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第三十五話 パレードの前日

 それほど大きくはないマルケルス劇場に、王都中から集めたんじゃないかと勘違いする位の人の群れが飲み込まれていく。


 丸い劇場にステージを取り囲むように客席が並べられていた。

 隣の客との距離は近い。


 肩がぶつかりそうだ。


 ケビンから譲られたチケットは二人用だった。


 アンジュと並んで座る。


「人がいっぱいですね!」


「蟻みたいだ」


 すり鉢の中央にステージがある。

 ステージを取り囲客席は、蟻地獄に見えた。


「お客さんは蟻位小さく見えますね!」


 俺たちが座っている位置はステージの真正面で、上の方だった。


 ステージからは距離がある。


「ステージに立つ奴も小さく見えるんじゃないか? 下手したらほとんど見えない」


「賢者さん、それは古いですよ! ホログラムで巨大化させたり、あの浮いている円盤にアリスの姿を投影したりするんです!」


 アンジュがステージの両サイドに浮いている円盤を指さして言った。

 居酒屋でもホログラムを見ていたし、そういうもんか。


「むしろこの劇場全体を見渡せる席は大当たりです! 演出が余すところなく見られますからね」


「ケビンに感謝しねえとな」


 たまたま相席になった赤の他人にチケットをぽいと渡せるなんて、ケビンは気前がいい奴だ。


 感謝してるぜ。

 利用はさせてもらうがな。


「あ、始まりますよ!」


 劇場の灯りが落ち、暗くなった。


 客席がどよめく。


 アリスのショーが始まった。


 ◇


『みんなー! 今日は来てくれてありがとうございます!』


 マイクを手に持ったアリスが叫ぶ。

 アリスの一挙手一投足に客が呼応し、サイリウムが振られる。


 アンジュもどこからか持ってきたカラフルな布を振り回している。


『前夜祭ライブ、始まるよー!』


 遠くから聞こえているはずの声は、距離を感じさせずにクリアに聞こえてくる。


 空中に浮いたスピーカーがゆっくりと劇場の上部を回って隅々まで音をとどけているらしい。


 始まる前にアンジュが言っていた通り、白い石の円盤が二つ浮き、そこに巨大化したアリスが投影されている。


「ホログラムが記憶された円盤も買えるらしいですよ。もう買って起動させてる人もいます」


「すげえな」


 素直に50年で進んだ技術に感嘆した。

 ここにも絡繰り人形は居て、客席を練り歩きながらグッズや飲み物を売って回っている。


 ホテルのフロントで案内役をしていたセシルと同じ、ほとんど人間と見分けがつかないタイプだ。


 金属がむき出しになっている絡繰り人形よりも高価なのだろう。

 

 人間と違い、足音を立てずに歩いている。

 絡繰り人形の方が優秀かもしれない。


 絡繰り人形は魔法を使えるんだろうか。


「ドリンクはいかがですか? お酒もありますよ」


 観察していると、売り子をしている絡繰り人形が話しかけてきた。


「じゃあ、ミードを炭酸割で」


「お買い上げ、ありがとうございます!」


 薄い金属のコップに絡繰り人形が手をかざした。

 注文通りの飲み物が手に空いた穴から注がれた。


「そこから出てくるのか」


「どうぞ」


 絡繰り人形がにっこりと笑って器を差し出した。

 それを受け取り周りを見てみる。


 この注ぎ方は当たり前のことらしい。

 俺以外の客は礼を言いながら何の疑いもなく器を受け取っている。


「曲が始まりました!」


 ステージの上ではアリスがバックダンサーと共に踊っている。

 ステージが投影されたアリスの顔は、ミアにそっくりだ。


 自分の姪が、自分と同じ顔でアイドルをやってるなんて、ミアは想像もしてなかったろう。


 この劇場に使われている技術自体、50年前は無かったものばかりだが。


 居酒屋で聞いたキャッチーでポップな音楽が流れる。

 

「これが代表曲なのか?」


「これは“SUNNY DAY SONG”ですよ! アリスのデビュー曲です!」


 5分ほど曲が流れ、次の曲がまた始まる。


 切れ目なく曲が流れる。

 アリスはずっと歌っている。


 大変だな、よく喉が枯れないもんだ。


「賢者さんはアリスの曲を聞いたことないんですか?」


「俺が封印される頃、アリスはまだ生まれてないからな」


「それもそうですね!」


「アンジュはどこで聞いたんだ? エルフも知ってんのか」


「いえ、エルフの里では人間の音楽はあんまり聴かれてないです」


「そうなのか」


「賢者さんを起こしに行く前に旅をしてたんで、その時に聞きました」


 俺を起こしに来る前か

 そういえばなし崩し的にアンジュとここまで一緒に来たが、こいつのことをほとんど知らないな。


 なんで俺の封印を解いたのかも、そもそも、なんで俺が魔王城に封印されていることを知っていたのかも、俺は知らない。


 王都には、勇者以外の魔王征伐メンバー、ミアや、戦士や、魔法使い、それから俺の存在を示すものは無かった。


 王都や街で俺が極悪人として語り継がれていたなら、まだアンジュが起こしに来るのも分かるんだ。


 世界を悪に染めてみたい奴が声を掛けるにはもってこいだからな。


 勇者は魔王征伐時の事を語っていないのか?


 明日のパレードで分かるのかもしれない。

 今のところ、勇者が俺を魔王城に封印したことは、誰も知らない、あるいは忘れているようだ。


 それなのに何故こいつは俺の事を知っていた?


「何で俺を起こしに来たんだ?」


「やだなあ、賢者さん、最初に言ったじゃないですか。この世界を悪で埋め尽くしましょうって」


 ステージを見ながらアンジュが言った。

 うっすらと微笑みを浮かべている。


「……それはお前の意志か?」


「私の意志以外に何があるっていうんですか?」



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