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孤独の辺境騎士団  作者: おんすい
第2章 鉱山遠征
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番外編:ヴァルキリー・ブライド

 乗り込んだのは全員――起きているもののみ。

 すなわちアライブ、マルカス、キッチルのたった三人だけである。流石にアライブもこの人数では無理だと判断し、道中にある辺境防衛騎士団支部によって人員調達をする予定らしい。

 勢いよく出発した馬車は難なく森を抜け山を越えて王都まで残り半分に迫る速さで進んでいた。


 「到着は夜になりそうだな。宿をとるか……」


 アライブの言葉にマルカスが反応する。


 「宿? 何言ってんだ。着いたらすぐだ。嫌なら来なくていい。俺一人で行く」


 アライブは苦笑いとため息をついた。


 「そんなこと言うと思ったよ」

 「マルカスさんは、そういうところ男らしいですね」


 同乗人二人に案外普通な反応をされてマルカスはホッとしていた。


 「ありがとう、ほんとうに、すまん」


 守れなかった騎士としての恥、今晩見返してやると、下げた頭の面は大きな笑みをたたえていた。




            *




 「どうだいハニー、君の喉元には届かないが綺麗な花だろう?」


 無理矢理連れ出された庭で、エルは椅子に座ってそのはしゃぐ男を見ていた。


 「ほら、こっちも見てくれよ、美しいだろう?」

 「私はその花は好きじゃないわ」


 即答で一蹴してみるも、彼は全く気にしていない様子で次々に言葉を投げてくる。全て無視しても良いところではあるが、この状況でこの男を怒らせるのはまずい。もうすでに手が打ってあったのだ。


 「むぅ、この腕輪型のクウォーテが厄介ね……」


 起きた時からはめられていた腕輪。能力低下用のクウォーテで、主に凶悪犯罪者の収容に近衛騎士団が使用する代物なのだが、なぜかこいつが持っている。

 要するにこの中に近衛騎士団と裏で繋がっている人物がいる、と言うわけで。


 「厄介と厄介が手を組んじゃったってわけね……」


 深い溜息を吐き出すと、丁度侍女が紅茶を淹れてきた。


 「エル様、お粗末なものですが……」

 「ありがとう、美味しいわ」


 口に入れた瞬間の香りの強さと鼻に抜ける爽快感で、どれだけのものか分かる。

 と、


 「あの、エル様……」


 紅茶を乗せてきたお盆を前で持ったまま少し俯いて、なにやら言いたいことがあるらしい。エルは続けるよう促した。


 「その、先程は、ありがとうございました」


 そう言うと、侍女は深々と頭を下げる。


 「だから、あれは助けたんじゃなくて……もういいわ、そう言うことにしといたげる、ほら、頭上げて」


 そう言われ頭を上げる侍女。目には薄っすらと涙を浮かべて、


 「はい、このご恩はいつか」


 そう言い残して小走りに去っていった。



 日が傾き始めていた。




           *




 「あー! この人知ってるー! おにーちゃんのお友達の人!」


 ボロボロに朽ちた木の壁で、所々に穴が空き光の漏れる本当にボロボロの家で、大きな黒い双眸にはしかしそれを悲しむ色などなかった。


 「ふふ、それでおにーちゃんは?」


 少年は質問に少し唸ってから、


 「今はちょっと街の治安が悪くてさ、仕事中なんだ。なんかおにーちゃんに用だったー?」


 と、首をかしげる。アライブは小さく首を横に振り、


 「なんでもない。ありがとうね」


 と言ってから、小さく手を振り家を出た。

 ここはとある小さな街のはずれ、以前共に戦ってその後音信不通になってしまったラスキルの自宅だった。

 彼なら縛られる用事もないだろうと、久しぶりに頼ることにしたのだが、残念ながら不在だった。


 「じゃあどーする?」

 「しょうがないよ、三人で何とか……」


 マルカスは天を仰いだ。貴族の城に三人で入って救出など可能なものなのか。不安が募る一方だった。さらに今回はレフライオなどの治療員がいないから、キッチルの緊急用治療しか出来ない。無理をすれば死……。


 「どうした? 今日はやめとくか?」


 アライブの言葉に睨み返した。


 「やだね」


 短く切り、荷台を引く馬の背中に飛び乗り、手綱を握った。ここからならもう少し、作戦開始は見え難い夜。


 「やるしかねぇ、行け!」


 強く綱を弾くと、馬はそれに応えるように力強く地面を蹴って飛び出した。




 焼き鳥の匂いがし出したのはあれから三時間ほど経ってからだった。日は既に落ち、欠けた月が空に入れ替わっていた。


 「ようやく到着か」


 休憩も無く乗りっぱなしで疲れた背中を伸ばし、街の入り口近くの厩舎を貸し出しているところに馬を預け、マルカス一行は作戦に向けて食事処へ足を運んだ。


 「いらっしゃい」


 のれんをくぐると、優しそうな禿頭の店主が笑顔で迎えた。


 「おすすめを3つ、なるだけ早くお願い」


 マルカスが注文すると、店主は少し苦い顔をした。


 「どうか、したのか?」

 「いやな若者、実は今食材が不足しててよ、その……おすすめは造れねぇんだ」


 アライブが眉をひそめ、質問する。


 「今日は客が多かったのか?」


 店主は小さく溜息をついて、声を潜めて近くに寄るように手招きをした。


 「実はな、ここの領主様が食材を買い占めてるって噂があってよ、なにやら新しい姫が見つかったとかどうとかでえらく大きい祝賀会があるらしい。それで……」


 三人は目を合わせた。おそらく姫というのはエルのこと……。


 「領主の名前って」

 「ヴェルカディア・ソル・キディア伯爵、女好きで有名だろう?」


 間違いない。マルカスは二人に目配せをした。


 「おっさん、ありがとう。一旦出直す。また来るから店開けといてくれ」

 「お、おぅ。ちょ、若者、無理するんじゃねぇぞ!?」


 最後の言葉には振り返らず、手だけを振って店を出た。

 決まった。今すぐにあいつを……。


 「これより、エル奪還作戦を開始する」


 三人は一斉に走り出した。




            *




 それは突然に起こった。

 国の中でも少し中心から離れた街。夜になればあちこちから陽気な音楽が流れ、人々は踊りに酒に料理を楽しみ、なんとも平和な時間を送っていた。

 昨夜までは。


 鼓膜を突き破るような爆発音が、領主の館の入り口付近で鳴り響き、共に大きな土煙が上がる。そこに出来た大きな口に飛び込む三人の影は、誰も見ることはできなかった。




 「アライブ、頼む」


 城の扉をアライブの魔法で破壊し、飛び込んだものの、警備の数に圧倒された。扉の先――庭を埋め尽くす黒服の男たち。腰には動きやすい短剣を携え、なんの躊躇もなく飛びかかってくる。

 しかし、アライブはそれを難なく避け、手から無数の炎の塊を放つと、近寄るものを焼き焦がしていく。

 マルカスは腰の左側にさしていた短剣を抜き、こちらも華麗に敵を斬っていく。漆黒に光る刀身と、浮かび上がる炎使いの影は、衛兵を恐怖の底へ叩き落とした。

 腰を抜かし、地面を這いながら逃げる兵すら無慈悲に殺す姿はいつもの優しい彼の面影を残していない。無数の炎の塊を自在に操り放つ男には、笑顔が張り付いていた。


 「キッチル、弾幕用意!」


 アライブが叫ぶと、キッチルは持ってきた箱からいくつかの筒状の白煙弾を取り出すと、空に放った。


 「行けマルカス! 正面突破だ!」


 アライブは、城内へ続く扉までの道を炎で焼き、扉を破壊した。


 「任せろ、後は頼む」


 マルカスは弾幕で覆われた空間を、アライブが焼いた地面の目印に沿って走った。

 足元が土から石に変わったことを確かめると、ひと息吐いた。やっとスタートラインだ。


 上に続く階段を慎重に登っていったが、思ったほど敵の数は少なく、ほとんど戦闘をせず中層階へたどり着いた。

 中層階は大広間や、よく分からない小部屋が無数に存在し、全て回るだけでも骨の折れそうな予感がした。更に加えるなら敵の姿が変わった。先程まで黒服の身軽な衛兵が、銀色の鎧を身にまとい、刀身の細い長剣を持つようになった。数は少ないが、これが増えると厄介になる。

 と、大広間を覗いた時、奥から靴の音が響いた。コツコツと鳴らしてやってきたのは――。


 「今朝方ぶりでございます」


 爺と呼ばれた男――!


 「あぁ、あの時は世話になったな」


 初老の男は足を止めて、片手に握る両手剣を体の前で構えた。


 「どうしてこちらに?」

 「……そうだな、ここに綺麗な女性がいるって噂を聞いて、な」

 「そうでございますか。しかし、貴方は彼女を見ることはできません」

 「理由を聞いても?」

 「……ここで死ぬからですよ」


 爺は両手剣を構え全速力で間合いを詰める。マルカスも短剣を顔の前で構えた。

 爺は勢いそのまま斜め上から斬り込んでくる。それを短剣で弾くと右足で回し蹴りを顔面に食らわせる。一瞬よろめいた瞬間、マルカスは爺の心臓に短剣を突き刺した――はずだった。

 短剣に込めた力はそのまま自分の手に帰ってきて、思わず短剣を地面に落としてしまった。


 「……人体硬化。まさか魔法……」

 「よくお分かりで。だから言いました。貴方はここで死ぬと」


 マルカスが腰の右側に携えた短剣を引き抜く前に、爺の両手剣が襲いかかる。突き出された剣を身体を捻って回避するも、空いていた左手を顔面に食う。目に血が入り視界が赤くなった。

 マルカスはすぐさま立ち上がりようやく剣を抜いた。しかし爺はありえない速度で両手剣を振るう。しかも片手で。

 防戦一方のマルカスは成す術が無い。じわりじわりと押されていく。時間が経つにつれて避けきれない攻撃が増えてきた。


 「はぁ、はぁ」


 左肩に深い傷が出来てしまった。感覚が薄れ、もう最初のようには避けきれない。マルカスは、周りを見渡す。何か攻略法があるはずだ……。何か。

 マルカスは爺に背を向け大広間の奥に走り出した。奥には来客用なのか、皿とスプーンやフォークが並べられていた。


 「かかってこいよ、じじぃ!」


 マルカスは片手にフォークを握っていた。しかも、三本刺す金属の部分を、真ん中だけ残して後は捻じ曲げていた。


 「おや、舐められたものですね」


 爺は目を細め、ニヤリと笑う。

 次の瞬間、爺は目にも留まらぬ速さでマルカスに斬りかかった。マルカスは予想していたように、横からの攻撃をしゃがんで回避し、爺の太もも目掛けてフォークを突き刺した。フォークは、魔法で強化された皮膚を貫き、ほんの少しだけ刺さった。


 「ふ、そのような攻撃……」


 しかし爺は一瞬にして地面に倒れこんだ。


 「ま、まさか貴様……!」


 マルカスは少し笑い、剣を握りしめた。


 「毒だ。フォークの先に少しだけ毒を塗った」

 「毒……どこにそんなものが……」


 マルカスは、爺の視界の届くところに唾を吐いた。濃い緑色をした液体が飛び散った。


 「口の中だと……」

 「本当は自殺用だ。飲み込めば死ぬ。一か八かの賭けだったよ。フォークが刺さってくれて良かった」

 「くっ……申し訳ありません、ヴェルカディア様……」


 マルカスは、音も無く消える命を確認してから大広間を出た。

 一呼吸置き、マルカスは再び走り出した。

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