第二十一話 よく食べるな
「うまい!父上、この白パン最高じゃな!」
リリスはパクパクと俺が作り出した白パンを食べている。
おかわり!と突き出された皿にまた、石から作ったパンを乗せる。
「よく食べるな」
「朝は食べねばならぬといったのは父上じゃろう?」
魔王がそんなことを言うのか。
それではまるで、人間の、普通の父親のようではないか。
借金を作って妻を刺し合いになり、子供を残して死んだ俺の父親よりも、よほど父親らしかったようだ。
テラは食堂の隅に水瓶を持って立っている。
俺たちの飲むグラスが少し減るごとに水を注ぎに来る。
音を全く立てない。
リリスとアンジュはテラが水を注いでいることに気づいていないようだ。
「父上はもういいのか?」
「食いたいなら食えよ。朝はそんなに食べられない」
リリスは俺が皿の上に残したパンに手を伸ばし、口いっぱいに頬張ってもくもくと咀嚼する。
パンを出す側からリリスの口の中に消えていく。
もう20個は食べている気がする。
魔族は燃費が悪いのか。
「リリスちゃん、完全に賢者さんのことをお父さんだと思ってますね」
「あの女がかけた魔法だろうな」
人間である俺が魔族であるリリスの父親なのはあり得ないし、年齢も無理がある。
それでも、リリスの中では俺が魔王だったと何の問題もなく受け入れられているらしい。
記憶改竄、精神干渉、この魔法が一般的になったら、世界は壊れるだろう。
自分すら信じられなくなる。
この世の理すら変えかねない魔法を使ったあの女。
多分、一度だけ俺は会ったことがある。
俺がミアを殺したことを知っていて、かつ死んでいないのは俺と勇者だけだ。
『この姿の方が、話をよく聞いてくれると思って』
と言っていた。
普段は女の形をしておらず、魔族でも神でもない。
そして人間でもない。
おそらくあれは、儀式に現れミアを丸のみにした白蛇だ。
それが分かったところで、結局正体も目的も分からない。
何も分からないのと同じだな。
「ごちそうさまでした」
山ほどのパンを平らげ、リリスが手を合わせた。
追加で欲しがるままにパンを渡したから、いくつがリリスの腹に収まったか分からない。
なんの味付けもしてないパンと水だけでよくそんなに食べられるな。
次はパンを何個食べたか数えてみるか。
リリスが手を合わせたのを見計らい、テラが皿を下げに来た。
音を立てずタイミングよく、そして素早くテーブルが片付けられていく。
こいつには暗殺の才能がありそうだ。
寝首をかくのが得意だろう。
「父上、今日はどこの人間の街を侵略に行くのじゃ?」
テーブルに座ったままリリスが聞く。
言っている内容は物騒だが見た目はそのあたりの普通の子供のようだ。
父上、と無邪気に呼ぶリリスに胸が少し痛む。
「リリス、俺のことは賢者と呼べ」
「けんじゃ?なぜじゃ?」
リリスがきょとんと首をかしげる。
お前に父親と呼ばれたくないからだ。
そう言ってはいけないのはわかるが。
「何でもだ」
「分かった。賢者上」
賢者上ってなんだ。
上ってそんなに気軽につけるものなのか。
「うえはいらない。賢者でいい」
「賢者。…変な感じじゃ」
リリスが顔をしかめ首をかしげる。
年相応の仕草が愛らしい。
いや、使い魔に情をかけてはいけない。
こいつは駒だ。
痛む心なんて俺は持っちゃいないはずだ。
「賢者、今日はどこに行くのじゃ?」
「王都だ」
「わらわも行きたいぞ!」
行き先を告げるとリリスが言った。
行きたいと言われると思ってなかった俺は面食らう。
「ダメだ」
「なぜじゃ!」
なぜって、王都にリリスを連れていく必要がないからだ。
今日は情報収集が目的だ。
戦闘することはないだろうし、万が一リリスが魔族であることがバレたら一緒にいる俺も捕まるだろう。
勇者に俺が目覚めたことが知られたら俺の命自体終了だ。
復讐できずに二度も勇者に負けるのは避けたい。
「王都は危険なんだ。リリスはテラ達と一緒に城の修理をしてくれ」
「テラ?あれは人間じゃろう。なぜ城におる」
リリスが不満そうに言う。
魔王の拠点に敵である人間が大量にいるのは、確かに変だ。
「あいつらは魔族に協力する人間なんだ」
「食べてもいいのか?」
魔族は人間を食糧として認識してるんだったな。
俺のことは魔王だと思ってるくせに細かいところで融通が利かない魔法だ。
あの食べっぷりなら、人間一人くらいは楽々食べられそうだ。
「それはダメだ」
「人間は嫌な奴らじゃ。信用できん」
「貴重な使用人だ」
「むー」
リリスは頬を膨らませる。
こんなに表情が豊かだとは思ってなかった。
戦闘中も牙を生やしたり、角を生やしたり、ある意味表情豊かだったか。
「王都で土産を買ってくるからそれを待ってろ」
「本当か!?人間は嫌な奴らじゃが、人間が作る食べ物は好きじゃ!」
リリスへのプレゼントは、ぬいぐるみじゃなく食べ物が正解だったらしい。
朝食を終えた俺たちは城の玄関に来た。
リリスとテラが見送りをする。
「いってらっしゃいませ、創造主様」
「賢者、気をつけての!」
◇
二階の玄関から飛び降りて、城と森の間で休むドラゴンの方へ行く。
「王都にはこいつに乗っていく」
今日は晴天だ。
飛べばすぐに王都につく。
「この子、街で使い魔にしたドラゴンですか?」
「ああ」
「随分、大人しく、というか、可愛らしくなりましたね」
「第一形態だからな」
七つの首を生やし、七色の炎を噴いていた第二形態に比べると、可愛く見えるのは当たり前だろう。
ドラゴンに可愛いって形容詞は似合わないがな。
今のドラゴンは一つの首を持ち、赤く硬いウロコで外皮を覆う、普通のドラゴンだ。
「名前、付けてあげませんか?」
アンジュがドラゴンを撫でながら言った。
ドラゴンは片目を開け、胡乱げにアンジュを見たが、大人しくされるがままになっている。
「ドラゴンでいいだろ」
名前なんて分かればいい。
「そのまま過ぎますよ!」
アンジュが抗議の声を上げる。
分かりやすいのが一番だろ。
「じゃあお前なら何にするんだ」
アンジュに聞く。
顎に手を当て。アンジュはしばらく考え込んだ。
「そうですね、赤いからレッド!どうですか?」
お前のもそのままじゃねえか。
しかし他に案もこだわりもない俺はそれを受け入れた。
「いいぜ。ドラゴン、お前は今からレッドだ」
ギャァ
レッドは返事をする様に小さく吠えた。
「レッドさん、よろしくお願いします!」
アンジュが言った。
俺たちはレッドの背に跨った。
俺の後ろにアンジュが座り、後ろから抱き着いてくる。
「落とされるなよ」
アンジュに一声かけ、俺はレッドを発進させた。
レッドが地面を蹴り、翼を広げて助走をつける。
崖に向かって走り、飛び立った。
ゆるりと緩いカーブを描いて飛んだ後、進路を真上にとる。
ほとんど地面と垂直に上に向かう。
俺たちを背に乗せたレッドはグングンと高度を上げた。
ゴオオオオオ
バサッバサッバサッ
空気を裂く音と、時々ドラゴンが羽ばたく音がする。
「速いですね」
「何だって!?」
「速い!ですね!」
風に声が飛ばされる。
大声でないと聞こえない。
レッドは一直線に空を飛ぶ。
遮るものも遠慮するものもない。
空を飛ぶのはいいな。
馬だとここまで何もない場所を進めない。
とうとう雲の上まで出た。
「うわあ、綺麗ですね!」
アンジュが嬉しそうに言う。
青、白、後は太陽の光。
眼下にはもこもこと膨らんだ雲が並ぶ。
上を見ると薄い層のような雲が広がっている。
雲以外のものは何もない。
背景は空の青一色。
二色だけの世界は美しい。
「初めて雲の上に来た時、天国がなくてがっかりしたんだ」
雷を降らせる怪鳥を倒すために、大陸で一番高い山に登ったことがあった。
雲を超えて天に近づいても、そこには何も無かった。
「賢者さん、意外とロマンチストですね」
ほっとけ。
神は雲の上にいるものだと思ってたんだ。
ドラゴンは目的地に向けて滑空する。
雲の上を移動すれば見つかることもないはずだ。
念のために王都から少し離れた場所に降りよう。
「王都って私一回しか行ったことないんですよ。楽しみです」
「俺は昔住んでた」
故郷、と呼ぶべき場所なのだろう。
生まれた家も、その後過ごした孤児院も、通った魔法学校も、全て王都にある。
家での記憶は、ほとんどない。
物心つく前に両親が死に孤児院に行った。
孤児院では一番記憶に残っているのが合唱をしたことだ。
学校は全寮制で、ほどんど外出もしなかったから、あまり思い出もない。
「王都に住んでたなんて、なんかカッコいいですね!」
「その感覚は分からないな」
話すうちに王都の近くまで来た。
王都の近くの山に降りよう。
俺はレッドに着陸態勢を取らせた。




