第十七話 勇者の森
魔王城を目指して俺たちは森を歩いていた。
街に出たドラゴンは、魔王城から現れた。
城に行けば何かわかるだろう。
「お爺さん、依頼を受けてくださって良かったですね!」
「ああ」
アンジュが声を弾ませて楽しそうに言う。
俺に魔王になれといった少女は、俺が強くなるのが嬉しくて堪らないのだそうだ。
「賢者さんも、歳を取ったらあんな感じになるんでしょうか?」
顎に手を当てたアンジュがクルクルと回りながら言う。
足元がデコボコな森で、回りながら進むなんてしてたら転ぶぞ。
案の定けつまずき、慌ててバランスを取った。
おっとっと、とおどけた様に言っている。
「さあな、封印されてなかったら、あれ位の歳にはなっていただろうが」
鍛冶屋の爺さんは白髪交じりの黒髪をしていた。
俺もあと50年もすればああなるだろう。
顔の前に伸びた黒髪を引っ張りながら考えた。
「エルフの里では、皆老化しません」
エルフは長命で、成人してからも姿が変わらない種族だ。
「それはいいな」
「人間が年齢を気にしたり、外見が変わっていくのが不思議なんです」
両の手の指を組み、空に向かって伸ばしながら、アンジュが心から不思議そうに言った。
悪意はないのだろうが、老化を気にするお嬢様方に殺されかねないぞ。
「お前はいま何歳なんだ?」
「さあ?数えてないのでわかりません」
アンジュが大げさに両掌を上に向け、肩をすくめる。
見た目は15、6歳位だろう。
人間とエルフは時間の流れが違うからそれ以上は推測できない。
「俺もだ」
俺は自分の正確な年齢を知らない。
両親が数えていなかったからだ。
孤児院に行ったとき、外見からおそらくこれくらいだろう、と診断されたのが俺の年齢になった。
誕生日も分からないし、今までに誰かに祝われたことはない。
50年越しに目覚めても、会いたい人間も居ない。
友人と話す時間は無駄だと、魔法学校では授業以外は図書館に入り浸っていた。
これまでの生涯で、仲のいい仲間と笑いあった記憶はない。
「えへへ、へへ」
アンジュがいきなり笑い出した。
不気味だ。
「どうした?」
「こんなに長くしゃべってくれるの、賢者さんが初めてなんです!」
神の御使いと言われているエルフの中で、悪を蘇らせる、なんて危険思想をもった奴だ。
浮くどころの騒ぎじゃないだろう。
魔王を蘇らせたいなんて公言したら、人間の街でも捕まるかもしれない。
「残念な奴だな」
色々な思いを込めてそうつぶやいた。
「ひどいです!」
アンジュは言葉とは裏腹に楽しそうだ。
森の中では、鳥の鳴き声と水の流れる音が良く聞こえた。
上を見ると木々の隙間から夕焼けで赤くなった空が見えた。
鼻から吸った、木の匂いがする森の空気は、体を軽くする気がする。
「魔の森が変わるもんだな」
以前の森は、木に魔物や人間の骨が引っ掛かり、そこら中が赤と黒の血で汚れていた。
聞こえるのはコウモリの鳴き声で、突然襲ってくるキラービーやダークボアに警戒しながら進まなければならなかった。
今は数時間で通り抜けられるが、50年前に抜けたときは丸三日はかかった。
「ここは今、アルフレッドの森って呼ばれてますよ」
アンジュが言った。
アルフレッドとは、勇者の名前だった。
「勇者だって?」
「はい、観光名所ですね」
この森には勇者の名前がついているのか。
気分よく吸っていた空気が急にまずく感じるようになった。
この調子だと、勇者の名がつく地名は世界にいくつもあるのだろう。
さっさと復讐を果たして、この憂鬱な気持ちを晴らしたいね。
「勇者アルフレッドが、魔王を倒すための決意を新たにした場所、と言われています」
「決意ねえ」
ある意味決意か。
この森は、俺がミアを殺した場所だった。
「ここを通った時のアイツは、使い物にならなかった」
魔物の奇襲を受け、勇者は瀕死の重傷を負った。
ミアの魔法では治せなくなったのだ。
─50年前・魔の森─
「ぐっ!」
「お兄様!」
ワーウルフと戦闘中に、キラービーが上から奇襲をかけてきた。
僧侶をかばった勇者の腹に、キラービーの針が刺さっている。
「勇者!」
戦士が倒れた勇者に駆け寄った。
「おいグズ!後ろを見るな!死にてえのか!」
俺は倒れた勇者に気取られ隊列を乱した戦士を罵倒する。
ワーウルフが減ってきたと思ったらキラービーのお出ましだ。
勇者も動けない。
魔王城の目と鼻の先まで来て全滅なんて、冗談じゃねえ。
「チッ!《バースト、爆ぜよ》」
舌打ちして獲物を狙って旋回するキラービーに攻撃をする。
キラービーは黒い血をまき散らしながら霧散した。
魔王が近いからか、魔物が三段階ほど強力になっている。
他の場所のキラービーの攻撃なら、勇者は倒れなかったはずだ。
「勇者には《神の加護》ってチートスキルがついてるだろ!ほっといても回復する!今は敵を倒せ!」
動揺した一行を叱咤し、魔法でキラービーの数を減らしていく。
ワーウルフとの戦闘で魔力が底をつきかけている。
空中に飛ぶキラービーの数と、自分の残った魔力で倒せる数を計算した。
これは、ギリギリ魔力が足らないかもしれない。
僧侶にバフをかけさせねばいけない。
焦った俺は叫んだ。
「僧侶!勇者は後回しだ!俺に魔法攻撃力と攻撃力アップのバフをかけろ!」
倒れた勇者に必死に回復魔法をかける僧侶に命令する。
「お兄様、待っていてください」
血を流し沈黙する勇者に声をかけ、僧侶は泣きながら戦闘に復帰した。
「《アタックアップ、神よ、あなたの子羊に剣を》」
攻撃力が上がった。
襲ってきたキラービーを杖で殴り追い払う。
3、4発殴るとキラービーは起き上がらなくなった。
「《マジックアップ、神よ、あなたの子羊に慈悲を》」
魔法攻撃力が上がった。
「戦士、詠唱が終わるまで俺を守れ!」
「わかった!」
空に数十匹いるキラービーを焼き払うため、おれは炎魔法の詠唱を始めた。
「《火による灼熱、火による紅蓮、火による苛烈を焼き付け刻み付けよ。バーンスタンプ!》」
空にいるキラービーは全て燃えた。
同時にあたり一面の森も燃えた。
ギャアアアァ!
バサバサバサ!
森に潜んでいたであろう魔物たちが、空を飛び逃げていく。
燃えた木々は夜になっていた森を明るく照らした。
「魔物除けにはちょうどいいな」
炎は魔物除けになる。
俺たちは火をそのままつけておいた。
「勇者?大丈夫か?」
戦士が心配そうに勇者に駆け寄る。
僧侶と魔法使いが回復魔法をかけている。
血は止まったようだ。
「……すまない」
勇者はかすれるような声で答えた。
「勇者様が死んだら最初からやり直しなんだぜ?今までの苦労が全部水の泡だ」
苛立った俺は意地悪い声音で言った。
ここまで来るのに一年はかかった。
警戒した魔王は、時間をかければかけるほど力を蓄えるだろう。
「おい、そんな言い方はないだろ!」
戦士が怒ったように言う。
「いや、賢者の言うとおりだ…俺が迂闊だった」
「お兄様は悪くありません!私が至らないばかりに…」
僧侶がまた泣き出した。
回復するまで勇者は動かさない方がいいだろう。
魔王を倒せるのは勇者だけだし、勇者が死ねば振り出しだ。
気まぐれな神が勇者を選ぶのを待たなければならない。
むせかえるような煙の中、魔物を退け疲れ切った俺たちは、一夜を過ごすことにした。
「お兄様!お兄様!」
僧侶が必死に傷を負った勇者に声をかける。
そんなに泣かなくても、どうせいつも通り一晩経ったらバフ付きで全回復してるだろ。
俺は狼狽える仲間を横目に、一人目を閉じ眠った。
だが翌朝になっても、勇者の傷はふさがっていなかった。




