第13話 港町の異変
港町レヴィナ。
王都を出て二日。
真人は、ゆっくりと町の中へ足を踏み入れた。
潮の香りを乗せた風が吹き抜ける。
道の脇には漁具を扱う店や食堂が並び、港町らしい景色が広がっていた。
だが、どこか様子がおかしい。
「……静かだ。」
本来なら漁から戻った船で港は活気にあふれ、市場には威勢のいい声が響いている時間帯のはずだ。
それなのに、岸壁へ目を向けても停泊している船が目立つばかりで、人々の表情も明るくない。
真人は近くの宿へ入った。
「いらっしゃい。」
白髪交じりの店主が顔を上げる。
「泊まりかい?」
「一泊お願いします。」
「一泊銀貨一枚だ。」
真人は代金を支払い、鍵を受け取る。
「夕食は日が暮れてからだ。それまでなら町を見て回るといい。」
「ありがとうございます。」
部屋へ荷物を置くと、真人は再び外へ出た。
「日が暮れるまで、少し歩いてみるか。」
港町の異変。
まずは、この町を知ることから始めよう。
真人は港の方へ向かって歩き出した。
港へ近づくにつれ、潮の香りは一層強くなっていく。
やがて、小さな魚市場が見えてきた。
本来なら、夕方は漁を終えた船が戻り、一日の中でも特に賑わう時間帯だ。
しかし、並べられている魚はほんのわずかだった。
「今日はこれで終わりだ。」
「また明日頼むよ。」
魚屋の主人が店じまいを始める。
買い物に来ていた女性が、小さくため息をついた。
「また値上がりしてるね。」
「仕方ないさ。」
魚屋は苦笑いを浮かべる。
「漁に出ても、昔みたいには獲れないからな。」
「子どもが魚好きなんだけどねぇ。」
「肉ばかりじゃ家計も苦しいよ。」
女性はそう言って、少ない魚を抱えて帰っていった。
真人はその様子を静かに見つめる。
生活に困っているのは漁師だけではない。
魚が獲れなければ、市場も困る。
店も困る。
町全体へ影響が広がっている。
真人は魚屋へ歩み寄った。
「少し、お話を聞かせてもらってもよろしいでしょうか。」
魚屋の主人は真人を見て、少し首をかしげた。
「あんた、旅人かい?」
「はい。王都から来ました。」
「そうか。」
主人は並べられた魚へ目を落とし、小さく笑う。
「悪い時に来たもんだ。」
「昔なら、この時間でも魚が山のように並んでた。」
「今じゃ見てのとおりさ。」
真人は店先に並ぶ魚を見渡した。
十数匹ほど。
王都の市場なら、一軒の店でもその何倍もの魚が並んでいる。
「いつ頃から、このような状態に?」
魚屋の主人は腕を組み、少し考え込む。
「最初は十年くらい前だったかな。」
「魚が少し減ったなって話をする程度だった。」
「自然相手の仕事だから、そんな年もあるって誰も気にしなかった。」
主人は苦笑する。
「ところが年々ひどくなってな。」
「ここ三、四年は本当に厳しい。」
「漁師も生活が苦しくて、町を出ていく者までいる。」
真人は静かに耳を傾ける。
「原因は分かっているんですか。」
主人は首を横に振った。
「さあな。」
「海が変わったって言う者もいれば、魔物のせいだって騒ぐ者もいる。」
「でも、誰も本当のことは分からない。」
その言葉を聞いた真人は、小さくうなずいた。
「ありがとうございます。」
魚屋を後にし、真人は港へ視線を向ける。
岸壁には、網を手入れする漁師たちの姿が見えた。
「……今度は、現場の話を聞いてみよう。」
真人はゆっくりと漁師たちのもとへ歩き始めた。
岸壁では、数人の漁師が網を繕っていた。
どの網も何度も補修された跡があり、長く使い続けていることが分かる。
真人は近づき、一人の年配の漁師へ声を掛けた。
「お疲れさまです。」
漁師は顔を上げる。
「旅人さんか。」
「何か用かい?」
「魚が獲れなくなったと聞きました。」
「少し、お話を聞かせていただけませんか。」
漁師は苦笑しながら網を置いた。
「構わんよ。」
「聞いたところで、原因なんて誰にも分からんがな。」
真人は岸壁に並ぶ船へ目を向けた。
「皆さん、今日はもう漁を終えられたんですね。」
「ああ。」
「朝早くに出たんだが、昼過ぎには戻るしかなかった。」
「網を入れても、魚影すら見えねぇ。」
漁師は海を見つめる。
「昔は、この時間になると、船いっぱいの魚を積んで帰ってきたもんだ。」
「市場も港も、人であふれてた。」
「それが今じゃ、半日海を探してもほとんど獲れん。」
しばらく沈黙が流れた。
やがて漁師はぽつりとつぶやく。
「海は、何も変わっちゃいないように見えるんだけどな……。」
その一言が、真人の胸に残った。
見た目は変わらない。
それなのに、確かに異変は起きている。
真人は静かに海へ視線を向けた。
「……一度、自分の目で確かめてみよう。」
真人は岸壁の先端まで歩いていった。
夕日が海を赤く染めている。
波は穏やかで、潮の流れも乱れているようには見えなかった。
「【完全査定】」
静かにスキルを発動する。
淡い文字が視界に浮かび上がる。
【対象】
レヴィナ沖海域
【査定結果】
異常なし
世界循環 正常
真人は小さく息を吐いた。
「……やはり。」
海そのものには異常がない。
魚が減っているという事実と、海の状態は一致していなかった。
「原因は、別にある。」
真人は水平線へ目を向ける。
夕日が沈み始め、港町はゆっくりと夜の気配に包まれていく。
市場の店は次々と戸を閉め、人通りも少なくなった。
「今日はここまでにするか。」
宿へ戻ろうと歩き始めた、その時だった。
港の外れにある倉庫街から、かすかな物音が聞こえる。
昼間とは違い、人影はほとんどない。
それでも、いくつかの倉庫だけには明かりが灯っていた。
真人は足を止める。
「こんな時間に荷運びか……。」
荷車の車輪が石畳を転がる音。
低い話し声。
そして、黒い外套をまとった数人の影が、木箱を運び込んでいた。
真人は物陰へ身を寄せ、その様子を静かに見つめた。
真人は物陰に身を隠したまま、倉庫街の様子をうかがった。
運び込まれている木箱は十箱ほど。
外から見ただけでは、中身までは分からない。
荷物を運ぶ者たちは、皆、黒い外套を身にまとっている。
フードを深くかぶり、顔もほとんど見えない。
「【完全査定】」
真人は小さくつぶやいた。
淡い文字が視界に浮かぶ。
【対象】
???
【査定結果】
未納魔力 確認
詳細情報 取得不可
真人は眉をひそめた。
「距離が遠い……。」
未納があることは分かる。
しかし、それが誰なのか。
どの程度なのか。
そこまでは読み取れない。
その時だった。
「急げ。」
低い声が聞こえた。
「四天……」
次の瞬間。
荷車の音が、その言葉をかき消した。
真人は思わず目を細める。
今のは、何と言った――。
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監査記録 No.0013
案件名:港町レヴィナ
状況:現地調査開始
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次回『港の魔族』




