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第三十八話 50年後の勇者

『今日、この日を迎えられたことを大変喜ばしく思います』


 随分と落ち着いた低い口調だ。

 こいつが勇者だとは信じられない。


 さっきまで歓声をあげていた市民が皆口を噤み、勇者の一言一言に噛みしめるように聞き入っている。


 頷きながら勇者のスピーチを聞き、涙を流しているものさえいた。

 

「もう宗教だな」


 過呼吸を起こした若い女が倒れ、運ばれていった。


 市民の熱狂っぷりは少し怖いくらいだ。

 この異様な雰囲気の中、それが当然という顔をして立っている勇者とエドワード王は只者じゃない。


『──この平和、光は市民一人ひとりの力で勝ち取ったものであり、皆にそれを誇りに思ってもらいたい』


 勇者のスピーチが終わり、勇者がマイクから下がった。


「勇者様!」


「アルフレッド様万歳!」


 割れんばかりの拍手の音と、雄たけびに似た喝采がポポロ広場を埋め尽くした。


 王都中に響きそうだ。

 天邪鬼以外はこのパレードに参加してそうだが。


 俺が王都に居たころにこんな催しがあっても参加してなかっただろうな。

 いつもよりも人が居ない学生寮で本でも読んでいただろう。


 勇者は拍手と喝采に応え真っすぐに市民達に目を向けていた。


 ◇


 次はエドワード王のスピーチらしい。

 

大きな太鼓を持った鼓長がバチで太鼓を叩き、それを合図に鼓笛隊が演奏を始めた。

 演奏に合わせてエドワード王がマイクの前に立った。


 エドワード王は真紅と金と色とりどりの宝石で飾られた王冠を被っていた。


 魔王討伐の旅に出発する前に謁見した王が被っていたものと同じものだ。

 確か代が替わるごとに、宝石を追加ではめていく習わしがあった。


 50年前の王、勇者の前の国王が被っていた王冠との違いは分からないから、どの宝石が追加されたかは謎だ。


 鼓笛隊が演奏を止めた。

 民衆も静かになり、前に立ったエドワード王が口を開くのを今か今かと待っている。


『王となり5年が経った。至らない私を王と認めてくれた市民に感謝する』


 王冠と長いマントを身に着けた現国王、エドワード王が話し始めた。


 内容は当り障りがない。

 爺さんになった勇者よりも、こちらの方が昔の勇者の声に似ている気がする。


 エドワード王が話している間にも数人が過呼吸で倒れ兵士に搬送されていた。

 ポポロ広場には救護テントがあったらしい。

 

 搬送されていった市民がそこで回復魔法をかけられていた。


 回復魔法をかけているのも城の兵士なのだろうか、皆ケビンが着ていたような白い軍服を着ていた。


倒れた民衆を運ぶ兵士の中に、昨日見た黒い髪の兵士が居た。


 今日は城門ではなくポポロ広場の担当らしい。


『──アーシア国のより一層の繁栄を約束しよう』


 エドワード王のスピーチが終わった。

 民衆が雄たけびを上げながら拍手し、手に持った旗を振った。


 エドワード王は市民に手を振り声援に答えている。

 兵士たちが国王に向かって敬礼した。


「一層の繁栄、ねえ」


 より良い未来があると信じて疑ってないその姿勢は、魔族が居ない世界の王としてはこれ以上ないほどピッタリだ。


 もう地獄の門も開いた。

 あいつが言うような繁栄した世界は訪れない。


 アンジュは人間は強いと言っていたが、余裕が無くなった人間なんてろくなもんじゃない。

 国王は民の前に姿を現さずひたすら保身だけを考えていた。

 貴族も似たようなもんだ。

 

 税と魔族の略奪に民は怯え、隣人や家族すら信じられない。


 孤児院は常に満杯だったし、たまたま魔力が高くて学校に行けた俺はましな方だった。


「国王が俺を勇者一行に選んだのだって、死ぬかもしれない旅に、孤児院出身の俺が丁度よかったからだ」


 世界を回る旅に興味はあったし、魔族との戦いで死なない自信もあった。

 勇者一行に選ばれたのはむしろラッキーだったと思ってる。


 だが、貴族の家の魔法使いが死の危険がある旅をやりたがらなかったから俺に白羽の矢が立ったのも事実だ。


 失敗して死んでも後腐れがない。


 何のコネもない俺は魔王討伐を成功させる必要があったし、それが出世の必須条件だった。


「50年も封印されちゃ、出世も何もないがな」


 禁術の《審理の黙示録》があれば出世する必要もない。


 ステージの上に立って民衆に手を振っていたエドワード王と勇者が馬車に乗り込んだ。

 あと30分もしないうちに金のブロンズ像の前に馬車は行くだろう。


「いよいよだ、フムス。準備はいいか?」


 フムスに交信した。

 フムスが表情一つ変えずに舌打ちをして返事をした。


 御者のフムスは手綱を手に持ち、勇者とエドワード王が乗った馬車を出発させた。


 鼓笛隊は音楽を鳴らしながら馬車の後を着いていく。

 旗を振り歓声を上げていた観客も、立ち上がり後について行こうとするが兵士に止められている。


 兵士をパレードの誘導に使うとは、贅沢な時代だな。

 50年前は兵士に逆らったら撃ち殺されても不思議じゃなかった。


 今の兵士は銃を腰に下げてはいるが、抜く素振りを見せない。

 

 興奮する民衆を警棒で威嚇し押しのけるだけだ。


 馬車の上の勇者とエドワード王は笑顔で市民に手を振っている。

 兵士が開けた人の波を、馬車はゆっくりと進んでいった。


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