58.閑話.ナンパは不審者
夕方の交番。
制服姿の女子高校生が、どこか怯えた様子で駆け込んできた。
「あの……相談してもいいですか」
「どうしました?」
黒音が椅子を勧めると、女子高生は何度か深呼吸してから口を開いた。
「学校帰りにファボーレ寄ったんです。
そしたら駐車場で、赤いスポーツカーに乗った知らない男の人から」
少し言いづらそうに視線を落とす。
「『おねーさん、お茶しない?』って声をかけられて……」
「それで?」
白奈が優しく促す。
「なんか怖くて……そのまま逃げてきました」
黒音と白奈は顔を見合わせた。
男の特徴。
車種。
色。
ナンバーの一部。
一つずつ丁寧に聞き取っていく。
幸い実害はない。
だが、地域への注意喚起は必要だろう。
◇
女子高生を見送った後。
黒音はパソコンの前に座り、慣れた手つきでキーボードを叩き始めた。
「黒音、何してるの?」
「共有通達」
「え?」
「安全情報ネットへの登録。不審者情報だからね」
画面を見ながら続ける。
「必要ならXや『とやまポリス』にも流れるし」
「へぇー」
白奈が感心したように頷く。
その様子を見ていた上司が、湯呑みを片手にぼやいた。
「時代は変わったもんだなぁ」
「何がです?」
「『お茶しない?』で不審者扱いだ」
しみじみと言う。
「俺らが若い頃なんて、ナンパなんかそこら中にいたぞ」
黒音は苦笑した。
「昔と今じゃ危険性が違いますから」
「ネットもあるし、ストーカーもいるし!」
白奈が元気よく割り込む。
「女の子からしたら、通報しやすい方が絶対安心ですよ!」
「まあなぁ」
上司は肩をすくめた。
「俺が年取っただけか」
◇
しばらくして。
白奈がニヤニヤしながら黒音を見た。
「ねえ」
「なに」
「もし黒音が休みの日にナンパされたらどうする?」
「は?」
「『おねーさん、お茶しない?』って」
黒音は一瞬だけ考えた。
「そうだな」
そして真顔で答える。
「まず警察手帳を見せる」
「うわ」
「それで事情を聞く」
「うわぁ」
「未成年への声掛けを繰り返してるなら、なおさらね」
白奈が腹を抱えて笑い始めた。
「相手の人かわいそう!」
「不審者情報を一件でも減らすのが私たちの仕事でしょ」
黒音は平然とエンターキーを押す。
登録完了。
画面に表示された文字を確認すると、満足そうに頷いた。
その横で白奈はまだ笑っていた。




