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永遠の色彩  作者: 貝殻まがお
太陽神の睥睨
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太陽神の睥睨-4

 人工魔術、というのは、魔術補助という研究分野のうち最も注目されている技術で、その名の通り()()()()魔術全般の呼称である。厳密には――魔術は人間が魔法を飼い慣らした結果で、自然界に()()は存在し得ないので――すべての魔術は人工的であると言えるのだが、そういった議論をするのはもはや専門の研究者たちも億劫になったのか、短く分かりやすいこの名称が定着して長い。

 研究者たち、特に歳若きエルヴェ・ペリドは、同じ空の下に生きるあらゆる人間にそれぞれの隣人と同じ力を与えることを使命としていた。少なくとも、建前上は。

 崇高な理想とは関係なく、実際のところそれらの技術は各所から様々な目的を持って求められていた。

 魔術を司る機関である魔術協会はひとりでも多くの人間にその基礎を広めるために、教育の行き届いていない子供や、体力を失いつつある老人、魔力がなくなっていく病人などにそれを配りたいわけである。そして戦勝以降は影響力が低下し続けているプロテア軍は、どんなに才能のない兵も前線に出すことができるようになる奇跡の一手として、喉から手が出るほどその技術が欲しくて当然だった。

 ペリド家は何代も前から軍に重宝される協力者である。あるときは優秀な魔術師を、またあるときは聡明な研究者を、ときにはその両方の資質を兼ね備えた人材を、たびたび輩出しているから。

 エルヴェは魔力を持たないにもかかわらず、あるいは持たないからこそ、人工的な魔術を扱うことには誰よりも興味と努力を注いでいる。彼の個人的な実験の数々の成果は、まさしく大会で見せた通り、華々しいものであった。

 それでもやはり彼の特徴的な点は、親族で唯一、()()()()()()()ことだった。


「ほんの少しだけ漏れ出ています。あの崖が見えますか、あそこからです」

 トランが指差した方角に目を向けても、意識を集中させても、エレニにはおよそ魔術らしいものが認識できなかった。諦めが早いことが取り柄でもあるので早々に振り返ると、ワルターはある一点を静かに眺めていた。

 クロウカシスがプロテアの首都となったのはわずか百五十年ほど前のことで、その前に議会と魔術協会の本部があった街は、隣国ネーレウとの度重なる争いによって地図から消えてしまっている。八年前に戦争が収束した際、プロテア側はその街があった地域の返還を求めたものの、そこはすでに人が住める環境になかった。

 新たな首都を高く聳える山々で()()()のは、偉大なるテッサリア家の魔術師であるとされている。当時の記録を信頼するに、その者はヘレネーという名で、今では禁じられている数々の()()――それも、自然の摂理に直接干渉するようなものを――扱っていたらしい。

 彼女のせいであろう、首都周辺の山の木々は、植物が本来持つ極々わずかな量と比較して異常に高い魔力を有していて、かつ流れてきた魔力を取り込みやすい。捜査に繰り出た三人のうち、最も首都とその近辺の環境に慣れていそうなトランが駆り出されたのはそのためだった。土地勘に近い感覚を利用しようというわけである。

 彼自身もそのことをよく分かっていたので、ワルターが自分の示した方向を確認するより前に首を動かした際、やはり自分は着いて来ずともよかったのだと思い知った。

「人工魔術もあるが、これは――普通の魔力だ。普通の、人間の。遭難でもしない限りこのあたりに人が来ることはないだろう、行くぞ」

 言い訳をしようとした。人工魔術の方が珍しいからそちらを口にしただけで、と。ただの人間の魔力を自分も感知できていた、と。けれどもトランにそこまでの虚栄心があったなら、今の実力と立場に繋がるあらゆる道が、あの大会の日に閉ざされてしまっていたはずだから、彼は黙ってワルターの後を追うことにした。

 しかし一歩を前に出した瞬間、トランは立ち止まった。背後にいたはずのエレニが自分より先に返事をしなかったことが、日頃から子供を相手にしている教育者としての心に引っかかった。

「エレニさん?」

 なにか奇妙なことが起きている。それだけは明らかだった。

 トランは自分の耳そのものではなく、その少し後ろをつんざくような音を聞いた。


 自分の住む場所を訪れる人間が魔術を使えなくなるよう、創意工夫を凝らして仕掛けを作ったのは他でもないエルヴェ本人である。

 ある一定の範囲内の人間に魔力を失わせる仕組みを最初に思いついたのは彼の叔父のフェルナンだった。戦時下では主にハムラーワット将軍に助力していた彼は、数々の兵器や兵器に準ずるものに関する構想を紙に書き出し、それらを机上の空論では終わらせぬよう歪んだ情熱をもって努力し続けた。

 甥として、エルヴェは叔父を尊敬してはいない。どうあっても魔術が人の命を奪うことに使われてはならないという思想は、魔術師なら誰でも持っているべきだから。

 ただ、ひとりの研究者として、彼にはフェルナンの気持ちが不本意ながらも理解できた。自分の考えた理屈は本当に正しいのか、自分の唱えた理論が実証できるのか、なにを代償にしてでも知りたいと、彼も思うことがある。

 そうでなければ、曲がりなりにもカラミアに師事している少年をわざわざ自分の家まで釣っては来ない。

 そうでなければ、ワルター・シルバーノットの弟子に会いたいなどとは一生口にしない。


「それで、結局あなたはなにがしたいのかしら。人工魔術の興味深いお話が聞けてありがたいとは思うけれど、ここに来たのがわたしの意思ではないことを忘れてもらっては困るわ」

 アリーンのともすれば尊大ですらある強気な態度が、本人の元からの性格であるかどうかをギルバートは測りかねていた。連れて来られてから半日も経たない間に、彼女は自分には思い付かなかった質問や、答えを得られなかった疑問の数々を口にし、のらりくらりとそれらを躱そうとするエルヴェと見せかけばかりの礼節に満ちた口論を繰り返している。

 魔術に関する知識にまんまと気を取られてしまった自覚があるからこそ、ギルバートはそれらを黙って見物することに徹していた。

「そう急かさないでくれよ。どうして俺が大会であんな規模の魔術が使えたか知りたくないのか?」

 研究者らしいと言うべきか、エルヴェは自身の開発した魔術補助器具をはじめとしたさまざまな話題について、舌が乾いてしまいそうな勢いで喋り続けている。圧倒的な滑舌で多種多様な専門用語とその定義を諳んじるので、ギルバートは途中から目を閉じたり開けたりしながら眠っていた。

「それを知ってわたしにはどんな良いことが起きるの? 面白そうだとは思うけど、私はそれよりどうしてここに連れて来られたかを知りたいわ。散々聞いてあげたでしょう、そろそろ質問のひとつにでも答えたらどうかしら」

 やはり、そのように芯の通った主張はギルバートにはできなかった。無視された質問の数は彼の方が圧倒的に多いというのに。

 青年は窓の外を一瞥してから、腕を組んで軽い溜め息を吐いた。

「まあ、そろそろ時間切れになるはずだし、いいか」

 ギルバートはその言葉を聞いて、休めているだけのふりをしていたつもりの両目を皿のようにした。時間切れとは、と聞き返してはまた話が長くなる、とようやく学習したらしい脳が、回りそうになった口を無理に止めた。

 座って足を組んでいたアリーンが、膝に乗せていた踊る人形の尖った足を静かにエルヴェの方に向けた。目付きを見る限りでは、気に食わない回答を聞き次第、かなり本気でそれを投げるつもりのようだった。

「おお、怖い。まずは、強引に連れて来て申し訳ない。のこのこ着いて来るのもどうかと思うけど」

 少女があり得ないものを見る目を向けてきたので、苦笑いをしてみせる。ギルバートにだってその行為が随分と危ういことくらい理解できていた。

「ふたりとも大会の優勝と準優勝、おめでとう。本当はもっと賢く穏便に、祝うついで程度にこの話をしたかったんだ。状況が変わった。俺は軍と魔術協会相手に()()がしたい。この屋敷の仕掛けとか、人工魔術とか、諸々について」

 大層な目標を持っていて結構だが、それと自分たちの拉致・誘拐・軟禁に一体なんの関係があるのか、とアリーンは人形を持った手を傾けた。

「どっちからしても俺はとんでもなく価値があるものを提供できる。対抗相手には間違っても譲れない、そうなると強硬手段に出るはずだ。そこで――自分たちが特別な自覚、あるだろ。国の英雄だとか、大逆人だとか言われたりする人間と、直接的なつながりがある。狙われるのは本人たちじゃあない」

 ギルバートは静かに俯いた。カラミアが大会で人を死なせてしまったことについては、屋敷中の蔵書から詳しい事情を調べてあった。()()()()で大逆人などと言われるはずはないし、どこか奇怪な予感が、件の事故に関する記述がどれも不完全であることを告げている。

 けれど、正確な答えを求める覚悟は、まだ固めることができていなかった。

「あんたたちには、大会でずっと勝ち続けてほしい。強くなってほしい。ふたりとも、お互いの師匠に張り合えるくらいには」

 露骨に顔を歪ませた()()たちには一切構わず、エルヴェは締め括った。

「そして、誰にも知られないように、その支援をさせてほしい」

読んでくださってありがとうございます。

誤字脱字などあれば遠慮なく教えてください。

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