第45話「黒蛇②」
街道を吹き抜ける夜風が心地よく、つくづく来て良かったと思う。
その街道を少し進むと、ヴォダの入り口と言われる巨大な門が出現し、その付近で馬の預かりをしていたので馬車ごと預けてしまった。
「さて、どこに」
「わぁー! だんちょー! あれ行こう!」
夜空に光る星より、亜人種で活気づくヴォダの街並みよりも輝いた目を向けて跳ねている。
これまでは、旧屋敷の近くの村と王都以外にはまともな街を見てこなかったからか、とてもはしゃいで、挙句の果てにライセングに首根っこ掴まれてしまう始末だった。
「ま、アカがはしゃぐのも分からんでもないが……なぁアオ」
「え、まぁ、うん。でもおねーちゃんははしゃぎ過ぎだよ……迷子になるよ?」
「えっ、迷子……それはやだー!」
と、アカはアオに指摘されてアライブに飛びつく。いつも通りの流れを済ませると、
「入り口で遊んでてもしょうがねぇよな」
「……ライも楽しみなの?」
「おいおい、楽しみだから来たんだぜ?」
ライセングの背中にぶら下がるアオは、ふーんと興味無さそうに顔を埋める。
「ま、そのうちアオも面白くなるさ。アカはどこに行きたいんだい?」
「えー、んー、あ! あそこ!」
アカは少し遠くを指差した。そこは、木の棒を組み合わせて、それの上に長年使い古した天幕を張った簡易型のテントの集まった市場だった。
「それじゃ、行こうか」
「わーい!」
アカは大はしゃぎで、目に入るもの全てをじっと見つめてはライセングに聞いてを繰り返し、挙句の果てに買って買って病にかかってしまった。
「だめだぞ、今日は買い物に来たんじゃないからな。それに、無駄な金使ったらキッチルに怒られるぞ」
えー、とアカは口を尖らせるが、すぐに新しいものが目に飛び込んだのか、表情をパッと明るくしてそちらの方に走っていってしまう。
「お、おい、待てアカ!」
ライセングが慌てて手を伸ばし身体をガシッと掴むと、そのまま持ち上げて肩に乗せてしまう。
アカは不満だったのか、ライセングのヒゲを執拗に引っ張って猛抗議していた。
と、そんなことをしている四人の元へ、なにやら白いフード付きのマントで姿を隠すように歩く集団がやってきた。
「……あらら、こんなところで奇遇ですわね、アライブさん」
その中の一人がフードを少し上げて顔を見せた。綺麗な深緑の髪の毛を短く切り整え、見るもの全ての心を射止めそうな可愛らしい顔立ちの少女だった。
しかし、アライブは素早く膝をつき、最敬礼の形をとった。
続けてライセングも最敬礼の形をとり、アカとアオを自分の後ろに隠すようにした。
「あらら、そんなにかしこまらなくても……」
「いえ、大変失礼致しました、ミロ第三王女」
「アライブさん、お顔を上げなさって? そちらのお方も」
アライブとライセングは言われた通り、ゆっくりと顔を上げる。取り囲むように配置された近衛騎士の面々からの睨みつけるような視線は全て無視している。
と、ミロはライセングの背中からチラリと顔を覗かせこちらを見ている二人の亜人種に気が付いた。
「アライブさん、こちらのお二方は……」
アライブはチラリとライセングの後ろを見る。アカは小刻みに首を横に振り、アオは息を止めてその小さな身をさらに小さくして屈みこんでいた。初対面の人にはいつもこうで、レフライオ曰く、本能的にこうなるらしい。
「えと、彼らは、いくらか前に隣のライセングが保護した双子の亜人種で、身寄りがないということで、今は辺境防衛騎士団本部でその身を預かっております」
「あらら、そうなのね」
ミロはそう言うと、アカとアオと同じ目線まで屈みこんで、にこりと微笑んだ。おそらく、彼女が『太陽の女神』の異名を持つ由縁だろう。
今まで震えていたアカもアオも、すっかり懐いてしまったのか、頭を撫でられると目を細めて頬を手に擦り付けるような仕草をとる。
「可愛い双子だこと、どこかの誰かさんとは違うわね」
薄く、寂しそうに笑ったその顔を、アライブは逃さなかった。そう、彼女と初めて顔を合わせたあの日も、そんなことを言っていた。あの日は深入りできなかった。だけど今なら……。
「あの、ミロ第三王女、そのどこかの誰かさ」
「伏せなさい!」
アライブの勇気を出した質問は、ミロの命令と爆発音に掻き消された。アライブとライセングはアカとアオを庇いながら咄嗟に地面に伏せた。
近衛騎士団はすぐさま防衛隊形をとる。
「アライブさん方もこちらへ!」
ミロは騎士の隙間から手を伸ばしたが、アライブはそれに首を振った。
「どうして……! アライブさ」
「私たちの仕事は、いつもこれですから。守られるわけにはいきません。護るのが私たちの、騎士としての役目です。王女、早く避難を!」
騎士たちは、自分たちよりも位の高いアライブの指示を受け、即座に爆発地点から遠ざかった。
アライブ一団はそれを見届けるとすぐに爆発地点へ向かった。
「こりゃ酷ぇ有様だ……」
ライセングが思わずこぼす。
爆発の威力はそこまで大きくなかったのか、テントが四つほど吹き飛ばされる程度だったが、なにせ最も人が集まる時間帯。負傷者の数は計り知れない。
「アライブ、周辺の調査を。アカも頼む」
アライブはその場をライセングに任せ、アカと共に付近を走り回った。爆発が起こったのはつい先程、どれだけ足が速くてもまだそう遠くへは行けないはず。
アライブはそう予測して隈なく探したが、残念ながら怪しい人物は見つけられなかった。
アカも同じく、それと思しき人物はいなかったと言う。
「どうする……このまま野放しじゃ流石に不味いだろうし……」
「だんちょー、この臭い、魔石の破裂した時の臭いだ!」
アカは自慢げに胸を張って地面を指差した。
アライブも最大限の力で匂ってみたが、微かにするようなしないような曖昧なものだった。
しかし、これが本当に魔石の破裂臭だとするならば……
「考えられる可能性は一つだけ……」
アライブの脳裏に副団長フレイアの笑顔がよぎる。しかし、今の彼にその面影はない。
「そんなはずは……ない、なくていい……」
頭を抱え込んだアライブは、アカが心配そうに見上げる姿も気付いてやらないくらい詰まっていたのだった。




