第零話 僕はどこで間違えたんだろう
僕の名前は遠野薫。
学年主席。
品行方正。
真面目だけが取り柄の、高校生……だったはずなんだ。
……たぶん。少なくとも、半年前までは確実にそうだった。
◇
まず大前提として、僕には好きな人がいるんだ。
名前は、朝比奈悟くん。
サッカー部のエースで、無駄に背が高くて、悔しいくらいに顔が良くて、そのくせ妙に優しくて、当然のように女子にモテる。
そして――すこぶる性格が悪い。
最後の一項目だけは、天地がひっくり返っても絶対に間違いないと思う。
◇
最初は普通だったんだよ。本当に、至極真っ当で普通の日常だった。
少しだけ距離の近い幼馴染みの友人に、絶対に叶うはずのない片想いをしているだけ。どこにでもある、少し切なくて報われない恋。
僕は静かに心に蓋をして、卒業と一緒にこの想いも消えていくのを待つだけのつもりだったんだ。
◇
ところが、気が付くと何かがおかしくなっていた。
朝比奈くんは毎日のように、執拗に僕の世話を焼くようになったんだ。
「薫、ちゃんと食え」
「傘持ったか?」
「おい、帰るぞ」
「寝不足だろ、これ飲め」
「また無理したな、お前は本当に……」
おかしいよね。今こうして冷静に頭の中で並べてみると、距離の近い友人っていうより、保護者面した担任教師の方がまだ近い気がする。
◇
さらに気が付くと、事態はもっと不穏な方向へ加速していっちゃって。
気が付くと、僕は朝比奈くんの家に入り浸るようになっていたし。
気が付くと、貴重な休日を当然のように二人きりで過ごしていたし。
気が付くと、一日に何度もメッセージを送り合うのが習慣になっていたし。
気が付くと、帰宅報告を五分以内にすることが義務化されていた。
……冷静に振り返ると、普通にホラーというか、ストーカー一歩手前の狂気すら感じるのは僕だけかな。
◇
そんな奇妙な日常の最中だったんだ。
僕は、魔法少女になった。
いや、嘘じゃないよ? 頭がトち狂ったわけでもないんだ。僕だって未だに信じたくないけれど、なってしまったんだよ。スマホに勝手にインストールされていた、あの怪しげなアプリのせいで。
しかも、変身すると信じられないことに、本当に女の子みたいな姿になっちゃうんだ。
可愛い。すごく可愛い。自分で認めるのは死ぬほど癪だけど、客観的なデータとして認めざるを得ないくらいには、ちゃんと可愛い。
そして、異様なまでに強い。
どういうエネルギー保存の法則か分からないけれど、文字通りの怪力なんだ。僕の筋肉の体積と、出力される物理的な破壊力の計算が絶対に合わない。トラックを片手で受け止めたときは、本当に意味が分からなくて脳の処理が追いつかなかったよ。
◇
その後、色々あった。
本当に、色々あったんだ。
色々とありすぎた。
薄暗い部屋でベッドに押し倒されたこととか、泣き顔を見られたこととか、強引に唇を奪われたこととか……べたな朝チュンを迎えたこととか……って、少女漫画かよ!
しかも主人公、僕だし。
思い出すだけで顔から火が出そうになるから、詳細については僕の精神衛生のために、すべて省略させてもらうよ。
◇
結果だけを言おう。
僕は朝比奈く……いや、悟くんと、付き合うことになったんだ。
いや、正確には「付き合う」という生ぬるい表現は違う気もする。どちらかというと、獰猛な肉食獣に縄張りを主張されて、そのまま囲いの中で大人しく飼育されている状態に近いかな。
なんというか……本当に、気が付いたらそうなっていたんだよ。
◇
悟くんは最近、ことあるごとに低い声で囁いてくるんだ。
「逃げんな」
って。
僕は別に逃げていないよ。たぶん。
……いや、逃げている。主にお仕置きから。
◇
それと最近、僕のスマホの中で『Magical Transfer』とかいう、あのふざけた名前のアプリが画面にこんな通知をポップアップさせたんだ。
【朝比奈悟:特別な存在❤】
やめてほしい。本当にやめてほしいよ。
ただでさえ心臓がもたないっていうのに、後ろにピンク色のハートマークを付ける必要性がどこにあったんだろう。開発者の正気とデリカシーを本気で疑っちゃうな。
◇
まあ、それでも。
理不尽に振り回されて、慢性的な寝不足で、毎日クタクタではあるけれど。
色々あったけれど、たぶん僕は、それなりに幸せだったんだと思う。
少なくとも――あの瞬間が訪れるまでは。
◇
【フォロー対象者が危険な状態です。これより強制転移を開始します】
ある日の放課後。
僕のスマホの画面が突如として禍々しい光を放ち、冷徹な機械音と一緒に、そんな最悪の警告を表示したんだ。
そして。
僕の平穏(?)な、攻められっぱなしの飼育生活は――その日を境に、信じられない方向へ、文字通りひっくり返ることになるんだ。




