12.逮捕
――正直、恐怖はなかった。
警察学校での厳しい訓練、日々の単調で、
けれど決して手を抜かなかった巡回の積み重ね。それが今の私を支えている。
私は口の端を少しだけ吊り上げ、ニヤリと笑ってみせた。一歩、また一歩と、
死の矢が向けられたまま村上へと歩を進める。
「……な、なんだよ。来るな! 撃つぞ、本当に撃つからな!」
射手であるはずの村上の手が、無様に震えている。
背後からは、本田先輩たちの乗った捜査車両が反対の農道をふさぎ、
走ってこちらに向かってくる。
田んぼは、田植えの時期を終え、水がたっぷり入っている。
彼に逃げ場はなかった。
「くるなぁぁ!!」
絶叫とともに、村上が引き金を引いた。
――シュンッ! という、空気を切り裂く鋭い音が鼓膜を打つ。
私は、背中で震える白奈の手を力強く掴むと、同時に地面へ向かって身体を沈めた。
刹那、私の額があったはずの空間を、黒い影が猛速で通り過ぎる。
ガシャン!
背後のパトカーのウインドーに当たり、ガラスが割れる音が農道に響いた。
「ひゃっ……!?」
勢い余って白奈が地面にどさっと倒れ込む。だが、私はすでに次の動作に移っていた。
矢を放ち、次を装填するまでの致命的な「隙」。私は地を蹴り、一気に村上の懐へと飛び込んだ。
「くっ、はっ……!?」
私は、すぐさまボウガンを握る右腕と襟を掴み、その下へ深く潜り込む。警察学校の道場で、それこそ何千回、何万回と繰り返してきた、身体に染み付いた動き。
腰を支点に、村上の巨体を宙に浮かせ――渾身の力で、砂利の農道へ叩きつけた。
鮮やかな、一本背負い。
肺の空気をすべて吐き出した村上が、声にならない悲鳴を上げて悶絶する。その手からボウガンが滑り落ち、カランと乾いた音を立てて転がった。
「いったー」後ろでしゃがんだ際に腰を打った白奈が声をあげる。
「大丈夫か、浜、とっさとは言え、すまなかったな」
泥だらけになった白奈が、信じられないものを見るような目で私を見上げている。
その瞳に映る自分が、今までで一番誇らしく――そして、恐ろしいほどにこの相棒へ執着している自分に気づいて、
私は小さく笑った。
「……あっ、また『浜』に戻った。さっき、パトカーの中で『白奈、しっかり掴まって』って名前で呼んでくれたのに」
「っ……気のせいよ!」
心臓が跳ねた。
普段、思考の中ではずっと彼女を名前で呼んでいた。
それが極限状態のなかで、とっさに口に漏れてしまったらしい。
「白奈」という響きが自分の中にどれほど深く根を張っていたかを突きつけられ、
私は恥ずかしさのあまり、乱暴にそっぽを向いた。
「二人とも、大丈夫か!」
飛び出してきた本田先輩が、私の無事を確認して短く叫ぶ。
先輩はすぐに倒れ伏した村上を見下ろし、鋭い手つきで手錠を取り出した。
「村上 拓海。銃砲刀剣類所持等取締法違反、および殺人容疑の現行犯で逮捕する」
ガチャリ、と冷たい金属音が響く。
その音を聞いた瞬間、私の全身から一気に力が抜けた。




