13.エピローグ
数日後。
事件は、村上拓海の自供によって全容が解明された。
呉羽PAのトリックは白奈の推測どおり、新たにわかったことと言えば
村上は、社用車を返しに会社に行ったあと、同じく会社所有の軽トラを利用し
ジャイロを回収していたことぐらいであった。
借金に窮した村上が、呉羽PAの通用路を利用して「高速道路に車を置き去りにする」ことで完璧な
アリバイを作り上げたトリックは、白奈の突飛な発想がなければ見破れなかっただろう。
私たちは、いつもの喫茶店のテーブルを囲んでいた。
「……はい、これ。今回の『特別ボーナス』だ」
本田先輩が苦笑いしながら置いたのは、ケーキセットの追加注文票ではなく、
警察署長からの感謝状――の、写しだった。本物は後日、正式に授与されるらしい。
「えへへ、感謝状なんて警察学校の卒業式以来だよぉ」
白奈は、運ばれてきたばかりのモンブランを頬張りながら、嬉しそうに鼻を鳴らす。
「あんたは、運が良かっただけよ。あんな危ない真似して……」
私は溜息をつきながら、手元の資料を整理する。
結局、村上を投げ飛ばした際、白奈が泥だらけになったせいで、
彼女の制服はクリーニング行きになった。その費用も、なぜか私が立て替えている。
「でもさ、黒音ちゃん。あの一本背負い、すごかったね。村上、空中で一回転してたよ」
「……普通よ。毎日、道場で打ち込みをしていれば誰だってできるわ」
「ううん、できないよ。あんなに迷いなく踏み込めるのは、
黒音がずっと『準備』していたからでしょ?」
白奈が、フォークを止めて真っ直ぐに私を見た。
いつもはおちゃらけている彼女の瞳に、少しだけ真剣な色が混じる。
「私はさ、適当に思いつくだけ。でも、それを形にして、犯人の前に立ちはだかったのは黒音だよ。
やっぱり黒音は、私の自慢の同期だね!」
「……っ、食べなさいよ。ケーキ、溶けるわよ」
熱くなった顔を隠すように、私はコーヒーを口に含んだ。
苦いはずのブレンドが、今日は少しだけ甘く感じられた。
◇
翌朝。
私たちは、いつも通りサンの散歩をしていた。
「あ、見て黒音! 今日のサン、尻尾の振り方が右に三回、左に二回の黄金リズムだよ。
これは今日はいいことあるね!」
「……そんなの、ただの偶然でしょ。ほら、ちゃんと前見て歩きなさい」
白奈は相変わらずだ。
漢字は書けないし、向上心も怪しい。
きっと明日も、巡回日誌の誤字を私が直すことになるのだろう。
私は彼女が嫌いだ。
自分の物差しでは計れない「何か」を持っていて、私の積み上げた努力を、いとも簡単に追い越していくから。
けれど――。
リードを引く私の隣で、鼻歌を歌いながら歩く彼女の横顔を見る。
私が立ち止まった時、違う景色を見せてくれるのは、きっとこの不真面目な相棒なのだ。
「……白奈」
「なーに?」
「……今度の昇任試験、あんたが合格するまで付き合ってあげるわよ。
カンニングペーパーじゃなくて、ちゃんと脳みそに叩き込みなさい」
「えぇーっ! それ、一番厳しいやつじゃん! 勘弁してよぉ!」
朝の澄んだ空気の中に、白奈の情けない叫び声が響く。
サンが楽しそうにワン、と吠えた。
私たちの日常は、またここから始まる。
(第一部 完)




