第四十一話 聞きたいことがあるんだ
俺はあの黒髪の女の名前も知らない。
分かっているのは、城の兵士か士官学校の生徒だろうということだけだ。
なぜあの女が勇者に選ばれたのか、それが分かれば次に襲ってくる勇者に対策が立てられるかもしれない。
俺が知っているのは、神は気まぐれに勇者を選ぶらしいということだけだ。
神が勇者を選ぶのは、何十年かに一度、と聞いていた。
誰が選ばれるか、いつ選ばれるかに、とくに規則性はなく、勇者に選ばれた者に、夢で神が話しかけてくるらしい。
前の勇者が選ばれたのは、51年前だ。
そして勇者は同時に二人は現れない。
勇者に選ばれた奴は神の敵を倒す旅に出るから、アルフレッドの様に孫ができるほど長生きするのは稀だった。
「賢者さん、新しい勇者って何ですか?」
フムスとの交信が終わるとアンジュが聞いてきた。
「時計台で襲って来たんだ」
話ながらレッドの背中に跨る。
レッドは山の斜面を蹴って助走をつけ、上空に飛び立った。
◇
レッドが翼をはためかせて上昇した。
風が音を立てて体にぶつかる。
上昇するごとに周りの空気の温度が下がり、涼しく感じた。
顔に付いた血が熱を奪いながら蒸発したのだろう、血しぶきがかかっていたところが特に冷たく感じる。
服に付いた血は数瞬でひび割れるほどに乾いた。
「賢者さん、ちょっと、聞いてますか!?」
俺の背中にしがみついたアンジュが、風の音に消されないように大声で叫ぶ。
「魔法使うか」
「何ですか!? 聞こえませんよー!」
アンジュにかけた契約の魔法を使えば、離れた場所でも会話が出来る。
今はこれ以上ないほど近づいてるが、魔法を使って交信しないと喉が枯れそうだ。
「アンジュ、聞こえるか?」
『わ、びっくりしました。突然賢者さんの声が耳元に……。』
「さっき使ってただろ」
『目の前に賢者さんがいるのに声は耳元から聞こえてくるんですよ。驚きますよ』
「空に居る間中叫んでたら喉がやられる」
『私も喉が痛くなりそうでした! 賢者さん、新しい勇者って!?』
大きな声を出さなくても聞こえるのに、アンジュの声がでかい。
頭に響く。
声をもう少し小さくしろ、とアンジュに伝えてから、時計台で戦った黒髪の女について話した。
◇
『あんの生意気なバカ門番が新しい勇者……やっぱり睨んできたときに殺してやれば良かったです!』
「神が勇者を選ぶ。あいつを殺していたとしても、アルフレッド……前の勇者を殺したときに他の奴が勇者になってたと思うぜ」
神の敵が出るたびに、勇者が選ばれてきた。
魔王が地獄から襲ってくる前は、巨人と戦っていたらしい。
『神、また神様ですか』
「エルフなら、俺よりも……人間よりも神に詳しいんじゃないのか? アンセム教会の連中も、神に直接会ったことはないらしいぞ」
勇者は夢で神のお告げを聞いているはずだが、それを確かめる術はない。
勇者が出た後は教会の神父がそれを審査していた。
審査方法は確か、神父三人との問答だったか。
『勇者が選ばれることは、エルフの里を出るまで知りませんでした。勇者のことも、魔王の事も、知らないエルフがほとんどだと思います』
アンジュが言った。
自分の睫毛は見えない、ということだろうか。
エルフは争いと無縁な、神に守られている種族だ。
『私が神様に直接会ったのは、一度だけです。私の友達が、森に行ったときだけ』
「神ってのはどんな奴なんだ?」
神は世界のすべてを作ったらしい。
人間は神に似せて作られた。
試練すら神が作ったもので、降りかかる困難は、人間を成長させるためのものだと言われていた。
俺は神を、大地そのもののことだろうと考えていた。
『見た目はエルフと変わらなかったです。声が、反響するような声で印象的でした』
「神が自分に似せて人間を作ったって話は、本当なのか」
エルフと人間の見た目も大して変わらない。
アンジュも十人中十人が振り向く美しさだが、人間と同じに目があり、口があり、手足がある。
自分から言わなければ、街に紛れてもエルフとはバレない。
多少人間の見てくれは雑に作られた様だが、神と人間の見た目も差異は無いということだ。
『黒髪の勇者は、やっつけたんですよね』
「ああ、殺した」
『また新しい勇者が出るんでしょうか』
「おそらくな」
俺たちが魔王討伐の旅に出る前に、勇者は3人いた。
全員魔王を倒す使命を持って旅に出たが、敵わず、道半ばで倒れたらしい。
俺が生まれる前の話だ。
『勇者を殺す、これぞ魔王って感じですね!』
「次の勇者はしばらく出ないはずだ」
『そうなんですか?』
「アルフレッドの前に勇者が出たのは、二十年は前らしい。次の勇者が選ばれるのに数十年は空く」
『じゃあ賢者さんは今無敵ですね!』
無敵か。
俺には《審理の黙示録》がある。
勇者が居ない今、最強、といいたいところだが、
「魔王城で会った白蛇に聞きたいことがあるんだ」
ミアの姿をした白蛇は、俺が振りほどけないほど力が強く、一瞬でリリスの記憶を書き換えた。
神ではないと言っていたが、人間でもない。
地獄の扉の中に立っていたということは魔族なのだろうか。
『白蛇? 魔王城に蛇なんていましたか?』
アンジュが言った。




