第43話「新たな生活へ!③」
ガリガリと音を立てて馬車が停車した。あまり整えられていない道で車輪はボロボロに傷つき、今にも壊れそうな状態だった。
「……さぁ、着いたよ……」
御者台に乗り続けたアライブだったが、重苦しい雰囲気を感じていた。無理も無いだろう。数年ぶりに再会した副団長フレイアは豹変していた。記憶に残るのはあの爽やかな青年の影を無くし、狂気と殺意と憎悪で満ちた眼をした気色の悪い人間紛いの化け物だった。
後から聞かされたレフライオやライセングも空気を読んでか何も喋らなくなった。
無言のまま、自分の荷物を積み台から下ろしていく。せっかくの引越しを楽しみにしていたアカとアオは雰囲気を察したのか、きょろきょろしつつも何か喋る様子もない。マルカスとエルとキッチルは、表情には出さないが、これだけ長く共にすればその心中もよく分かる。
誰かに否定してほしい。人違いであってほしい。偽物であってほしい。
どうにかして彼の変異を消したかった。
「アライブ、荷物はこれで全部だ。厩舎に馬を入れるから手伝ってくれや」
ライセングの声でハッと我に帰ったアライブは、無言で頷くと馬の手綱を引っ張って厩舎に導いた。
「……その、アライブ……あの時のは……」
アライブは顔を上げた。ライセングは、恐る恐るという表情で聞いてくる。
「あれは本物だと思う。声が似ていた。信じてはないよ」
「なんで、あんなんになっちまったんだ……」
自我が保てなくなりそうだった。
「……やめてくれ」
「……?」
「もう、その話はよしてくれ」
「アラ」
「黙れ! 聞きたくない!」
言ってしまって、気が付いた。彼は何も悪くない。悪くないはずなのに、この気持ちを誰かにぶつけたくて。それが彼であるのは間違っているはずなのに。
「す、すまん……」
ライセングは小さく頭を下げてから、静かにその場を立ち去った。
小さくなって、日の落ちた闇に包まれる背中を見続けた。
そして、立っているのが辛くなってきた。
「くそぉ! くそ! なんで! なんで! なんで……なんで……なんで……なんでなんだよぉ……」
地面をえぐる手に血が滲む。痛みなどとうに忘れていた。
「くそぉぉぉ!!」
喉が枯れるまで叫んだ。今日は満月だった。
月明かりに伸びる影が、人の形はしていなかった。
*
「ええー! ほんとにー? いいのー?!」
「あぁ、行こう」
次の日の夜だった。昼の間はやる気が起きず、部屋の片付けや簡単な掃除をして適当に過ごした。が、流石にずっとそれをするわけにもいかない。明日からはちゃんと辺境防衛騎士団としての仕事も始まる。気持ちを切り替えなくては、と自分に言い聞かせたのだ。
「本当にいいのかアライブ?」
「まぁ来たばっかりだし、少し街を見るくらいなら……」
「やったー! さすがはだんちょー! アオも行くんだよ?」
「えぇ……ぼくも行くの……?」
ライセングが直してくれた馬車の試走も兼ねて、少し先の街、もとい都市、ヴォダに行くことにしたのだ。ここからヴォダまでは馬車で約二十分程。そこまで遠いわけではないが、何しろここは田舎なので何が起こるか分からない。最近各地で増え始めた魔獣などというよく分からない生命体にも気を付けなければならない。
「もう行くのー?」
「早い方がいいんじゃないの?」
「やったー!」
と、アカは大はしゃぎでアオの手とライセングの手を引っ張って玄関に駆けていった。
三人が居なくなると、アライブは舌を鳴らした。
「……そういうことだ」
「分かった」
壁越しに声がしたのはマルカスだった。
その後マルカスは二本の短剣と三つの飛び道具、さらに発煙弾とナイフを二本しまってから屋敷を出て行った。
アライブの頼みだった。薄くなった防御を叩くリスクも考えたが、キッチルの防御魔法は並大抵ではない。アライブはそれに賭けた。全て成功させれば全て上手くいく。物事全部は拾えない。だけど全部拾う努力は出来る。今はそれをするだけだ。
「だんちょー? 怖い顔してるよ?」
御者台にアカが乗り出し、優しく頬ずりをしてくる。それがどれだけ心を落ち着かせるか、彼女は知らない。
「うん、ありがとう。それじゃ! しゅっぱーつ!」
アライブの掛け声と共に、馬車は重たい音を響かせながら走り出した。
いや、走り出したのは馬車だけではない。この裏切り合いの陰謀が。
走る馬車の中から聞こえる歌声は、お世辞にも上手いとは言えないが、それだけで人を幸せにしていた。




