第37話「嫉妬」
アライブとエルは、アスドの潜伏しているであろう場所をくまなく探したが、手掛かりすら掴めないでいた。
最後の予想ポイントの狭い裏路地のゴミが散乱した場所へ来てみたが、全く外れていた。
そこへ、足音もなく近づいてくるものがいた。
「アライブ様」
突然後ろから名前を呼ばれ、アライブは体を震わせて振り返った。
「うわぁ、びっくりした……」
「驚かせるつもりはありませんでした。ご無礼をお許し下さい」
フードを深く被った青年は、小さく頭を下げ、話を続ける。
「たった今アスドと思われる人物が、街の外へ逃げ出したのが確認されました。現在は〈王の脚〉達が行方を追っています。発見次第暗殺せよとのことですので。アライブ様、今一度お戻り下さい」
アライブは言われて、少し疑問に思った。
「なぜアスドの姿が分かる? その姿を見たのか? 本当にそれはアスドだったか?」
厳しい目付きでアライブが問うと、青年はフードをサッと脱ぎ、その眼をアライブに向けた。
「問題ありません。失礼ながら、アライブ様の視力の一部をお借りしておりました」
アライブは言われて思わず納得する。
彼の目は青く光っていた。アカやアオが使える双眼と同じような能力で、あの双子の能力より効果範囲が広く、上位能力と言える。人の視力を一部又は全部を奪い取ることができる。ただし、相手の視力を奪っている間は身体を動かすことが出来ないという司令特化型の能力だった。
「そうか……自分の手で討つ事が出来ないとなんだか身体がムズムズするな……。報告ありがとう、すぐ戻ると伝えてくれ」
アライブの命を受けた青年は再びフードを被り、ロウソクの火を吹き消すかのような早さで去っていった。
「だってよエル、残念だったね」
側で聞いていたエルに目を向ける。
「ま、まぁ、でも危なくなかったし、良かったんじゃないの?」
少し笑ってアライブに返事をする。
「それもそうだ。でもなんか呆気なかったな。あんなに苦しんだ夜が、遠くなった感じがするよ」
エルは答えなかったが、いつも通りの笑顔を向けてくれた。
「戻ろうぜエル、まだ仕事は残ってる。みんなが待ってる」
路地裏から陽の射す通りへと、足を踏み出した。
無警戒だった。これからの計画を考えていた。呑気に構えて思考のカケラにも無かった。ここが戦地だと言うことを。
アライブは左半身が焼けるように痛むのを感じ、咄嗟に身体をひねって後ろを振り返った。
そこにエルの姿は無かった。あったのは大柄の男と、壁にめり込んだ姿の足しか見えない人。
身体の底を震わせて欠損した左半身を再生させる。見たところあの男の右手にある長剣で斬られたか。そして、左手でエルを押し潰した。
アライブは叫びを上げた。
「――エルッッッ!」
アライブは中指と人差し指を男に向けて、魔法を撃ち出す構えを見せ牽制する。しかし、男は怯むことなく左手を離した。滑り落ちるその人は赤い髪をしていた。――間違いなくエルだった。
「――ッ!」
その姿を確認した瞬間、アライブは男の胸に魔法を撃ち放った。真っ赤に燃える炎の線は目にも留まらぬ速さで男を撃ち抜く。が、男は微動だにしないまま、こちらを睨みつけ、口を開いた。
「――最強の火属性使いアライブ、とはお前の事か」
男は口角を少し上げて、嘲るように笑った。
「はっ、これ程度の攻撃しかないか? これが二連続で大遠征を成功させた男の力か? ふざけるなよ、所詮下民出身で、たまたま功績を挙げたから今の地位についたってか。ひどいもんだな騎士団長さんよ」
表情を忙しなく変えていく男にアライブは見覚えがあった。
整った顔立ちにオールバック、さらに黒い髪とは正反対の真っ白な髭。彫りの深い顔は威厳な風格を際立たせる。
「あんた、聖輝の八賢のブランデッド・ラーナーか。なんの真似だ。場合によっちゃあんたを殺す」
あくまで挑発に乗らないアライブに、少し苛立ち始めるブランデッド。
「あぁん? 今なんて言った? あんたを殺す? 世迷い事も大概にしろよ。俺はお前を殺しにきた。残念だが仲間ごっこもここまでだ。死ねアライブ」
ブランデッドは左手から電撃を放つと、アライブが怯んだ隙に間を詰めて右手の長剣を振り下ろしてきた。アライブは電撃を避け、振り下ろす長剣も身体を後ろに倒して回避する。身軽なアライブに少し驚いた様子のブランデッドだったが、休む間も無く次々に電撃と長剣を使って攻撃を仕掛けてくるが、全てアライブは避ける。
「どうした、攻撃しないのか? それなら早く終わりそうだな」
男はにやりと笑うと、今度は剣に雷を纏わせて、振るってくる。その剣が振られるたびに剣から雷がこぼれるように襲いかかってきた。アライブは避けきれない電撃は炎で相殺しつつまだ避け続ける。
「そこまで避け続けるなら、何か案があるのか? いいぜ、かかってこいよ」
笑みを浮かべるブランデッドの顔から、少し警戒の色が混ざった。
彼の視線の先で、真っ赤に光る細身の男が下を向いたまま立っていた。それだけなのにブランデッドの身体からはひどい汗が噴き出した。
「……久しぶりに本気を見せてやろうか。こっちも仲間をやられてるんで、手加減は出来ないかな」
「はっ、戯けた事を……」
言いかけたブランデッドはその巨体を素早く左側にスライドさせた。アライブが始めて攻撃を仕掛けてきた。初動運動も呪文も何も無い高速で発動してくる魔法攻撃――。
「よく避けれたね。次は無いかな」
一方近づくアライブに、ブランデッドは剣を振り下ろした。剣の中腹辺りがアライブの脳天に突き刺さる――はずだった。剣はスルスルとアライブの身体を通り抜け、足までいったところでブランデッドは気が付いた。剣の先、持ち手以外の部分が溶けて無くなっている!
「な、なんなんだお前! 聞いてない、聞いてないぞ!」
焦るブランデッドに、アライブは淡々と説明する。
「俺の能力は身体を液体化させる、て言うのが本当の能力。炎が使えるのは、〈火竜〉と契約を結んでいるから。ここまでは分かるか?」
ブランデッドは返事をしない代わりに眉間に皺を寄せた。
「あれ、流石に〈竜〉と契約は聖輝の八賢様でも知らないのか? ま、帰ったら調べてみろよ。帰る場所は土だけど」
ブランデッドが反論する前に、彼の腹に拳が突き抜けていた。
「ゴフッ……」
口から大量の血を吐き出し、その場にうずくまる。街に響く血を吐く音が、滑稽過ぎてたまらなかった。
「くそ……まだ、まだだ……殺して……やる」
顔を上げ、睨む視線に、アライブは笑顔で言った。
「良いことを教えてあげるよ」
耳元に近づいて、
「液体は切れない」
次の瞬間、辺り一面に紅の血が飛び散った。
本当の最後の戦いが幕を閉じた。




