第二十八話 フムスの記憶
「あ、賢者さん、お帰りなさい!」
ドアを開けた途端、アンジュがそう言って抱き着いてきた。
「賢者さん、変な男が勝手に部屋に入ってきたんです!窓から!あり得ないです」
抱き着いたアンジュが訴えてくる。
窓から入ったのか
フムスは誰にも見つからずに、という命令を遂行したのだろう。
フロントから普通に入るんじゃ宿の主人や他の客に見られるからな。
「お嬢ちゃん、俺は変な男じゃない」
フムスが腰に手を当て呆れた様に言った。
抱き着いていたアンジュが一度離れ、今度は左腕に腕を絡ませてきた。
「ほら、見てください。私たちはこんなにラブラブなんです。お邪魔虫は出て行ってください!」
ラブラブではないが、否定するのも面倒でそのまま成り行きを見守る。
アンジュがフムスに向かって舌を突き出し、指で目の下を引っ張ってあっかんべーのポーズを取った。
「話にならんな」
フムスが右手をデコに当て、首をふる。
「話にならないのはそっちです!」
アンジュは腕を組んだまま地団太を踏んだ。
「フムス、アンジュの前ではケビンの振りをしなくてもいい。但し俺とアンジュ以外の第三者が居るときは、ケビンになれ。俺とアンジュとの関りも隠せ」
「了解しました。創造主様」
フムスはケビンの真似をして蟹股だった足をきっちりと揃え、背中に鉄板でも入っているかのような正しい姿勢になった。
「え、え?」
急に雰囲気が変わったフムスに戸惑い、アンジュが俺とフムスの顔を交互に見る。
「こいつは俺が作った。テラ達と同じ土人形だ。ケビンの髪の毛を入れた、本物に近い偽物さ」
「フムスと言います。先ほどの無礼をお許しください」
フムスはそう言ってアンジュに右手を差し出した。
アンジュはぽかんと口を開けてフムスの顔と手を眺め、ぼんやりとしたまま両手でフムスの右手を覆った。
「こちらこそ、何も知らずにすみません」
「こいつが復讐の仕込みさ」
「賢者さん、もっと早く教えてくださいよ」
アンジュがジト目で俺を見た。
「フムスがどれくらいケビンに近いのか見たくてな」
俺はそう言い、ベッドに腰掛けた。
フムスは部屋の中央に地面に根が生えた大木の様にまっすぐに立っている。
千鳥足で歩いていたケビンよりも、警備兵らしい。
しかし、警備兵の制服は目立つな。
フムスをケビンと入れ替えるのは三日後の予定だ。
それまでは他の服を着せておいた方がいいかもしれない。
「全然分かりませんでした」
「光栄です」
先ほどまで言い争っていたとは思えないほど二人は穏やかに言葉を交わしている。
「フムス、お前が出来ることはなんだ?」
《審理の黙示録》は禁忌の魔法だ。
普通の魔法は術式と効果が体系だって書物に書かれているが、《審理の黙示録》にはそんなものはない。
アンセム教会が資料を全て焼き払った、と聞いている。
存在自体知らない者の方が多いだろう。
俺も孤児院でたまたま教会の使者の話を聞かなければ知らなかった。
そんな禁忌の魔法の効果知るのは、本人に聞くのが手っ取り早い。
「出来ること、どの程度言えばよろしいでしょうか」
「そうだな、まずケビンとの違いを言っていけ」
「かしこまりました」
フムスは話し始めた。
◇
「まず誕生の仕方が違います。次に現在居る位置が違います。次に声が2度ほど低いです」
フムスは、次に、と繋ぎながらつらつらとケビンとの違いを上げていった。
「次に、私は一か月以前のケビンの記憶を持っていません」
「フムス」
「何でしょうか」
「ケビンの記憶を持っているのか?」
「左様にございます」
驚いた。
ケビンの髪の毛を入れたのは、それが媒介となって本人により似た土人形になるからだ。
似せる対象がいる場合、絡繰り人形にも対象の一部を入れる。
「ケビンの知識は?例えば……そうだな、城や教会の機密情報」
「申し訳ありません。一か月の間に見聞きしたものは分かりますが、それ以外は力が及ばず」
「いや、いい。十分だ」
一か月の間に見聞きした物が分かるなら、パレードの経路や工程も知れるだろう。
酒場に行く前に絡繰り人形のセシルに渡された地図を取り出し、机の上に広げた。
「フムス、これを見てみろ」
「王都の地図、でしょうか」
地図を見たフムスが言った。
地図はホテル周辺の物で、王都全体は書かれていない。
城は入ってるが、スピーチが行われる広場が入っていない。
「三日後のパレードの経路は分かるか?」
「もちろんです」
フムスはホテルの部屋に備え付けられていた羽ペンを手に取った。
「書き込んでもよろしいですか?」
「構わない」
フムスは羽ペンの先を地図につけ、パレードの経路を書き込み始めた。
「パレードの開始時間は昼の15時丁度です。城の門から出発し、ポポロ広場でスピーチ、また城まで戻って終わりです。全部で三時間ほどの予定ですね」
この地図にはポポロ広場が入っていないため、フムスが書き込んだ経路は途中で途切れている。
「上等だ」
俺は説明を聞きながら、気をよくして笑みを浮かべていた。
フムスの情報は期待以上だった。
滞りなく計画を進めることができるだろう。
「賢者さん、なんだか悪そうな顔をしてますね」
アンジュが笑いながら言った。
「馬鹿言え。これは笑顔だ」
笑顔を悪そうな顔だなんて、心外だ。
目つきは悪くても顔自体が悪くなるってことはないだろ。




