番外編:屋敷の日常
「……きて。……おきて。……起きて!!」
誰かの声が耳元で叫ばれ、アライブは飛び起きた。足にかかる少しの重みを目をこすりながら見た。
「にへー、だんちょーお寝坊さんだね」
「んだよ……アカか……」
にこにこ笑う彼女の両脇に手を伸ばして抱え上げた。咄嗟のことにアカは動かなくなり、少し頬を紅潮させる。
しかしアライブには全く気が付かれることなく、されるがままに頬のふわふわの毛を撫でられる。もちろん嫌ではないし、むしろこの時ぐらいしか構ってくれないので嬉しかった。
と、アライブは気が付いた。
「こんな時間に起きてていいのか? ライセングに怒られるぜ?」
「んー……大丈夫だよ。だってあんなにお夜寝したんだから!」
自信ありげに胸を張ってドヤ顔を決めるアカは、しかししばらくしてやっぱり心配になったのか、
「や、やっぱり戻るよ。だんちょーまたねー」
と言いながら走って出て行ってしまった。
アカが居なくなるのを確認すると、アライブは私服に着替えて机に座った。古い、以前屋敷に住んでいた人が残した家具の一つで、各部屋一つずつ備え付けられている。同じく椅子もだ。
早速机の上に置いてある細い石の棒を取った。この石は特殊で、紙に書いた文字は宛先の人が触れないと見られないという。いわゆるクウォーテの一つ。
宛先は勿論軍事管理局だが、ここで一つ問題がある。それは、聖輝の八賢の一人が襲撃、そして撃破してしまったということ。きっと彼ら賢人会は勘付いているはずだが、それがどこまで伝わっているのか……。
考えているうちにお腹が空いてきた。思えば昨日から何も口にしていない。朝の心地の悪い感じはこれだったのかもしれない。
アライブは石の棒を置いて、早足で食堂に向かった。なぜなら、ご飯より、早くみんなの顔が見たかったからかもしれない。
*
結論からいこう。飯は無かった。そのかわり青色の毛玉が落ちてたから食ってやろうかとも思った。
腹は轟音で鳴り響く。まさか生きて帰ってきたのに家で餓死なんて洒落にもならない。
アライブは仕方なく買い出しに行こうかと身支度を整え玄関を出た。その時、正面から何やら重たそうに荷物を持ってくる一人の影が……。
その影を見た瞬間、アライブは思わず口に出してしまった。
「……女神様……!」
言われた人影――キッチルは、困惑の表情を浮かべた。
「あぁぁ女神だぁー! ナムナムナム……」
地べたに正座し、両手を擦り合わせてブツブツ呟くアライブに、
「ちょっと、気持ち悪いのですけど……あと、アライブさんは無宗教ではないのですか?」
と冷たい一言。更に足にしがみつくアライブを後ろ回し蹴りで蹴り飛ばし重い荷物を台所まで持っていってしまった。
当のアライブは、蹴られたにもかかわらず、意味不明な言葉を並べて未だに両手を擦り合わせていた。
*
ジュウジュウと肉の焼ける音がする。部屋全体を米が炊ける匂いが支配し、口のよだれを限界まで引き出す。更に隣ではゴクリと喉を鳴らし、少し強めの酒を一気に飲み干す野郎。
「まるで帰ってきたみたいだ!」
「団長頭おかしくなったの?」
先程まで台所で伸びていた青い毛玉――アオが突っ込む。相変わらずの呑みっぷりのライセングは、そんな二人のうるさい言い合いもどこ吹く風。口元を少し輝かせて大人しくしている。
その奥にはエルの膝の上に座って毛づくろいをしてもらっているアカと、眠気と疲労にかろうじて勝っているマルカス。レフライオは毎度のこと不在。そして、我らが台所マスターキッチルは人並みはずれた料理テクニックで、あの狭い台所で舞うように調理をしている。
「さて、出来上がりましたよ」
キッチルは銀長髪に薄桃色のエプロンをひらひらさせ片手に大皿を持ってやってきた。
大皿には大量の野菜と肉が濃いめの味付けで炒められたものが乗っていた。食べ物に飢えた男三人はテーブルに置かれるなり、獣のようにしてかぶりついた。アライブは、無我夢中に喉を流し、アオは炊きたての米の上に乗せてかきこみ、ライセングは酒と交互に口に運んだ。
「う、うめぇ!」
「キッチルねぇちゃんさすがー!」
「うまい、酒によく合う……」
後ろの三人はキッチルから取り皿を受け取って、大皿から取ってから口に運んだ。マルカスはこっそりライセングの魚を貰ったことは秘密にして、米とかきこんだ。アカとエルも思い思いに口に運んだ。そして、キッチルも席に着くと、上品に、しかしどこか忙しなく箸と口を動かして食べていた。
からりと晴れた空の下の屋敷からは、賑やかな声が溢れ出ていた。




