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孤独の辺境騎士団  作者: おんすい
第2章 鉱山遠征
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第39話「約束」

 快晴も快晴で、天に昇る太陽が皮膚を少し焼きつけ、額からは汗が滲み出してくる。これが毎日続けばなんて思ってしまうのも、現状に満足しているからだろうか。

 本部から少し離れた山の中腹に、穴を掘り箱を埋める青年がいた。彼は手で固い土を掘り、木箱を埋めると、もう一度土を被せて上から押し付けるように大きめの石を置いた。


 「……ふぅ。ひとまずこれでいいか」


 石の横に座り込むと、先程まで戦いが繰り広げられた街があった。赤いレンガ造りの建物が多く建ち並び、普段なら鉱山で働く男たちで賑わうはずの街。今は半壊し、決して綺麗とは言い難い。

 が、それでも、山の緑とレンガの赤と空の青がとても良い雰囲気を生み出していた。


 ――青年は、誰に言うでもなく、独り言のようにポツリと口から言葉をこぼした。


 「父さん、母さん、兄ちゃん。俺、ちゃんと取り返したよ。あの日、怖くて逃げ出して、それでも勇敢に立ち向かった父さんの背中、忘れてねぇよ。

 逃げるのに必要な食糧を無理矢理持たせてくれたお陰で、今の俺がいる。ありがとう母さん。

 一緒に逃げようと誘ったのに、飛び出しちまった。分かってる。この街が好きだったんだろ、兄ちゃん」


 緩やかに吹く風は、前髪を弄ぶ。


 「ずっと夢に見てた。いつか取り戻してやろうって。あれから十年以上経っちまった。俺も立派な男になれたかな」


 不意に、一筋の涙がこぼれた。


 「……俺、父さんの仕事継げないや。ごめん。これから、もっと大事な事がある。ほったらかす訳にはいかねぇからな。

 あと、俺みんなの後追えないや。エルに――仲間(ファミリー)に怒られちまった。残念だ」


 「俺はきっとこの事を忘れない。忘れたくない。忘れるはずがない。もし忘れた時はきっと、それは俺の存在理由が無くなった時、俺が不必要になった時だろうから。……でもそんな事はさせない。俺は努力し続ける。しなくちゃならない。誰のためでもない。自分のためだ。せめてもの罪滅ぼしを、死ぬまで続けるのが俺の務めだ」


 青年は立ち上がり、大きく伸びをした。


 「だから、その時まで、待っててほしい。

 父さん、母さん、兄ちゃん。俺、やってみせるから。応援しててほしい」


 青年は、少しだけ街を見渡し、それから石とは反対側――本部のある方へ足を向けた。

 青年は振り返らなかった。そこにはもう骨しか残っていない。過去は変えられない。青年の目は、真っ直ぐ未来だけを見つめていた。




            *




 マルカスは、屋敷から持ち込んだ荷物の最終チェックをしていた。自分の短剣が、キッチルの包丁セットに納められていたのはなかなか腹立たしい事ではあったが、今更この大量の荷物をひっくり返す訳にはいかない。


 「んで、この大きい荷物どうするよ」


 と、マルカスは荷台に転がる赤色と青色の毛玉を指差す。毛玉はもぞもぞと動き、偽物のような透き通った双眸(そうぼう)でマルカスを睨む。


 「ねーライ! マルカスが酷いこと言ったー!」


 呼ばれるライセングは苦笑を浮かべ、赤色の毛玉――アカを持ち上げた。サラサラの毛並みは一級品で、いつまででも撫でていられるほどだ。

 そんな普通な反応を見せた双子の姉とは正反対に、もう一方の青色の毛玉は、静かな寝息を立てて、寝転がっている。


 「おーい、アオ。ちょっと手伝ってくれい」


 こちらもふわふわの毛並みを携えた頬を、突いてみる。が、裏切るように全く起きない。マイペースにも程があるだろ、とマルカスは突っ込みたくなるが、寝ている時に起こされても機嫌が悪くなるだけなので、こちらもライセングに渡して、馬車へ荷物の運搬作業を始めた。

 ライセングは騎士団の中でもかなり年長の方で、みんなからはお父さんのように慕われている。その結果が、これだ。

 ライセングは指が沈み込むほどの毛に、自分の手の爪を少し立てて、毛を梳いていた。

 と、


 「あ! だんちょーだ!」

 「ぶへぶっ」


 遠くにアライブの姿を見つけたアカは、満点の笑顔を見せて、ライセングの顔面に蹴りをかました反動で飛び出していった。

 アオはアオでライセングの背中にぶら下がったまま微動だにしない。それすら慣れているのか当のライセングは全く気にしていない様子。

 もはや見慣れた光景だが、こう疲れている時に見ると、何か心の底から湧き上がってくる感情がある。

 マルカスは、ひとつ伸びをして、考えないようにしてから作業に戻った。




            *




 「――アライブ様」


 ぼーっと考え事をしながら歩いていたアライブの真横に、音も無く近付きその名を呼ぶ青年がいた。


 「うえぃっ! あーびっくりした……」


 アライブは心臓のところに手を置いて、驚いた顔を見せる。彼に驚かせる気は無いのだろうが、無音で近づかれると、驚くのは普通である。


 「アライブ様、ご報告が」


 真剣な青年の眼差しに、アライブは足を止めてその場に座り込んだ。青年も、アライブに促され正面に座り込む。


 「続けて」

 「はい、今回は幹部格一名、隊数十三隊、歩兵五八〇名の敵戦力を破壊しました。なお、〈森の五賢〉である二名はとり逃しました」


 アライブは驚きを隠さなかった。確かマルカスは片方と戦い勝っていると……。


 「マルカスが倒した方は?」

 「そちらは完全な偽物、ですね。高異能者である事は間違いなさそうですが、〈森の五賢〉では無かったです。それと、残念ながら尾行隊は巻かれました」


 青年は、小さく頭を下げると立ち上がり去っていった。彼は〈死体運び〉と呼ばれる偵察隊のリーダー兼報告役としてアライブの絶大な信頼を得ている。なのでアライブも彼を疑うことはしなかった。

 取り逃がした罪悪感と、偽物に弄ばれた怒りが心の底から湧き上がってくる。そうまでして欲しかった情報とは一体なんだというのか。アライブは当分その場に座り込み悩み続けた。

 しばらくして、アライブは手にふわふわする感触を感じ、我に返った。手元を見ると、アライブの手にアカが頬を擦り付けていた。


 「ねーだんちょー。そんな顔してたらおじいちゃんになっちゃうよ?」

 「えっ、それはやだなぁ……」


 ニコニコ笑いかけてくるアカに、アライブも一旦思考を切り離し、そのふわふわの毛を堪能する。毎日エルが手入れをしているらしいが、それにしても綺麗で整った毛並みをしていた。


 「それでさ、だんちょー。約束覚えてる?」


 キラキラ輝く双眸に、焦りの色を浮かべるアライブの表情が反射する。


 「あ、えと、それは、まぁ、おぼ、覚えてるよ」

 「むぅー! 絶対忘れてたでしょ!」


 アカは膨れてプイッと向こうを向いてしまう。慌ててアライブが頭を撫でると、チラリとこちらを向いた。ここでアライブはある疑問が生じた。


 「そういえばサングラス着けなくて大丈夫なのか? 日差しとかまずいんじゃ……」


 と問いかけると、アカは胸を張って自信満々に答える。


 「キッチル姉ちゃんが『とくしゅなバリア』を張ってくれてるから大丈夫なんだよ」


 アライブはその『とくしゅなバリア』などと言うものがあまり理解できなかったが、きっとアカに分かるように砕いて説明したんだろうなと納得する。


 「そうか、それならよかっ」

 「そうやって話ずらしてもダメ! ダメダメダメダメなの!」


 暴れるアカをなだめながら深いため息をつく。確かに相手は子供だが、ここで約束の一つも守れない男に成り果てる訳にもいかない。今まで適当に誤魔化して回避してきたが、今回ばかりはそうもいかないと悟った。


 「わ、分かった、分かったから暴れないでくれ」


 バタバタと足を乱暴に振り回すアカが、その一言でピタリと止まった。そして、再びキラキラ光る宝石のような瞳がアライブを見つめる。


 「ほんと?」

 「うん」

 「ほんとのほんと?」

 「ほんとのほんと」


 アカは大きく息を吸うと、両手を空に掲げてアライブの周りを跳ねて喜び回った。


 「やったーやったー! こんぺーとー食べなくちゃ!」


 何事かと思って振り返る隊員の視線が痛い。アライブの顔は真っ赤に染まり、遂には手で顔を覆い隠して下を向いて、アカを連れて走って逃げた。



 アカの歓喜の声はずっと響いていた。

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