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元税務調査官、異世界で世界監査局を作ったら魔王軍の脱税を暴いて世界最強になりました  作者: 春野ケイ


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第14話 港の魔族

 翌朝。


 窓から差し込む朝日で、真人は目を覚ました。


 港町の朝は早い。


 本来なら、漁へ向かう船の音や威勢のいい掛け声で目が覚めるはずだった。


 だが、聞こえてくるのは波の音だけ。


「……静かだ。」


 真人は身支度を整え、一階へ降りた。


「おはよう。」


 宿の主人が笑顔で迎える。


「よく眠れたかい?」


「はい。」


 主人は朝食を運んできた。


 焼いた干物。


 温かなスープ。


 焼きたてのパン。


 質素だが、どれも丁寧に作られている。


 真人は干物を口に運ぶ。


「おいしいですね。」


 主人は少し照れくさそうに笑った。


「ありがとよ。」


「昔なら、もっと大きくて脂の乗った魚を出せたんだけどな。」


 その笑顔は、どこか寂しそうだった。


「今じゃ、このくらいしか用意できねぇ。」


「漁師も魚屋も大変さ。」


 真人は静かにうなずく。


「昨日、市場を歩きました。」


「皆さん、困っていました。」


 主人はため息をついた。


「この町は海で生きてきた。」


「魚が獲れなきゃ、みんな苦しい。」


「早く元の港町に戻ってほしいもんだ。」


 真人は食事を終え、席を立つ。


「ごちそうさまでした。」


「ああ、気を付けてな。」


 宿を出ると、朝の潮風が頬をなでた。


 真人は昨夜の出来事を思い返す。


 未納魔力を持つ魔族。


 夜だけ動く荷物。


 そして、聞き取れなかった一言。


「四天……。」


 あれは何だったのか。


 真人は小さく息を吐く。


「まずは、昨夜の倉庫街を調べよう。」


 そうつぶやき、港の外れへ向かって歩き始めた。


昨夜訪れた倉庫街は、朝になるとまるで別の場所のようだった。


 商人たちが荷物を運び、港で水揚げされた魚が次々と倉庫へ運び込まれていく。


「そっちへ頼む!」


「急げ! 市場が待ってるぞ!」


 あちこちから威勢のいい声が飛び交う。


 真人は周囲をゆっくり見渡した。


 昨夜のような黒い外套の集団はいない。


 怪しい様子も見当たらない。


「昼は普通か……。」


 真人は昨夜、魔族たちが荷物を運んでいた倉庫へ歩み寄る。


 扉は開いている。


 中では木箱が積み上げられ、商人たちが忙しく出入りしていた。


 特別なものは何もない。


 そう思った、その時だった。


「……。」


 真人は地面に視線を落とした。


 石畳には、荷車の車輪跡がいくつも残っている。


 新しい跡と、古い跡。


 その中に、一筋だけ深く刻まれた車輪跡があった。


 真人はゆっくりとその跡をたどる。


 車輪跡は倉庫を出ると、港の桟橋ではなく、町の外へ続く街道へ向かって伸びていた。


「……海から運び込まれた荷物じゃない。」


 港町の倉庫なら、本来は船から荷揚げされた荷物が集まる。


 だが昨夜の荷物は違う。


 町の外から運び込まれていた。


 真人は静かに街道の先を見つめた。


「昨夜の荷物は、一体どこから来たんだ……。」


真人は車輪跡から目を離し、近くで荷下ろしをしていた男性へ歩み寄った。


「少し、お聞きしてもよろしいでしょうか。」


 男性は額の汗を拭いながら振り返る。


「ああ、構わねぇよ。」


「この倉庫には、町の外から荷物が運ばれてくることが多いんですか。」


 男性は不思議そうな顔をした。


「昼間なら珍しくねぇ。」


「干し草や樽、商人の商品なんかはいろんな町から届くからな。」


「では、夜は?」


 その一言で、男性の表情が少しだけ曇った。


「……夜か。」


「俺たちは夜には仕事をしねぇ。」


「日が暮れたら、港の仕事は終わりだ。」


「ですが、昨夜は荷車が動いていました。」


 男性は周囲を気にするように視線を巡らせ、小さく声を落とした。


「見たのか。」


「……あんまり首を突っ込まない方がいい。」


「どういうことですか。」


「詳しいことは知らねぇ。」


「ただ、あの連中は夜しか動かねぇ。」


「町の者も、見て見ぬふりをしてる。」


 真人は静かに尋ねる。


「町の人たちは、誰なのか知っているんですか。」


 男性はゆっくりと首を横に振った。


「顔なんて見えねぇよ。」


「いつも黒い外套をかぶってる。」


「それに……。」


 言いかけて、口をつぐむ。


「何かあるんですか。」


 男性は苦笑いを浮かべた。


「いや、やめておこう。」


「変なことを話すと、仕事がなくなっちまう。」


 そう言うと、男性は荷物を抱え直し、足早に倉庫の中へ戻っていった。


 真人はその背中を見送りながら、小さくつぶやく。


「……誰も知らないんじゃない。」


「知っていて、話せないんだ。」


真人は倉庫街をゆっくり歩き始めた。


 誰も話せないのなら、現場を見るしかない。


 それが監査の基本だった。


 一棟、また一棟と倉庫を見て回る。


 運び込まれる荷物。


 積み上げられた木箱。


 荷札。


 どれも一見すると、ごく普通の商取引にしか見えない。


「……。」


 真人は足を止めた。


 一つの倉庫だけ、様子が違う。


 扉は閉ざされている。


 人の出入りもない。


 それなのに、地面には新しい車輪の跡が何本も残っていた。


 昨夜、荷車が入っていった倉庫だ。


「昼間は使われていない……。」


 真人は周囲を見渡す。


 近くで荷物を運んでいた若い作業員へ声を掛けた。


「すみません。」


「あの倉庫は使われていないんですか。」


 作業員は振り返ると、その倉庫を見て苦笑した。


「ああ、そこか。」


「昼間はほとんど開かないよ。」


「夜になると誰かが使ってるみたいだけど、俺たちは近づくなって言われてる。」


「誰にですか。」


 作業員は困ったように頭をかいた。


「さあ……。」


「港の偉い人たちがそう決めたって聞いただけさ。」


 そう言うと、作業員は慌てて荷物を抱え直した。


「悪い、仕事に戻るよ。」


 真人は閉ざされた倉庫へ視線を向ける。


「昼は閉まり、夜だけ開く倉庫か……。」


 その時だった。


 倉庫の扉の隙間から、一瞬だけ黒い外套の裾が見えた。


 だが、次の瞬間には奥へ引っ込み、静寂だけが残る。


 真人は目を細めた。


「……中にいる。」


真人は倉庫へ近づこうとした。


 しかし、一歩踏み出したところで足を止める。


「……いや。」


 今入れば、不法侵入になる。


 中にいる者が未納だとしても、それだけでは監査はできない。


 証拠も、理由も足りない。


 真人は静かに倉庫から離れた。


 その時だった。


 倉庫の裏手へ、小さな荷車が一台入っていく。


 御者は周囲を気にするように何度も振り返り、裏口の前で止まった。


 やがて扉がわずかに開く。


 中から黒い外套をまとった者が二人現れ、荷車の木箱を手際よく運び始めた。


 真人は物陰へ身を寄せる。


「昼間でも動くのか……。」


 昨夜ほどの人数ではない。


 だが、確かに同じ黒い外套だった。


 真人は息を潜め、様子をうかがう。


 木箱を運び終えた一人が、小さく口を開いた。


「今夜の分はこれで終わりだ。」


 もう一人が周囲を見回し、低い声で答える。


「ああ。日が暮れたら、残りを運ぶ。」


 真人はその言葉を胸に刻む。


 ――今夜も動く。


 そう分かっただけでも、大きな収穫だった。


 真人は誰にも気付かれないよう、その場を静かに離れた。


 今夜、もう一度ここへ来よう。


 そう心に決めながら。


真人は宿へ戻ると、部屋の窓からゆっくりと外を眺めていた。


 太陽が少しずつ西へ傾いていく。


 焦る必要はない。


 相手は今夜も動く。


 それが分かっただけで十分だった。


 やがて町が夕暮れに包まれ始める。


 港では店じまいをする商人の声が響き、人通りも次第に少なくなっていった。


 真人は静かに立ち上がる。


「そろそろだ。」


 宿を出ると、昼間と同じ道をたどり、倉庫街へ向かった。


 物陰に身を潜め、息を殺す。


 しばらくすると、昨夜と同じように一台の荷車が姿を現した。


 続いて、もう一台。


 荷車は迷うことなく例の倉庫の裏口へ止まる。


 扉がゆっくりと開いた。


 黒い外套をまとった魔族たちが現れ、無言のまま木箱を荷車へ積み始める。


 その様子を見届けた真人は、小さくつぶやいた。


「……始まった。」


 荷車は積み込みを終えると、ゆっくりと倉庫街を離れていく。


 真人は距離を保ちながら、一歩踏み出した。


「今夜は、どこへ向かうのか確かめよう。」


 静かな夜の港町で、新たな調査が始まった。


真人は十分な距離を保ちながら、荷車の後を追った。


 夜の港町は静かだった。


 聞こえるのは、荷車の車輪が石畳を転がる音だけ。


 やがて荷車は港を離れ、町の外へ続く街道へ入る。


「やはり……。」


 昨夜見た車輪の跡は間違っていなかった。


 港町の倉庫から運び出された荷物は、海ではなく陸へ向かっている。


 真人は街道脇の木陰へ身を隠し、荷車を見失わないよう慎重に進む。


 しばらく歩くと、街道の先に小さな森が見えてきた。


 荷車は迷うことなく、その森の中へ入っていく。


「森……?」


 港町とは反対方向。


 荷物を運ぶには、あまりにも不自然な場所だった。


 真人は森の入口で足を止める。


「この先に、何がある……。」


 闇に包まれた森を見つめながら、真人は静かに息を整えた。


━━━━━━━━━━━━━━


監査記録 No.0014


案件名:港町レヴィナ


状況:尾行開始


━━━━━━━━━━━━━━


次回『黒き航路』

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