響を及ぼす。
真人は息をのんだ。
「……やはり。」
魚が獲れなくなった原因は、海そのものではない。
この木箱の中身が、海を少しずつ蝕んでいたのだ。
その時、不意に奥から足音が響いた。
コツ、コツ、コツ――。
先ほどまで慌ただしく動いていた魔族たちが、一斉に作業の手を止める。
「来たぞ。」
誰かが小さくつぶやいた。
空気が張りつめる。
魔族たちは道を開けるように左右へ並び、深く頭を下げた。
真人もとっさに木箱の陰へ身を隠す。
足音はゆっくりと近づいてくる。
暗闇の奥から、一人の大きな影が姿を現そうとしていた。
重い足音とともに、一人の魔族が姿を現した。
他の魔族より頭一つ大きな体格。
黒い外套の上からでも鍛えられた体が分かる。
その男は周囲を見回すと、静かに口を開いた。
「積み込みは。」
「七割ほど完了しております。」
部下の一人が頭を下げる。
「予定より少し遅れています。」
その報告を聞いても、男は怒鳴ることはなかった。
「……そうか。」
ただ、小さく息を吐く。
「無理はするな。」
「だが、今夜中には終わらせてくれ。」
「これ以上遅れると、上から何を言われるか分からん。」
部下たちは顔を見合わせ、小さくうなずく。
「申し訳ありません。」
「すぐに作業へ戻ります。」
男は木箱へ視線を向けた。
「荷崩れだけは起こすな。」
「中身が漏れれば、この辺り一帯に影響が出る。」
「はい!」
再び作業が始まる。
誰も手を抜いている者はいない。
むしろ、疲れた表情を浮かべながらも、必死に木箱を運び続けていた。
その様子を、木箱の陰から真人は静かに見つめる。
「怒鳴らない……。」
「命令だけを押しつける者でもない。」
それでも。
世界を蝕む荷物を運んでいる事実は変わらない。
真人は視線を男へ向ける。
(あの魔族が、この場所の責任者か……。)
その時だった。
男が不意に足を止める。
「……誰かいるのか?」
低い声が、静まり返った洞窟に響いた。
洞窟の空気が張り詰めた。
作業をしていた魔族たちも手を止め、一斉に周囲を見回す。
「どうかされましたか。」
部下の一人が尋ねる。
責任者の魔族は黙ったまま目を閉じ、小さく息を吸い込んだ。
「……いや。」
「気のせいか。」
そう言うと、再び木箱へ視線を向ける。
「積み込みを続けろ。」
「今夜の船を遅らせるわけにはいかん。」
「はっ!」
張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
魔族たちは再び木箱を抱え、小型船へ運び始めた。
真人は木箱の陰で息を潜めたまま動かない。
今ここで動けば、すべてが水の泡になる。
監査は証拠がすべてだ。
焦る必要はない。
真人は作業の様子を静かに見つめる。
運ばれる木箱の数。
小型船の数。
荷物が向かう方角。
一つひとつを頭の中へ刻み込んでいく。
やがて最後の木箱が船へ積み込まれた。
「出航しろ。」
責任者の魔族が短く命じる。
小型船は音もなく岸を離れ、夜の海へ滑るように進んでいった。
真人はその航路を見つめながら、小さくつぶやく。
「……まずは、この荷の行き先を突き止めよう。」
真人は小型船が夜の海へ消えていくのを、最後まで見届けた。
追うことはしない。
今、必要なのは無謀な行動ではない。
事実を積み重ねることだ。
未納魔力を含む木箱。
それを運ぶ魔族たち。
そして、この場所を取り仕切る責任者。
ここまで分かれば十分だった。
「……次は、あなたを監査します。」
真人は責任者の魔族へ静かに視線を向ける。
男はまだ、木箱の積み込みを見守っている。
真人の存在には気付いていない。
真人は来た道を静かに引き返した。
焦る必要はない。
監査は、確実な証拠がそろった時に行うものだ。
洞窟を抜けると、夜風が頬をなでる。
遠くでは、波が静かに岩へ打ちつけていた。
真人は一度だけ洞窟を振り返る。
「明日で終わらせよう。」
そうつぶやくと、港町への道を歩き始めた。
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監査記録 No.0015
案件名:港町レヴィナ
状況:密輸ルート確認
責任者の存在を確認
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次回『四天王』




