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永遠の色彩  作者: 貝殻まがお
プロメテウスの炯眼
11/14

プロメテウスの炯眼-10

なんだか長いなと思ったので、罫線をひとつにしてみました。

 知らない人に着いて行ってはいけない、という標語を、当然、ギルバートも知っていた。

 他でもない本人がなにも教えてくれないので、エルヴェのことはまるで分からなかった。かといって、完全に見知らぬ者かというとそうではない。

 得体は知れないが、同年代の青年である。目的は分からないが、名前と最低限の経歴は分かっている。

 つらつらと思考が浮かぶのは、自分が言い訳を探しているからであることは自覚できた。

 エルヴェが行方をくらます上で、まったくの他人である自分を連れてどこへ行くのかが気になって仕方がなかった。好奇心は猫を殺す、という諺には、その猫は満足したことで蘇ったという続きがある。カラミアが言っていたことだ。

 言われるままに森を出て、招かれるままに車に乗って、山を下り、上り、また下りてを繰り返していくうちにようやく、ギルバートは知らない土地に連れて行かれる恐怖に気が付いた。


「着いたぞ」

 車の中ではまた黙りこくってしまったエルヴェがやっと口を開いたのは、三時間ほど経って車が停まってからだった。うつらうつらと舟を漕いでいたギルバートは飛び上がってから目を覚ました。

「おまえ、今までよく誘拐されずに生きて来れたな。田舎育ちだからか?」

 ギルバートは反射的に言い返そうと口を開いたが、図星だったので言うことがなかった。エルヴェがそこまで調べているかは定かではないが、カラミアの家へ最初に行ったときなどは完全に、()()()()()()()()()()()()()()()()()、という標語を知った上での行動だった。そのときもそういえば、()()()()わけではなくて、と誰にでもなく言い訳をした覚えがある。

 知らないわけではなくて、誰も教えてくれないから、と。そもそも初めて家についていく前からの付き合いであったし。それも両親には言っていないけれど。

 なぜ誰も彼もなにひとつ自分には教えてくれないのか。研究者気質の青年は意地が悪いのか秘密主義者なのか、結局こちらばかりが質問に答えていたし、カラミアだって自分の話を一切しない。だから、森の奥で出会ってから七年弱も経つというのに、ギルバートは師の出身地も、誕生日も、過去になにをしていたのかも、どうして大会に出て、どうしてもう魔術を使わないのかも、知らない。

「運が良いんだよ。で、今度こそ質問に答えてくれるんだよね?」

「まあまあ。とりあえず降りてから話そう。ここはどこだと思う?」

 大人しく車から降りて周囲を見渡すと、そこは知らない山の頂だった。麓からほど近い場所には山々を切り拓いて拡げたような大きな都市があり、その中心には見下ろしていても分かるほど背の高い建物がいくつも乱立している。

()()()()だから分からないよ。結構な都会ってことしか」

 渾身の嫌味を乗せて答えると、エルヴェはさも面白そうに喉で笑った。

「結構な都会ってなあ、おまえ、首都だぞあれ。四角くてバカでかい建物が見えるだろ、あれが魔術協会。隣の、一回り小さくて丸いのが議会。教科書に載ってないのか」

 教科書を読むこと自体は好きだったが、首都について書かれているところはあまり見たことがなかった。都市部でないところに回ってくる教材はそもそも時代遅れなものが多く、数学の定理から魔術の理論まで、時折教師自身が訂正を入れなければならない始末だった。

「首都の名前くらいは言えるだろ、まさか?」

「あのね。あんまり馬鹿にしないでもらえる? クロウカシス、でしょ」

 エルヴェが小さく拍手をするさまを見て、温厚な方である自覚のあるギルバートでさえ眉を顰めた。

「悪い、悪い。同年代と話すのには慣れてなくてな。真面目にやるよ、ほらこっち」

 踵を返したエルヴェが指差す方を見ると、背の高い柵と門の奥に三階建ての屋敷が見えた。奥行きが分からなくてはなんとも言えなかったが、ギルバートの感覚としては、地区大会の会場と変わらない大きさなのではないかと思えた。

 まさかこれが自宅とは言うまいなとエルヴェの顔を見ると、そのまさかだ、と彼も無言で答えた。

 門の中心の錠に当たるであろう部分にエルヴェが手をかざすと、軽やかな鐘の音が三音鳴って、錠が開く音がする。見たことのない魔術だ、と観察していたギルバートを振り返ると、青年は指を一本だけ立てて演技じみた笑みを見せた。

「俺の家へようこそ、不用心なギルバート・ディオニー。俺は権力を自分に合わせさせることだと解釈してるから、この門を越えるとどんな客人も一切の魔法が使えなくなる。おまえには自分の身を守る術がなくなるから、もしなにか危害を加えられる気がするなら帰ってもいい―おまえの尊敬するカラミア・コキノの元へ」

 帰らせるつもりは毛頭ないくせに、とギルバートは思った。首都まで下って大人に泣きつき、出身地を告げればどうにか送り届けてもらえるかもしれないが、そんなことを子供の全財産程度で引き受けてくれるほど優しい人間はそういない。

 なによりそんなふうに挑発されてすごすごと帰るような用心深い人間なら、森で行方不明になろうと誘われた時点で逃げ帰り、魔術協会の駐屯所に連絡している。

「帰らないよ。全部答えてもらうまで」

 逆に、それまではなにをされても帰らないぞと示すのが精一杯の反抗だった。

 エルヴェは笑って門を押した。


 首都クロウカシスの飲食店街は昼から酒を飲む人々で溢れている。

 だからアリーン・サピロスは首都が苦手である。郊外の閑静な住宅街(温室)育ちとしては、明るく(眩しく)賑やかで(騒がしく)美しい(けばけばしい)街はどうにも住めるような環境ではなかった。

「先生、先生。シルバーノット先生。やっぱりわたし、先生のお師匠様にお会いするにはまだ未熟すぎます。入賞祝いならすでにいただきましたし」

 首都の中心を貫く大通りの真ん中、自分の前を歩く男の外套を掴むと、アリーンは可愛げ溢れる弟子の顔を作って何度目かも分からない主張をした。体調を誤魔化せば健康な身体に戻され(偏頭痛が治った)、移動手段の話をすれば公道を貸し切られ(車酔いを起こさなかった)、金銭的な心配をしてみせれば一年分の小遣いをやや下回る程度の大金を出されたので(これは断った)、もはや通りそうな言い訳はあまり残されていなかった。

 シルバーノット先生―ワルターは振り返って肩をすくめた。この首都で半生を過ごした彼でさえ、眩しくて騒がしくてけばけばしい都市があまり好きではないことを、アリーンはずっと前から知っていた。

「正直なことを言うと、私もそう思う。君は歳にしてはとても優秀だが、先生は誰も彼も若いころの私と比較したがる嫌な癖をお持ちだからな。弟子が勝手に見ている生徒にわざわざ会いたいと言い出すのはこれが初めてだ」

 褒められているのか貶されているのかがすぐには判断できず、少女は目を細めた。優秀という言葉を聞くとすぐに頬が緩んでしまうのは、直すべきか否か分かりかねる癖だった。

 ワルター・シルバーノットは百年に一度の逸材である。今も昔も。

 彼と並べれば歴史上のどんな魔法使いも見劣りするとまで言われた人間で、ただひとつ()()があるとするならば、彼が戦場に出なかったことくらいだった。シルバーノットという兵士がいればプロテア軍は先の戦争を三日で終えることができたのに、と誇張気味にそれを惜しむ声を、一番弟子のアリーンは毎日のように耳にしている。

「用件についてはなにも仰っていなかったのですか? 噂を聞く限りでは、秘密主義者なのはご夫人の方だったと記憶していますが……」

 前を向き直って歩き出したワルターが、今度は背後で手を組んだ状態で肩をすくめた。アリーンは数年前から自分の師と魔術協会の会長の間にわだかまりがあるものと見ていて、その直感は日に日に確信に変わりつつあった。

「あの人は昔からそうだ。手紙で済む話も直接会ってしたがる。仕事の話でさえ一旦ここに呼びつけられるから、最近は八割くらいを読まなかったことにしている―ああ、今のは秘密にしておいてくれ」

 八割、ほどとは思っていなかったが、これもアリーンは知っていた。師が立場にしては随分と時間を持て余しがちであることは、他でもない自分にとってこの上なく都合のいいことだった。

 魔術協会の保安隊の長。次期会長の最有力候補。多忙という言葉も生易しいくらいの激務に日夜追われていたってなにひとつ不思議ではない。それなのに。

「そうでなければ、わたしにご指導いただく時間なんて捻出できませんものね。こんなにありがたいこと、他言しませんよ」

 首都はいつも騒がしい。師の背後を歩いていると、声を張り上げなければ自分の主張ができない。そして反対に、耳を澄ませなければ彼の言うことも聞こえない。自分の生意気な答えにワルターがどう反応するか、耳をそばだてて待ち構えていたというのに、アリーンの耳に入ったのは全く別の―人の声ですらない、音だった。

 轟音。頭上から。

「―先生。あれは」

 急に静まり返った大通りで、自分の声は必要以上によく通った。アリーンは遠い晴れた空をゆっくり通過する、黒い、蝿のような物体を目で追っていた。そうしているのは彼女だけではなかった。

「あれ、は」

 師が狼狽えていた。

 彼は振り返って、一言、「走るぞ」とだけ言い、一切の手加減なく駆け出した。

 アリーンが生まれつきの体力不足を未だ克服できていないことは、彼が一番よく分かっているはずだった。

読んでくださってありがとうございます。

誤字脱字などあれば遠慮なく教えてください。

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