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第三十二話 時計台

「こっちのビスケットとマドレーヌ、どっちがいいと思いますか?」


 アンジュが両手に菓子の箱を持って尋ねてきた。

 両方同じに見える。


「どっちでも良いだろ。白パンをあれだけ旨い旨いと食べてたんだ」


 何の付け合わせも味付けもない白パンを20個食べる食欲があれば、大抵のものはうまく感じるはずだ。


 魔族は人を丸かじりにする。

 魔王が倒される前は、襲われた村に食べ残しの骨と肉が転がってるのが日常茶飯事だった。


 基本的に料理や味付けの概念が無かったらしい。

 リリスには何を食べさせても喜ぶだろう。


「どっちでも良いが一番困ります」


「なら量が多い方だ。リリスはよく食うみたいだしな」


「分かりました!」


 アンジュはそう言ってビスケットの箱を持って会計に向かった。


 並んでいる客が多い。

 しばらく時間がかかりそうだ。


 ◇


 土産屋メメントでリリスの土産を買った俺たちは、次にローニャ学校に向かって歩いた。


「リリスちゃん、喜んでくれるといいですね!」


「ああ」


 鯛焼きを食べながら俺は言った。

 甘く似た豆が小麦の生地に包まれている。


 あんこは好きだ。

 こんなにうまい物が手軽に食べられるとは、この平和な時代も悪くないな。


「あのクロックタワーから狙撃するって正気かい?ボス」


 フムスがレンガで出来た時計台を指さしながら言った。

 あれはローニャ学校のシンボルだ。


 時計台の中は歯車で出来ている。


 月に一度、調整士が来る以外は無人だ。


 しかも鐘の音を響かせるために空いた隙間からは王都が一望できる。


 学校に通っていた頃はよく時計台の中から外を眺めていた。


「王都では城の次に高い位置にある。ブロンズ像の前も見渡せる」


 時計台からの景色は今も覚えている。

 ブロンズ像がある王都の北まで、遮蔽物も無かった。


 50年でどれだけ変わっているか分からないから、今から確かめに行くんだけどな。


「だが、too far……、遠すぎる」


「3㎞位だな」


 高さも入れたらもう少しあるか?

 

「銃弾はそこまで飛ばない」


「俺は魔法使いだ。撃った後弾を加速させる位わけない」


「oh shit!すまない、忘れていた」


 フムスは手を額に当て、首を振った。

 俺は魔法使いであって、狙撃手ではない。


 魔法で弾の軌道を操作しなければ当てることは難しいだろう。


 銃を使ったことは数えるほどしかない。

 魔法の方が便利だしな。


 魔力が切れたときの護身用、魔力が低い兵士の飛び道具。

 それが俺にとっての銃だった。


「お前も魔法で作ったしな。この時代の銃は何メートル飛ぶんだ?」


「銃も兵士以外は持てないよう厳しく取り締まりがされてる。ケビンの様な一般兵が持つ銃の射程距離は、精々1㎞だな」


 1㎞はすごい気がする。

 50年前の銃は200m程だった。


 魔物から作る武器が禁止されて魔法を使わない武器が発達したのだろうか。


「分かった。念のため、弾を兵士が持ってるものと同じにするか」


「グッドアイデアだ」


「エドワード王には弾を当てろって言ったよな」


「ああ。ボスの手は煩わせない。確実に仕留めて見せる」


 フムスは両手で銃の形を作り、前方に向かって撃つ真似をした。


「疑っている訳じゃないが、万が一殺せなかったときは右手を高く上げろ」


 俺はどこからでも、聞こうと思えばフムスが聞く音を聞くことができる。

 つまりフムスが喋ればその声も、離れた時計台から聞こえる。


 だが殺した直後に喋らせるよりはボディランゲージの方がいいだろう。


 パレードの観客はずっと馬車に乗っているフムスに注目している。


 話し声を聞かれてはまずい。


「殺せたときは?」

 

「両手を上げろ」


「OKボス」

 

「遠くから指示を出すが……指示が聞こえたら、そうだな、舌打ちをしろ。それを了解の合図とみなす」


「ラージャ!」


 フムスはそう言ってチッチッチッと舌打ちの練習をした。

 パレード中、フムスの機嫌が悪いと周りは思うかもな。


 王を殺す犯罪者になる予定の人間に、機嫌が悪いもなにもないか。


 ◇


「ここが賢者さんの学校ですか!」


「俺の学校じゃねえよ、通ってた学校だ」


 ローニャ学校に着いた。

 城の様に門番がいるわけではないが、鉄製の柵に覆われている。


 特にセキュリティは無かったはずだ。


「じゃあ早速入りましょう!」


「待て」


 アンジュが王都へ入る時と同じように正面から入ろうとした。

 今回はさすがに止めた。


「正面はまずい」


「早く賢者さんが青春を過ごしたところが見てみたいです!」


「青春って甘酸っぱいものは無かったから、待て」


 今にも走り出しそうなアンジュの肩を掴んで止めた。

 

「入れそうな場所か。どこもfenceに覆われてるな」


「時計台に登れればいいからな。時計台に近い裏手に回るぞ」


 ローニャ学校の敷地には寮が併設されている。

 国で一番の学生数を誇るこの学校は、授業がない日も人が行きかっている。


 50年経ってる。

 俺と同じ年の奴が教鞭を取っていてももう引退する位の歳だ。


 俺の顔を知っている奴はいないと思うが、念のために裏門へ向かった。


 確か荷物搬入用の小さな門があったはずだ。


 貨物に紛れればバレずに入れるだろう。

 


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