8.それはアリバイじゃない
「なるほど。……じゃあ、時田の場合は?」
「こっちはもっと単純で。資料、あらかじめ作って用意しておいたんじゃないかな」
「いや、それは難しいぞ」と先輩が口を挟む。「事件当日に、急に明日までの資料を作れと命じられたらしいからな」
「でも、時田さんは普段からパワハラを受けていたんでしょ?
『この日に殺す』じゃなくて、『明日までに資料を作れ』と指示がきたら
殺すって決めて、あらかじめ少しずつ準備しててもおかしくないと思う
殺してから、会社に戻って、退勤の打刻して帰れば、アリバイ成立だよね。」
白奈が思いついたように付け足した。
「それに、最近はAIで書類整理してくれるし……それも可能性としてあるよね」
「……確かに、その視点は抜けていたな」
先輩のペンが走る。
「じゃあ、最後。村上はどうだ」
「あれは、村上さんのアリバイじゃないですよね」
えっ? 私と本田先輩は顔を見合わせた。
「あれは、社用車のアリバイじゃないですか」
……あっ。
私は思わず息を呑んだ。
「いや、一宮インターに入る時と、富山インターを出る時の監視カメラには、運転する彼の姿が映っている」
「例えばですけど、富山インターの手前にある呉羽PAに、事前に自家用車を置いておいたとしたら?
友達にでも『車が動かなくなったから、下りの呉羽PAまで助けに来て。
レッカー呼んだから、俺だけ家まで送って!』と頼めば、呉羽PAに自家用車を置いたまま自宅に帰れますよね
で事件当日に、社用車で呉羽PAまで来て、隠しておいた自家用車に乗り換え犯行を行い、再度、呉羽PAに戻って、
翌日七時に社用車で高速をおりれば…」
「ETCに車が出た記録が残らずアリバイ成立ってわけか…」
「でも、実際には自家用車だと、その後の回収が難しいから、盗難車を使ってるかも」
「なるほど、……面白い。盲点だった。よし、三人とももう一度、徹底的に洗い直してみる」
先輩は伝票をひっつかむと、椅子を蹴るような勢いで立ち上がった。
「ここの代金は俺が持っておく。じゃあな!」
嵐のように先輩が去っていく。
残されたのは、空になった皿と、まだ少し震えている私の興奮。
そして、先輩のおごりだ、ラッキー! と喜んでいる白奈の興奮だけだった。




