第11話「ひと時の幸せ」
目を覚ますと、アライブがベッドから起き上がって、外を眺めていた。外からは賑やかな声が聞こえる。売り物を売る人の声、談笑する声、今この王国は戦争状態にあるはずなのに、まるでそれを感じさせない、明るい雰囲気。アライブはマルカスが起きた事にも気付かず、ずっと外に興味を示していた。
「……アライブ、おはよう」
「ん? あぁ、おはよう」
彼はこっちを向かず返事をした。それほどまで外が気になるのだろうか。マルカスは質問する事にした。
「アライブ、そんなに外が気になる?」
「あぁ、そりゃとてもね。だってよ、こんなに賑やかなのって初めてなんだよ」
「へぇ、でもたまに王都には来るよね?」
「今日は特別賑やかだ、良いことがあったのかもしれんな」
彼は嬉しそうに笑った。しかし、まだ傷が完全に治ってないのか、時々苦痛の顔を見せる。マルカスには大変心配だった。
すると、外の声に起こされたのか、エルとキッチルも起きた。彼女らは、アライブが起きている事に気がつくと、飛び跳ねて喜んでいた。アライブは終始困った顔をしていた。非常に表情豊かなハーフである。
「アライブ、元気になったんだね!」
「私の回復魔法じゃだめでしたね……」
キッチルは、アライブに深々と頭を下げたが、
「いや、お前の回復無かったら今頃川泳いでるよ」
と、アライブは笑ってみせた。本当にいい奴なんだよ、こいつってば。
「でもまだ完全復活って様じゃないね」
部屋の外から声が聞こえた。
声の主は、この病院の医院長、リデレクだ。白い髭と、優しい声が特徴的で、とても人の良い医者だ。噂では、この街一番の敏腕医師らしい。
部屋に入ってきたリデレクは、早速アライブの身体に巻いてある包帯を取り始めた。
「この匂い……ただの包帯じゃないみたいです」
キッチルは、いち早く気が付いた。
「なぁに、ちょこっと秘薬を混ぜてるだけだよ」
ゆっくりと喋るリデレクは、小さな瓶を振って見せた。これが秘薬、なのだろう。
「リデレクさん、ちょっと痛いんですが……」
「え? わし、耳が遠くて聞こえん」
リデレクは、アライブの文句を流し、無理矢理包帯を剥いでいく。剥がれた包帯には大量の血が付いていた。しかも、アライブの身体は完全にくっ付いた訳ではなく、仮留めの様になっており、見るだけでも痛かった。しかし、腕は綺麗に治っていた。恐らく、彼自身の驚異の回復力のお陰だろう。
「アライブ、バリアが間に合わなくてすまなかった……」
マルカスが謝ると、彼は、
「いや、間に合ってた。ただ、少し相手の方の威力が強くて、バリアを貫通しちゃっただけだよ」
と言い、また笑った。マルカスにとっては、この上なく申し訳なかった。ただでさえ、自分は足を引っ張っているというのに、仲間も満足に守れないんじゃ、騎士失格だろう。
マルカスが頭を下げ、暗い顔をしていると、
「大丈夫だよ。俺がこうして生きれてるのはお前のお陰だから」
そう言われて、少し体が軽くなった気がした。
その後、アライブは再びリデレクの集中治療を受けるため、治療室に連れて行かれた。その間、暇だったので、三人は街に出かける事にした。
「わぁ! すごいよキッチル! 可愛いお洋服いっぱいある!」
エルは目を輝かせてちょこまかと動き回っている。と、キッチルが足を止める。
「このクウォーテ、見たことない……」
彼女はいつもは冷静なのに、今日はどうやら少し興奮しているらしい。行くぞ、と声を掛けたが、完全に夢中になっていて、どうやら聞こえていないようだった。
……アライブには申し訳ないが、と心でアライブに謝り、マルカスも街を歩き回った。
「ねぇねぇ! どっちが似合うかなぁ?」
エルは鏡の前で、二つのドレスを交互に見ていた。マルカスは、見るべきところはもう一つある事を教えてあげた。
「エル……俺は右の白いドレスの方が似合うと思うが、値段を見てくれ」
「……他に、安くて似合う服があるはずよ!」
彼女は、めげずにステップを踏みながらどこかへ行ってしまった。
そして、キッチルは骨董品店から一歩も動かないので置いてきた。そのうち迷子になったとか言って歩き回ってそうだが、地図を持たせたので大丈夫だろう。彼女が地図を読めるかどうかは、別の話だが。
マルカスも、行きたいお店があった。それは、武器屋だ。なぜ武器屋に行きたいかというと、騎士団に参加した時に貰った護身用の短剣が、ボロボロになったので、買い替えたかったからだ。
教えてもらった道を進むと、少し薄暗い雰囲気の路地に入った。本当にこの先にあるのだろうかと心配したが、小さな明かりが見えた。
彼は、少し歩調を早めた。興奮しているのは皆同じだ。
店の前までやって来たが、ちゃんとやっているのだろうかと心配になるくらいボロボロだった。自分の短剣を替える前にこの店を立て直したい。
「あの……お店の方居ますか……?」
ギシギシと音を立てる扉を押した。そこには見慣れない武器がたくさん飾ってあった。それぞれに値段が付いているので、売り物なのだろうが、ポケットマネーで買えるほど安いものじゃない。
すると、奥から今にも死にそうな爺さんが出てきた。
「何のようかね?」
「この短剣を売って、新しいものを買いたいのですが……」
爺さんは、マルカスの目をジッと見つめる。そして、ハッとした顔を見せた。
「お前さん、どっかで見たことあると思ったら、薬局の孫かね?」
「え、いや……違いますけど」
爺さんは、そうかいそうかいと頷いていたが、人違いだ。全然人の話を聞いていない。
「それで、お前さん、何しに来たん?」
「だから、この剣を売って、新しい物を買いたいんです」
マルカスが少し強めに言ったお陰か、爺さんはそうかいそうかいと頷いていた。やっと話を聞いてくれた。
「それで、その剣ちと見せてみろ」
「これです、もう長い間使っていたので、刃がボロボロになってしまっているんです」
爺さんの目つきが変わった。まるで肉を見つけた腹を空かせた獣のような目だ。
「お前さん、本気でこれを売ろうってのかい?」
爺さんは、睨みつけるように聞いてきた。
「えぇ、もう使えないので」
マルカスは、答える。ちゃんと上の許可も貰った。売っても問題ないだろう、と思っていたのだが、
「お前さんよぉ、こんなもん買いたくねぇよ」
爺さんは短剣を返してきた。
「なぜ売れないのです?」
そう聞くと、爺さんは昔話を孫に聞かせるかのように話し出した。
――それは11年前、トイランとの戦争が勃発したの時の事。当時、近衛騎士団の団長を務めていた男が持っていた短剣。それは、国中の能力者と鍛冶屋が集結し、完成させた悪魔の短剣。一振りで地を裂き、二振りで、敵を殺し、三振りでこの世を終わらせる、とまで言われた代物だ。しかしこの騎士団長はその短剣を使うことなく、戦死した。そして、その短剣は発見されていないはずなのだ。
爺さんは一通り話終わると、
「お前さん、その剣、誰から譲り受けた?」
と聞いてきた。
「俺が騎士団に入団した時に、近衛騎士団の幹部の方から譲り受けました」
そう言うと、爺さんは、「ふーん」と考え始めた。しかし、マルカスはそんな魔剣だったなんて知らず、何度も戦場で振ってきたが、ただの短剣だった。
「……」
爺さんが動かないので心配して顔を覗き込むと、爺さんは寝ていた。ここまでくると呆れる。
「爺さん!」
ゆっくり目を開ける爺さんは、何か閃いたように手を叩いた。
「今のは……聞かなかったことにしてくれ。まだお前さんが持っとる方が良かろう」
「ですが、これでは剣が買えない……」
「今なら半額にしてやる。満足か?」
爺さんは、被らせるように言った。なぜそんなにこの短剣を嫌うのか気になったが、流石に踏み込みすぎた質問は失礼かと思い、飲み込んだ。
「そうですか……ではお言葉に甘えて……」
――結局、半額にしてもらい、握りやすい細めの短剣を買った。が、流石に腰に二本も短剣があると、歩きにくいし、なにより重い。帰ったらこの「仮」魔剣を飾っておこう。
道に出ると、丁度エルに出会った。エルは大量の紙袋を手に抱えていた。
「ちょっと……買い過ぎたかな」
舌を少し出して笑ってみせる。アライブが見たらなんて言うだろうか、と言うかそもそも俺たちは、これが目的ではない。
「……アライブにはあまり見せない方がいいんじゃないかな」
「んー、たしかにそうかも……」
彼女は、うーんと悩みながら歩き出した。そろそろ夜が近くなっている。いい加減病院に戻らないと本当にアライブが怒り出すかもしれない。
二人は今までに見たことのないような笑顔で病院に戻った。
「ただいまぁ! ってキッチルもう帰ってきてたの?」
「おかえりなさい。私は用がすぐ済んだので早めに病院に戻らせていただきました」
そう言う彼女だが、新しく手に入れたクウォーテを眺めながらにやにやしている。
「エル、マルカス。お前たちは何を買ったんだ」
アライブが目を細めて質問してきた。
「えぇっと……あの……お、お洋服だよ」
エルはまた、舌を少し出して笑って見せたが、アライブは表情一つ変えず、マルカスは、と聞いてきた。
「俺は、剣を売りに行ったんだが、訳あって買い取ってもらえなかったけど、新しい剣を買った」
早口言葉のように言うと、アライブが、一言、
「お前ら、お土産買ってねぇだろ!」
――その日の夜、アライブは無事退院し、宿屋に向かった。お土産には、星の形をした砂糖、コンペイトウ……みたいな名前のお菓子を買った。アカとアオが喜びそうなお菓子、と言ったら、エルが見つけてきたのだ。
そして、宿に着くなり、明日の作戦会議が始まった。とりあえず、王国が企んでいる事を見つけなければならないが、どうやって? 企んでいる、とは言っても漠然としていて、あまりピンとこない。
「アライブ、具体的に何をすればいいんだ?」
「私もよくわからないです……」
アライブは腕を組み、うーんと唸っている。彼も具体的な案が思い浮かばないようだ。
「はいはい! わたしに案があります!」
と、元気よく手を挙げるエル。今は案が無いので仕方なく聞いてあげた。
「まずは、図書館に潜入するの。表に出てる本は、あまり重要な事は書かれてないはずだからね。そして、潜入できたら、表に出てこない本を探す。多分何か手掛かりがあると思うの」
聞き終わると、じゃあ、とアライブが口を開く。
「それはお前ら三人でやっておいてくれないか? 俺は直接知り合いの幹部に聞きに言ってくるから」
それじゃ俺たち来た意味無いじゃん、と心の中で思ったが、
「じゃあ明日はその案で行こう」
と、マルカスが締めた。
が、まだ終わらなかった。エルが、
「その……昨日の村、どうなったの?」
と、聞きづらそうに聞いた。アライブは、とりあえず近衛騎士団に報告した、と答えたが、王国が表に出さないと言う事は、おそらく何か隠しているのだろう。それも合わせて明日聞きに行く、とアライブは言うと、自分の部屋に行ってしまった。
とにかく、明日のために早く寝よう、と言い、三人も解散した。
部屋に戻り、明日の準備をしている時、アライブが慌てて部屋に入ってきた。どうしたのかと問うと、
「思い出したんだ、その短剣……」
そう言うと、アライブは地べたに座って、話し始めた。
――聞き終わり、爺さんを恨んだ。なぜ嘘をついたのか、と。
それは、最も聞きたくない内容だった……




