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永遠の色彩  作者: 貝殻まがお
プロメテウスの炯眼
12/14

プロメテウスの炯眼-11

注意!

自然災害描写、および嘔吐描写があります。

苦手な方は最初の二つの段落を読み飛ばすことを推奨します。

プロメテウスの炯眼-11

 地響きのような音。に、ギルバートは、覚えがあった。

 小さいころ、地元の村を土砂崩れが襲ったときの記憶が、彼の脳裏からじわりと滲んで蘇る。

 

 夜半のことだった。あまりの轟音に目を覚ましたはいいものの、恐怖に喉が引き攣り、脚が竦み、部屋から出るどころか、寝床から這い出ることすらできなかった。森に面した方角に位置していたギルバートの生家はほどなくして土砂に呑み込まれ、別室で就寝していた両親もろとも、泥と、木屑と、大小の石片の下敷きになってしまった。

 近所に駐在していた保安隊員がいち早く駆け付けたことで、両親をはじめとした村の大人たちは早めに助け出され、本当に困難となったのは、体力も声量もない子供たちの救助だった。身体が軽く軟らかい少年少女は、生きていようとそうでなかろうと、どこまで流されたかという捜索範囲が広くなってしまうから。

 ギルバートは最後まで保安隊には見つからなかった。彼を泥の奔流から救い出したのは、()()()だった。当の本人に一般人としての自覚があったかは定かではないが。

 仰向けのまま意識を強制的に浮上させられ、視界が螺旋状に歪み、耳に届く音が頭蓋の内側までを殴りつけてくるような感覚の中、それでもギルバートは真っ赤な髪を見た。その髪の持ち主に心当たりがあった。

 たった一度、連れて行ってもらえた魔術大会。首都からほど近い大きな会場で開催された決勝戦。自分を魔法の虜にした、両親があの日から異常なほど恐れている、素晴らしい選手。

「から、み、あ、こきの……?」

 やっとの思いでそれらの音を吐き出した喉は、空気にそこを退けとでも言うような勢いで迫り上がってきた胃袋の中身に塞がれた。なぜか自分を知っている子供をなんとか横向きに寝かせ、背中を撫でる手つきは、どこか躊躇いがちだった。まるで、子供への触れ方を知らないような。

「大丈夫――保安隊の人たちが見つけやすいところに連れて行くから。だけど、私と会ったことは秘密にした方がいい」

 腹部に、胃が濡れ雑巾よろしく絞られているみたいな痛みがあった。手負いのクマにでもなった気分だった。

 ひみつ、と。なんの音も発せないまま、唇で言葉を辿った。

「そう、秘密。ええと、内緒。大人には言っちゃいけない」

 分かる? と、焦った声に、ギルバートは少し笑った。子供の自分よりも冷静さのない大人を見るのはどこか面白かった。

 約束、と言いたかったのに、身体は力尽きてしまったようだった。そういえば今は夜中だったな、と思いながら、十歳のギルバートは、瞼を閉じた。


「おーい。急にぼうっとしてどうした」

 顔の前をひらひら舞う手のひらが鬱陶しくて、白昼夢は終わった。音は続いている。

「ああ。この音なんだろうって思って」

「音?」

 エルヴェが首を傾げる。この轟音が聞こえないのか、と顔に出して見せると、青年はなにかに気が付いたように両眉を上げて、ギルバートを座らせた大きな椅子の後ろにある窓へ駆け寄った。少年も反射的に立ち上がって、そのあとを追う。

 青年の自宅らしい屋敷の中では、立っていても座っていても、どうも落ち着かなかった。彼が自室だと言って紹介した部屋はギルバートの家の玄関から裏庭までと同じような大きさだった。そんなところで座らされ、高級そうな菓子一式でもてなされ、さあ本題に入ろうというときに、得体の知れない音がしたのだった。

「またか? いや、あれは協会の方に向かってるな。仲が悪いんじゃなかったのか」

 ぶつぶつとなにかを呟いているエルヴェの横から窓の外を見ると、空を黒い、大きな物体が飛んでいた。

「あれ、なに?」

「おまえ、あれが聞こえるんだな。あれは軍の飛翔機。本当は音なんかしないんだけど、乗ってる人間が嫌な性格をしてて、わざわざとんでもない音を出す魔術をかけてるんだと。目的地に着く前に存分に威圧しておきたいらしい」

 音を出す魔術、と、いうことは、魔力がないらしいエルヴェは、それが認識できないということだ。ギルバートの理解が正しいなら。

「またか、って? きみには聞こえないの?」

 またはぐらかされようものなら今度こそただではおかない、と凄むつもりでいたのに、エルヴェはあっけらかんと答えた。

「軍には色々しつこく言われてるんだ。音に関しては、魔術だし、本来ここは人の魔力に制限をかける作りになってるからな。聞こえる方が異常なんだ。おまえ、相当才能あるよ」

 彼の口から自分を褒める言葉が出てくるとは夢にも思わなかったので、ギルバートは正直に口をあんぐりと開けてしまった。

「ありがとう。きみ、人を褒めることなんてあるんだね」

「才能がある、っていうのが、必ずしも褒め言葉とは限らないけどな。コキノさんみたいになったりするから」

 エルヴェはもう一度窓の外を確認してから、自分が座っていた椅子に戻った。ギルバートが振り返るまでに彼はビスケットをひとつ口に放り込んで、少年が座り直すころにはすでに、それを噛み砕いて飲み下していた。

「それだよ。こうして着いて来たんだし、そろそろ師匠について教えてほしいんだ。なにを知ってるの?」

 ギルバートは菓子類の隣に置いていた杖を掴んで、その先端を青年の鼻先に向けた。才能であれなんであれ、魔力を完全には制限されていないのなら、魔術のひとつやふたつ、使えるかもしれなかった。

 屋敷の主は片眉を上げて笑った。

「いいなそれ。あとで試そう、きっと有意義な実験になる。最初に会ったとき、なんであの人を連れてるんだって訊いたよな?」

 最初に会ったときと言うと昔のように聞こえるが、数日前のことである。憶えているに決まっていた。ギルバートは杖を掲げたまま首肯した。

「あのコキノさんってのは、昔の自分の話とかしたがらないだろ。大会の話なんかもっとしないはずだ」

 下げろとは言っていない紫色の杖を手の甲で除け、エルヴェはビスケットをもう一枚つまんだ。ギルバートはまた首肯した。仮にも弟子を名乗っている自分でさえ彼女の過去を知らないのに、部外者に分かったような口をきかれるのはひどく腹立たしかった。

 杖を握る手に力がこもる。そういえばまだ、杖の正しい使い方を教わっていない。教わる前に彼が来てしまったので。

「まあ、決勝で人を殺したなんて、普通言いふらしたくはならないしな」

 言い終わると同時に、エルヴェはビスケットを唇に咥え、首を横に倒した。

 彼の背後の壁に眼球大の穴が開く。青年が喋り終わってから、一秒と経っていなかった。

「ほら、な? コキノさんみたいになるって言っただろ。大会で杖の使用が認められないのは、魔術が格段に出力しやすくなるからなんだろうな。あの人には関係ないだろうけど」

 楽しそうにビスケットを頬張るエルヴェとは正反対に、とっさに立ち上がっていたギルバートは、杖を取り落としかけていた。

 誓って、本当に魔術を使うつもりはなかった。


 魔術協会本部の廊下を走る間、アリーンは何度も師を見失いかけていた。彼女の知らない、高度で繊細な魔術を幾重にもかけられている様子の廊下は、外観とは明らかに構造が違い、万一の事態になった暁には避難がさぞ困難であろうと少女は思った。

 走り慣れていないせいでもたつく足を懸命に動かしながら、数多の協会員の横を通り過ぎ、廊下の角を曲がり、階段を駆け上がって、開け放たれた扉をくぐり、また長く続く廊下を、右へ、左へ、また右へ。

 まるで、少し前に出た地区大会みたいだ、と。アリーンは思った。

 あのとき、控え室までの通路には、この場所にかけられているのと同じような魔術がかかっていた。薄暗い廊下に一歩足を踏み入れた瞬間からそれを感じ取ったはいいものの、どうすればそれが作り出す迷宮から抜け出せるのかを理解するまでに小一時間かかってしまい、ようやく控え室を見つけたときには、中の話し声も気にせず乱暴に扉を開けてしまった。

 その控え室で険悪な空気になっていた二人が、まさか揃って自分よりも良い結果を収めるとは。人生で一番悔しかった、とアリーンは回想した。一番悔しい、と感じた場面は他にもあったけれど。ワルターが観客席にいなかったことが、あの日だけは救いだった。

 だから、彼の師には会いたくなかった。二位になったのも実力ではない。一位の彼が辞退したから繰り上がっただけで、実際は三位だった。許せなかった。彼の、彼らの魔術は完璧だった。

 稀代の天才に師事しているのだから、嫉妬など忘れたと思っていたのに。アリーンはあの大会を思い出すだけで何度でも泣ける自信があった。今だって。

 浮かび始めた涙で視界が霞み、少女はめくれた絨毯に爪先を取られて前のめりになった。衝撃に備えて腕を前に出したものの、転ぶことはなかった。

 両肩を、知らない手が掴んでいた。

「お嬢さん、こんなところを走らない方がいい。愛らしい服にシワができてしまう。これから会長に会うんだろ?」

 アリーンがゆっくり背後を見ると、自分を支えてくれたのは、苦労を眉間に深く刻んだ壮年の女性だった。右頬に、やけにまっすぐな傷痕がある。

「ありがとう、ございます。あなたは」

 女性は固い微笑みを見せた。笑い慣れていない。

「私はナイーマ・ハムラーワット。あなたはサピロス家の子かな」

 頷きかけて初めて、アリーンは気付いた。女性の胸元の、煌びやかな勲章の数々に。

読んでくださってありがとうございます。

誤字脱字などあれば遠慮なく教えてください。

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