14.閑話:第2章前のキャラクター紹介的な夢の話
パトカーのフロントガラス越しに、富山の高い青空が広がっている。
午後の巡回ルート。のどかな田んぼ道を法定速度で走らせながら、私はふと、助手席でめずらしく静かに外を眺めている相棒へ声をかけた。
「……ねえ、浜。あんたってさ、小さい頃、何になりたかったの?」
「え? なに急に」
白奈がシートに背中を預けたまま、不思議そうにこちらを振り向く。
「別に、なんとなくよ。私はね、小さい頃に白バイ隊員を見てさ。ああいう風になりたかったの。だから訓練も嫌いじゃなかったし、今もこうして警官をやってる」
ハンドルを握る手に少しだけ力を込めながら言うと、白奈は「へぇ、黒音っぽいねぇ」と小さく笑った。
けれど、すぐにまた窓の外へ視線を戻す。
白奈はぼんやりと外を眺めていた。
歩道では、小さな子どもが犬の散歩をしている。
「私はね……特になかったよ。ただ推理小説を読むのが好きで、なんとなく警察学校に入って、なんとなく卒業しちゃっただけ。だからさ、いざ本物の警察官になって、事件を解決したり感謝状をもらったりしても……時々、分かんなくなっちゃうんだよね」
「分かんないって、何がよ」
「自分は、本当は何がしたいんだろう、って」
ぽつりと落ちた声は、いつもの軽薄さが消えていて、少しだけ寂しそうだった。
地頭が良くて、事件の核心を突く天才的なロジックを持っているのに、彼女には「このために警察官でいる」という明確な芯がまだない。
迷子みたいな横顔を見て、私は胸の奥が少しだけざわついた。
「……だったらさ」
赤信号でパトカーを止め、私は白奈の顔をまっすぐ見た。
「直轄警察犬訓練士ってどう?」
「え? 警察犬?」
「そう。あんた、大の犬好きでしょ? 寮のサンとも毎日のようにイチャイチャしてるじゃない。警察犬訓練士になれば、犬の優れた嗅覚や能力を相棒にして、事件の捜査ができるのよ」
「犬と一緒に、捜査……」
白奈の目が、みるみるうちに輝き出す。
大好きな推理小説みたいな捜査を、大好きな犬と一緒にできる。彼女の頭の中で、バラバラだったピースが一気に噛み合っていくのが分かった。
「それ! それ最高じゃん、黒音! 私、それやりたい! 犬の相棒なんて、ミステリーの主人公みたいでめちゃくちゃ格好いい!」
「でしょ? まあ、私は毎日優秀なワンちゃんを、お給料もらいながらモフれるっていう下心もあるんだけど」
「なにそれ、動機が不純すぎる」
「うるさいわね。……で、どう? 一緒に目指してみない?」
「うん! 目指す目指す!」
さっきまで迷子みたいだった横顔が、今は子どもみたいに輝いていた。
その後の巡回中、白奈は「警察犬ってやっぱシェパードかなぁ」「名前どうしようかなぁ」などと、すっかりその気になっていた。
――しかし、世の中そんなに甘くはなかった。
その日の夕方。
交番に戻ってから警察犬訓練士の募集要項を調べていた私は、画面に表示された非情な現実に絶句した。
「……嘘でしょ……」
「どうしたの、黒音? パソコン睨みつけて怖い顔して」
書類を運んできた白奈が、私の肩越しに画面を覗き込む。
私は力なくマウスを握ったまま、募集要項を指差した。
「直轄警察犬訓練士って……もの凄く狭き門なのよ。各県警に数人しか枠がなくて、しかも『現役の訓練士に欠員が出ない限り、新規募集は行わない』って……」
「えっ、じゃあ今満員だったら、試験すら受けられないの?」
「そういうこと。今年は募集そのものが無いみたい……」
一気に突き落とされた気分だった。
せっかく見つけた目標なのに、努力するためのスタートラインにすら立たせてもらえないなんて。
私はがっくり肩を落とした。
白奈もきっと落ち込んでいるだろう――そう思って隣を見る。
だが、白奈はショックを受けるどころか、画面をじっと見つめたまま、ふっと不敵に笑った。
「……なんだ。空きがないなら、作ればいいだけじゃん」
「はぁ!? あんた何物騒なこと言ってるのよ! 席を空けるために先輩をどうにかする気!?」
「ちがうよ! 黒音はすぐ大声出すんだから!」
白奈は呆れたように首を振ると、胸を張った。
「そうじゃなくて。枠が数人しかないなら、私たちが圧倒的な成績を残して、上の人たちに『この二人を入れないのは県警の損失だ!』って言わせればいいだけでしょ?」
「浜……」
「推理小説でもね、前例がないなら、自分が最初の一歩になればいいって決まってるの」
私は目を見開いた。
真面目すぎる私の頭では、「募集がない=諦める」という選択肢しか浮かばなかった。
だけど、この不真面目で、怠け者で、天才的な相棒は、壁の高さなんて最初から気にしていない。
見方を変えるとは、こういうことか。
やっぱり、あんたには敵わない。
「……何よ、簡単に言ってくれるわね」
熱くなった目元をごまかすように、私はふいっと顔を背けた。
「うるさいわね。ほら、書類片付けるわよ」
「えぇー!? 夢とか語ったあとに現実ー!?」
交番の中に白奈の情けない声が響く。
でも私は少しだけ嬉しくて、窓の外の夕焼けを見た。




