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孤独の辺境騎士団  作者: おんすい
第2章 鉱山遠征
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番外編:ヴァルキリー・ブライト(終)

 コツ、コツと静寂に靴の音が響く。石の壁は冷たく、不気味さを増していた。


 「それにしても数が少ないですね」

 「あぁ、いやだな」


 二人の声は響くが、誰か来る気配はない。

 アライブとキッチルの二人はマルカスとは別行動、もとい別作戦である。エル奪還ともう一つ、それは……


 「食糧庫……ここじゃねぇか……?」


 ――食糧奪還作戦。アライブは暗くてよく見えない扉を炎で照らし、確認する。そこには錆びていて若干見にくかったが、確かに『食糧庫』の文字が並んでいた。


 「いきましょう」


 キッチルは細い針金を取り出すと、自慢のピッキング能力で易々と扉の鍵を開けた。出る幕もないアライブはただ感心するばかり。


 「さっすがキッチル」

 「ピッキングを褒められても嬉しくありませんよ」


 と、苦笑いで返された。


 「では早速……」


 アライブはドアノブに手をかけた。時計回りに捻るとギシギシと音を立てて扉が開き、中から冷たい空気が流れ出した。


 「す、すごいですね……」


 恐る恐る中を見渡すと、そこには大量の食材が。しかも中には高級品で普通出回らない食材も並べられている。


 「こいつはすげぇや……早く必要なものを持っていくぞ」


 キッチルは無言で頷くと、手際よく食材を仕分け、持ってきた袋に詰めていく。一方アライブはあまり詳しくないため、見張りを頼まれていた。

 と、来た方向から足音が近づいてきた。アライブは夜目が少し効くので、その姿に気がつく。


 「キッチル、気付かれた。あとどれくらいだ?」

 「もうほとんど詰めました。逃げます?」


 アライブは頷き、手元にあった果物を扉の隙間から外に投げた。


 「誰だ! 早く出てこないと殺すぞ」


 男の低い声が響く。アライブはもう一つ投げると、キッチルに指示を出した。


 「頼む」


 キッチルは先程とは別の袋から黄色く丸い物体を取り出し、それを部屋の外に投げた。その瞬間、アライブは扉を閉め、閉めた扉の隙間を指で溶かして繋げて完全に閉めた。そして、アライブは地面に大きく穴を開ける。


 「よし、飛び込め!」

 「中にいるのは誰……ゴホッゴホッウェッ……」


 扉の隙間から少しだけ煙が出ていた。


 「さすがキッチル、毒ガス弾まで持ってるなんて……」

 「アライブさんが持ってこいって言ったんじゃないですか」


 ニコニコ笑うアライブと呆れるキッチルは、開けた穴の下の階に飛び降りていた。

 下の階は一掃しているので敵はいない。


 「どうします? マルカスさんと合流……」

 「それはしなくていい」

 「?! なぜですか、もしかしたら……」

 「おいおい、あいつだってプライドってもんがある。だから助けちゃダメだ。心配しなくてもそんな簡単に死ぬやつじゃないよ」

 「そう、ですか」


 再び歩き出した二人は天井の上、エルの待つ部屋を見上げた。


 「かましてくれよ、マルカス!」




            *




 「うぅ……いてぇ……」


 先程爺と呼ばれる初老の男との激闘を制したマルカスは、物陰でその傷を癒していた。

 食らった攻撃は掠める程度だったが、それでも今後更なる戦闘に向けて万全とはいかないものの、体勢を整えておく必要があった。

 マルカスは、キッチルに貰った回復薬を傷に塗りたくる。この時点で痺れるような痛みが生じるのだが、さらに上から回復草と呼ばれる大きな葉っぱを乗せてカバーする。このまま約十分、そうすれば皮膚が繋がり、ある程度痛みが和らぐ。

 とはいえこのままでは前進できないため、マルカスは葉っぱを布で固定し、ズレないようにしてから歩みを進めた。


 「それにしても、どこまであるんだここは……」


 中層階からずっと登らされているような気がする螺旋階段は、兵士が出てくるわけではないが足に負担がかかるため苦痛だった。

 マルカスは足を庇っていた腰を伸ばそうと、階段の途中で身体を持ち上げる、と、どこからともなく綺麗な弦楽器の音色が響いてきた。


 「まさか、エルが居るのか……!」


 マルカスは慌てて布と葉っぱを取って、音のする方へ駆け出した。今までの剥き出しの廊下と違い、豪華な絨毯と花瓶と照明で装飾されていた。


 「おい、何者だ! 止まれ! 止まらんと……」


 弓を射る兵士よりも早く懐に入り、肘でみぞおちを叩く。兵士は呻いて倒れ込んだ。そしてマルカスはすぐさま兵士の弓を奪うと、廊下の先や天井から狙撃していた兵を次々と射っていく。


 「や、奴を捕らえろ!」


 兵士長の叫びで、士気を燃やした兵士が一斉に飛びかかってくる。今度は弓を捨て、右の刃がボロボロになった短剣を引き抜き、先頭をめがけて投げると同時に腰の短剣を引き抜いた。


 「お、おい……あいつの剣……光って」


 一刀。

 兵士が気付くよりも早くマルカスは剣を横に振っていた。その短剣は、完全に錆びついているというのに辺り一帯を血の海にしてみせた。

 それを見た兵士長は、一目散に逃げ出し、頭を失った兵士達は散るように消えていった。


 「エル、待ってろ。今俺が」


 兵士長が居た丁度背後。豪華な装飾をこしらえた扉から音が漏れ出していた。

 マルカスはその扉に手をかけた。


 「今俺が」


 隙間から漏れる光に少しだけ目を細めて、その先に見える人影を確認した。


 「助けに、来たぞぉ!!」


 一瞬で音は鳴り止み、静寂が支配する。

 会場の視線が一気に集まる感覚がする。

 血塗れの剣士に動揺する人々の声がする。

 最奥の、壇上の、笑みを浮かべる男を、倒したい。

 最奥の、壇上の、泣き出しそうな女の子を、護りたい。


 「殺せ」


 低く鋭い命令が飛んだ。同時に、会場の壁に待機していた鎧を纏った兵士が飛び込んでくる。


 「……甘い!」


 マルカスは左側の兵士より先に、兵士の腹を捌き、続けざまに一人二人と続々とやってくる兵士の攻撃をかわし、確実に一撃で仕留め続ける。

 マルカスの中では、先程の綺麗な音色がしていた。それに合わせて踊る自分と……の姿。飛ぶように、舞うように、息を合わせて、今。


 「うらぁ!」


 最後の一人の喉を切り裂き、剣についた血を振り払う。


 「最後はお前だヴェルカディアァ!」

 「望むところ」


 ヴェルカディアは左腰から長剣を引き抜くと、それを遠距離から振り抜いた。マルカスは同時に自分の前にシールド魔法を展開する。

 ガギリと音がして、シールドの真ん中にヒビが入った。


 「遠距離攻撃……」

 「ま、そんなところだ」


 ヴェルカディアは笑みを浮かべて剣撃を放ち続ける。マルカスは物陰やシールド魔法で防ぎつつ間合いを詰めていく。


 「君がここにいるってことは、爺を倒したんだね」


 マルカスは返事をしない代わりに発煙弾をヴェルカディアの目の前に投げた。


 「くそっ、見えねぇ」


 マルカスは乱れた剣撃の隙間を狙って飛び込んだ。が、ギリギリのところでヴェルカディアに防がれてしまう。

 しかしマルカスは攻撃の手を緩めることはなく、そのまま近距離の状態で連続攻撃を仕掛ける。

 長剣はリーチが長い分、どうしても間を詰められると苦しくなる、長年の戦いで身体が覚えた確かな記憶だ。

 しかし、そんな優勢に見えた戦いも、


 「ひぅっ……」


 背後から現れた新たな敵の、弓の前に倒れた。


 「ハッ、ハッ、よくやった、ははっ、大したことないなぁ辺境防衛騎士団マルカス」


 ヴェルカディアは、倒れたマルカスの頭を踏みつけて、床にゴリゴリと押し付ける。


 「うぁ、あ、あぁ!!」

 「はぁー愉快愉快。そもそも一人で乗り込むなんざ無謀なんだよ!」


 その時、誰かが声をあげた。その声に反応してヴェルカディアは足を引っ込める。


 「……? 何を言っているんだ?」

 「マルカスから離れなさいって言ってるの」

 「……てめぇ、調子に!」


 向かい合う二人の後ろ、ヴェルカディアの背後からかけられた声は、エルだった。

 そのエルの声に怒りを露わに、ヴェルカディアは剣を握った。


 「調子に乗るなよ!」

 「ひっ……」


 ヴェルカディアが剣を振り上げた瞬間、ヴェルカディアの身体は横に傾き、彼は慌てて手をついて転げるのを避ける。


 「まだ、生きてたのかよ……そうか、そうか、まず、お前が先だマルカス!」


 思い切り振り落とされた両手剣は、自身の重量と落ちる速度の力を利用して、最大限まで威力を発揮した。


 ――ガキンッ


 目の前で火花が散る。本来、あれほどの攻撃を食らうと剣は折れるはずだった。


 「な、何なんだよその短剣は! 何でそんなに錆びてやがんのに!」


 マルカスは床に手をつき、痛む身体を無理矢理起こした。

 額は割れて目に血が流れ込んでくる。弓矢は厚手の服のお陰で深くは刺さっていない。が、背中も痛む。


 「マルカス!」


 エルの叫び声が響いた。背後の弓兵がもう一度構える。

 床と靴が滑り、高い音が響く。弓矢が放たれた瞬間、マルカスは身体を低くしギリギリで避けると、身体を反転させてその勢いを利用し胸から出した小さなナイフを背後の弓兵に向けて投げた。

 ナイフは見事弓兵の心臓に突き刺さる、が、マルカスはそれを確認する暇もなく、背後にシールドを展開してヴェルカディアの攻撃を防いだ。


 「お前の負けだヴェルカディア、歯ぁ食いしばれ。首を動かすなよ、外れたら死にそこなって苦しいぜ」


 立ち上がるマルカスに対して、ヴェルカディアは再び剣を振り上げる。が、剣を振るよりも早くマルカスが手で剣を止めた。


 「なっ、お前!」


 マルカスの腕を血が這う。しかし、その顔に痛みの顔は無かった。


 「じゃあな、ヴェルカディア」


 空いている手で握った短剣を、ヴェルカディアの喉から突き刺した。吹き出る返り血を浴び、顔面を真っ赤にしながらマルカスも倒れ込んだ。




            *




 「マルカス! マルカス!」


 何度も何度も呼ぶ声がする。

 身体が思うように動かない。

 暗闇の先、微かに見える光に目を凝らして――


 「あ、起きた……マルカスっ!」


 顔面に柔らかい感覚がした。全身を包む温かさも。


 「生きてて良かった!」


 キツく抱きしめられて、マルカスは今置かれている状況を察知する。抱擁、ハグ、胸、膝まく……


 「わぁぁぁ!!」

 「ちょっと、急に動くと危ないよ」


 思わず力の入らない足を引きずってエルから離れる。


 「ちょっと、何で逃げるの?」

 「え、だって、その、あの、うん」


 思うような言葉が出ず、癖で後ろ髪を掻いた。その時、手が少し不自由だったことに気が付いた。


 「包帯……もしかしてエルが」

 「流石にあの怪我を放っておくわけないでしょ」

 「……そうか、うん、ありがとう」

 「ええ! 何で先に言っちゃうの!」

 「えぇ?! だって手当て、してくれたから」


 ゴニョゴニョと尻すぼみになってしまっているマルカスの前に、エルは、


 「私の方が、ありがとうだよ。わざわざこんなところに助けに来ちゃって、どうするの? 腐っても貴族よ?」


 意地悪そうに笑うエルの顔には、普段の色が出ていた。安心して、色々あって今にも気を失いそうなマルカスは、ギリギリのところで平常心を保って。


 「アライブとキッチルが待ってる。逃げよう」


 立ち上がって、手を差し出した。


 「……うん!」


 しかし、差し出した手はそのまま空を掴んで。

 そのかわり、少しいい匂いがした。


 「いつも助けられてばっかりだ」


 俺が助けたいと思ってるから。


 「なのに、私は何も返せない」


 笑顔が、励ましが、何もかもが楽しそうで。


 「ありがとうなんて簡単に言える」


 それが素直に嬉しいのに。


 「でもいつか、恩返しするから」


 もうしてる。貰いすぎてる。


 「ありがどうぅ!」


 こんなに泣く姿は久しぶりで、それだけ彼女の心に与えたダメージの多さに気付く。

 マルカスは、頭に優しく手を乗せて、心に誓う。


 まだ護りきれない、もっと、もっと強くなくてはいけない。彼女を想えば想うほど、


 俺は。


 強くなれる!




            *




 「んで、この食材どっから取ってきて、どうやったらそんなにボロボロになっちまうんだ!?」


 他の客はいなくなり、店には四人の若者と店主のみ。


 「特に、そこの包帯ぐるぐる巻き野郎はどうなった……」


 カウンター席に横一列並びながら食べる姿を眺めつつ、禿頭の店主は訊いてくる。


 「あ、俺? ちょっとそこでつまずいちゃってさ」

 「つまずいたってレベルじゃねぇよ若者……まぁ、何があったかは詮索はしねぇけどよ、俺の店で良かったのかよ。こんな高級品勿体無くて扱いずれぇよ」


 少し伸ばしたヒゲを掻く店主に、アライブは


 「戻ってくるって言ったじゃない。だから開けてくれてたんでしょう?」

 「う、まぁな…………まぁあれだ、良い仲間だな」


 にこりと笑顔を見せる店主に、四人は目を合わせた。そして、息を合わせたわけじゃないが、息ぴったりに。


 「仲間(ファミリー)なんで!」

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