第三話
夜もだいぶ更けた。
雨は飽くことなく降り続けている。
手燭に照らされた廊下を、女御と影は歩いていた。
「法皇様。女御様、影様が参られました」
女房が襖障子を開いたとき、女御はあっ、と叫んだ。
灯台の灯りに浮きあがった部屋。
床に敷かれた青々とした畳。
かすかに揺れる几帳。
部屋の中央にゆったりと座っている老人の腕のなかで眠る、いとけない少女。
幼い頃からおとなの色香を漂わせていた、ある女の幻影を、女御は見た。
「どうしたのだ?祇園女御よ。物の怪でも見たような顔をして」
「あやかしを見ましたのよ。この上もなく美しい―――。何処かの女君につれなくなさったのではありませんこと?」
女御は艶やかに笑った。
この老人の好色ぶりを揶揄したのだ。
「はっはっは。ここ二月ほど顔を出さなかったので怒っているのじゃな?」
女御はその問いには答えず、思わせぶりな表情で老人の隣に腰をおろした。
「璋子様はご息災にございますか」
女御は唐突に話題をかえた。
「うむ。帝の覚えもめでたい。あとは皇子さえ生まれてくれれば、わしも心安らかなんじゃが」
「養父が養女の幸せを願うのは世の常ですわ」
女御は「むすめ」という言葉を殊に強く言った。
璋子は閑院流藤原氏出身で、父は三条大納言藤原公実である。
しかし、璋子の幼い頃に病のため死去してしまった。
公実は法皇の母方の従兄弟にあたる。朝廷の信任も厚かった亡き彼の末娘を、法皇は養育したいと願い出たのであった。
璋子は愛らしい娘であった。
子のない女御はわが子のように慈しんだ。
あのようなおぞましいことさえ起きねば、帝の女御として入内した璋子を、彼女は母として喜ばしく思ったであろう。
「おお。そうじゃ、そうじゃ」
影に酌をさせていた法皇は、何かを思いだしたらしく、手をぽんと叩いた。
「実はわしは先ほど、物の怪に出会ったぞ」
女御は法皇に向きなおり、にこりと笑った。
「まあ怖い。それはいかなるものなのです?」
女御が興味を示してくれたので、法皇はうれしくなって話しだした。




