第四話
暗雲立ちこめ、あたりはしんと静まりかえっていた。
聞こえるのは雨音のみ。
初更ゆえであろうか。烏さえ飛んではいなかった。
松明で照らしたとて先まで見越せぬ闇のなかを、一台の牛車が進んでいた。
祇園社までさしかかったとき。
ぼうと揺れる明かりとともに浮かび上がったのは、真赤な顔に体には銀の針をもつ怪物!
慌てふためき、松明をとり落とす牛飼童たち。
太刀を佩いた随身も腰を抜かす有様。
「斬れ!誰か、あれを早う斬るのじゃっ」
そのとき、ずいと前に出たのは、まだ若い武士であった。
牛飼童から松明をぶん取り、太刀も抜かずに怪物の方へ近づいていく。
それの腕をむんずと掴み、高々と灯を掲げてみると―――
「何であったと思う?」
法皇は言葉を切り、女御と影に聞いた。
「わかりませぬ。早う続きを」
「わたくしも。早く聞きとうございます」
法皇は満足げにうなずき、続きを話しはじめた。
―――屈強な武士にいきなり腕を掴まれ、怪物は悲鳴をあげた。
松明に照らしだされたのは、なんと祇園社の僧侶であった。
その僧は油壺と松明をもち、燈籠に火を入れようとしているところであったのだ。
顔が炎の色に染まり、雨に濡れた蓑が銀の針のように光っていたのだった。
「罪なき僧を殺めずにすんで、ようございました」
袖で口元を覆い、女御はゆったりと言った。
「若いのにたいした男よ。褒美をとらせねばいかんのう。誰ぞおるか。伯耆守をこれへ呼べ」