番外編:ヴァルキリー・ブライド
慣れない高さの枕に目を覚ました。身体はまだ微妙に痺れを残していて、やっとの思いで上体を起こした。
見渡すと、全体的に桃色でまとめられた部屋で、化粧台やクローゼット、タンスや机にと、ほぼ全てが揃った豪華な造りだった。
「なんでこんなことに……」
エルは気がつくとここにいたのだ。しかし、彼らの顔は覚えていた。よく分からない薬を刺され、眠ってしまったのである。
すると、外からドアをノックする音が聞こえた。エルは身構えた。
「やぁ、目は覚めたかい? 会えて光栄だよ」
エルの了承も得ずに部屋に入ってきたこの男。部屋着なのか白と黒のシンプルな服でまとめ、飾らない暗めの靴を履いている。
「……あんたは」
「おっと、これは失敬。私はこの屋敷の当主、ヴェルカディア・ソル・キディアです。ハニー」
「ふーん、聞いたことないわね。どなたかしら」
エルは少し煽ってみたが、彼の表情は一つも動かない。それに、最後に何か変な事を言ったような……。
エルがそれを指摘する前に、三人の侍女がやってきた。
「失礼いたしますエル様。お着替えの準備が済みましたので、こちらへ」
そう言って侍女たちはエルをベッドから持ち上げて床に立たせると、無理矢理連れて行こうとする。
「ちょ、ちょっと! 何するのよ!」
「っ! 失礼しました。しかしエル様、お着替えをして頂かないと、お食事へお連れできません」
三人の侍女は息ぴったりのお辞儀をして見せ、
「それではこちらへ」
と言って隣の部屋へ移動させられた。
「エル様、お好きなものを」
エルが入ると、そこはまるで本の世界のように大量のドレスが掛けられていた。赤色や青色、黄色と緑色の混色、夢のようだった。
「これ……」
「君のために用意したんだ。街中のドレス職人に特注してあるから、ここにあるものは全部世界でたった一つしかないんだよ」
振り返ると、扉に手をかけて嬉しそうに笑うヴェルカディア。怒りと気持ち悪さしか湧いてこない。
「要らないわ、こんなの。動きにくいもの」
「しかしエル様」
「何? 文句でもあるのかしら?」
少し背の高いエルが送る眼光は、三人の侍女を威圧し、縮こまらせてしまった。
「まぁまぁ、落ち着いて……」
「黙りなさい」
ヴェルカディアが間に入ってこようとしたところをエルがすかさず止める。その鋭い声に、彼は少し顔を変えた。小さく舌打ちをすると、近くの侍女一人の首を掴んで、懐から短刀を取り出して首筋に当てた。
「なっ、お前……!」
掴まれた侍女は声も出せず、全身を震わせた。
「見ての通りだよハニー。君が僕に従わないっていうなら、今ここでこいつの首を切る。どうだい? 僕と最高の血祭りっていうのは」
ヴェルカディアは、笑みをこぼす。
「最低な男ね」
エルはそう言って、近くにあったドレスを無造作に取り出して、侍女の一人に手渡した。
「それでいいのさハニー」
ヴェルカディアは刀を収め手を解いた。
「エル様……申し訳ありま」
「勘違いしないで、私はこのドレスが素敵だと思っただけなの。ほら、自分で着ちゃうわよ?」
侍女は静かに一礼し、エルの着替えを始めたのだった。
*
太陽の光が、まぶたを塞いでいても感じる。この季節特有の強い日差し。窓を開けておいても少し蒸し暑く感じる。
マルカスはその暑さで目を覚ました。
「…………」
起き上がったものの、よく思い出せない。確か、朝訪問者が来て、それで……。
「……エルッ! どこだ!」
ベッドから飛び起きる寸前で、腹にドシリと重たいものがぶつかった。
「ぇぐ……」
「おはようさん、朝から迷惑なんだが……」
拳を腹に叩き込んで押さえつけた張本人――レフライオは、伸びた髭を触りながら睨みつける。
「た、大変なんだ! こんなところで道草食ってる場合じゃ……」
しかし拳は抑え続ける。
「うるせぇ。道端の安い医者で悪かったな。あと、その件ならもう動いてる。呑気に寝てたお前と違ってうちの団長は行動が早いからなぁ……」
「う、うるせぇよ! 俺だって呑気に寝てたわけじゃねぇ!」
レフライオは一つ大きく息をつくと、その拳を引っ込めた。
「おら、なんか言うことないんか」
鋭い目がマルカスを見下ろす。
目線を逸らし、少し間を開けて
「ありがとうよ」
そんな言葉も鼻で笑いやがったコイツには金輪際言わないことを誓って、マルカスは部屋を飛び出た。
「お、起きたのかマルカス」
飛び出た先に爽やかな笑顔。団長ことアライブだ。
「……色々とすまん」
「あぁ、いいよ。いや、マルカス的には駄目か?」
心の傷をナチュラルに抉る言葉は無視して、マルカスはアライブに詳細を語った。
ある程度は知っていたようだが、相手がキディア家であることを悟ると、少し険しい顔をした。
「何かまずいのか?」
「まぁ……貴族はほとんど国の柱だからね。正面切ってもどんな仕打ちがあるか分かったもんじゃないんだよねぇ」
しかし、マルカスの心配も他所に、何故かアライブは嬉しそうにしている。
「な、なんでそんなに嬉しそうなのか訊いても……?」
「んー……久しぶりに暴れさせれそうだからね」
アライブの言葉に少し違和感を感じたが、どうせ訊いてもこの戦いバカは無駄だろう。マルカスは、作戦会議があるのだろうと思って会議室に手をかけた。が、
「ん? もう行くんだけど?」
マルカスはその言葉にアホヅラを晒す。
「は? 作戦は?」
質問にアライブは笑い飛ばした。
「考えている時間すら惜しい。早く助けたいんだろう?」
少し声を低くして、口角を上げた。同感。
「さぁ、いっちょ貴族に下民の、貧民の悪足掻き見せたろうぜ」
マントを羽織ったアライブの背中は、いや、戦闘服を纏った全員の姿は、長年の絆を感じさせた。
「エル救出及び奪還作戦開始っ!」
全員が飛び乗った馬車は大きく音を鳴らして急発進した。




