15.民宿に泊まりに行く話
私たちは今、警察学校時代の同期、原田 美咲の車の中にいる。
同乗しているのは、私と白奈。そして、美咲の彼氏――と書くと語弊があるらしいが、山口 大河という、私たちにとっては初対面の男性を加えた四人だ。
大河の実家が営む民宿へ向かう、一泊二日の小旅行。
美咲と大河は非常に仲が良いが、付き合っているのかと聞けば、二人揃って否定する。今回、私たちが同行することになったのは、実家へ誘われた美咲が「一人で行くのは気まずい」と、私たちにヘルプを出したからだった。
美咲の愛車である軽自動車「タント」は、大人四人を乗せて初夏の山道を唸りを上げながら進んでいく。
運転席には美咲、助手席には道案内役の大河。そして後部座席には、私と白奈が並んで座っていた。
車内の空気は、旅の期待感と、若干の「居心地の悪さ」が混ざり合っている。
「……黒音って本当に酷いのよ。今度の昇任試験の勉強だって言って、非番の日まで無理やり……」
「将来、警察犬訓練士を本気で目指すなら、まず昇任試験くらい突破しなさいよ。基礎評価ボロボロでどうするの」
私が間髪入れずにツッコむと、白奈は助手席の背もたれに頭を預けて項垂れた。
「だって、勉強だって思うと脳みそがフリーズして、手が動かなくなるんだもん……」
彼女の勉強嫌いは、もはや何らかのトラウマを疑いたくなるレベルだ。
一緒に勉強するようになってから、ようやく最近、『白奈』と呼ぶようになっていた。
「そういえば、白奈。あんた、荷物それだけ?」
白奈の足元にある、頼りないほど薄いボストンバッグを見て私は眉を寄せた。
「えっ? だって、たった一泊二日の旅行だよ。逆になんで黒音はそんなに大きなスーツケースなのよ」
ここから、「バッグパンパン派」と「バッグすっきり派」に分かれた論争が勃発した。
勢力図は、私と美咲 vs 白奈と大河という構図だ。
「なんでタオルやバスタオル、パジャマに歯ブラシまで持ってくるのよ。そんなの全部宿にあるでしょ!」
白奈の先制攻撃。私は即座に応戦する。
「備え付けが肌に合わなかったら最悪でしょ。あと、一応は女の子なんだから、身の回りの準備くらいちゃんとしなさいよ」
そんな言い合いをしながらも、車は山深くへと進んでいく。
◇
「で、結局のところ、二人はどういう『お仲間』なわけ?」
白奈が身を乗り出し、バックミラー越しに美咲を覗き込んだ。警察学校時代から変わらない、直球すぎるデッドボールのような質問だ。
「さっきから言ってるでしょ! 大河くんとは、その……仕事関係で知り合って、たまに飲みに行ったりする、気の合う友人!」
「『気の合う友人』の実家に、女友達を二人もガードマンに付けて帰省する? しかも宿泊。それ、もう外堀を埋められに行ってるようなもんじゃない」
美咲が「違うってば!」とハンドルを握る手に力を込める。
横で大河が苦笑いしながら、「僕からも誘いづらかったんですけど、父が『たまには友達でも連れてこい』ってうるさくて……」とフォローを入れるが、白奈の追及は止まらない。
車内がそんな喧騒に包まれる中、私はというと、イヤホンをしてスマートフォンの中の自分の世界へ没入していた。
膝の上で光る画面に映し出されているのは、短い足で一生懸命に階段を上ろうとしては転がる、コーギーの仔犬の動画だ。
(あぁ……食パンみたいな後ろ姿……ぷにぷにの肉球……尊い……)
「……っ、ふふ、ふふふっ……」
無意識に声が漏れていたことに気づき、私はハッとして顔を上げた。
隣では、白奈が冷めたようなジト目でこちらを見ていた。




