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黒音と白奈  作者: nakada
第9章
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75/78

75.消えた現金

数日後。 事故で意識を失っていた男性が、ようやく意識を取り戻した。

そして退院前、富山西交番を訪れた。

「実は……事故の日に、現金を持っていたんです」

「現金?」

「はい。七百五十万円です」

私は思わず顔を上げた。


「事故のあったあの日、私はトヨタのアルファードを買うために、現金七百五十万円を持っていたんです」

男性は、少し疲れた顔で話した。

「でも、病院で意識を取り戻したとき、いつの間にやら、そのお金がなくなっていて……事故現場も一生懸命探したんですけど、見当たらなくて」


「わかりました。詳しく伺います」

私は書類を用意した。

「念のため、事故の加害者の方にも確認しますね。ちなみに、七百五十万円はどのような形で持っていたのですか?」

「カバンです。黒い手持ちカバン」

私は事故当日の現場を思い返す。

「……ありました」

「え?」

「確かに、あなたのそばに黒いカバンが落ちていました」

「はい。でも、中身の現金だけがなくなっているんです」

「カバンは見つかっているのに、中身の現金だけがない、ということですね」

私は男性の顔を見た。

「その状況ですと、単なる紛失というより、盗難の可能性が高いと思います。

盗難届として処理させていただいてもよろしいですか」

「……はい。お願いします」

「わかりました。盗難届を提出いたします」

「その現金は、銀行から?」

「ええ。事故の前日に銀行から引き出しました」

「で、事故のあった日にディーラーへ向かっている最中に事故に遭った?」

「はい」

私はペンを止めた。

「それを知っているのは?」

男性は少し考えた。

「嫁と……ディーラーと……くらいです」

「……奥さんとディーラーだけ?」

「……はい。前日に銀行から引き出して、そのまま家に持って帰りましたから」

「なるほど」

私はメモを取った。

「では、事故のことを聞く前に、一つだけ確認させてください」

「何でしょう?」

「奥さんは、今日までに七百五十万円がなくなったことを知っていますか?」

男性は目を伏せた。

「……いや、まだ言ってません」

「なぜです?」

「怖いので」

「怖い?」

「妻に言ったら……大変なことになると思って」

私はそれ以上聞かず、別の質問をした。

「ディーラーには?」

「先ほど連絡を入れました。事故で行けなくなったことと、現金がなくなったことを」

「いつ頃ですか?」

「ここに来る二十分前ぐらいでしょうか」

たった二十分前。ずいぶん急いだんだな、と私はふと思った。

「……そうですか」

私は調書をまとめる。


しかし、どうにも引っかかる。

「嫁とディーラーと……くらいです」

あの一瞬の間。

何かを思い出したような、言葉を飲み込んだような間だった。


奥で書類仕事をしていたはずの白奈が、いつの間にか隣に立っていた。

「念のためお伺いしますが、加害者男性と知り合いということはないですか?」

「えっ? いえ、見たこともないです」

私は、白奈が何を考えているのか分からないまま、話を引き取った。

「そうですか、ありがとうございました。何か思い出したことがあれば、すぐ連絡してください」


男性は頭を下げ、交番を出ていった。

私は、その背中をしばらく見送っていた。

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