第四十一章
「予想通り、皇国軍は平原の入口付近に陣を敷いている。帝国側は、定石通りにその向かい側、沼地の手前だな。さて、ここからどうするつもりだ?」
偵察に向かったのは、ジェノスとテリーの二人のみ。単独での速さでこの二人に追い付ける者がおらず、危険と知りつつもそれは敢行された。
「帝国軍八万、対して皇国軍は六万、か。普通なら帝国側の有利だけど。テリー、本当に指揮官っぽいのはいなかったんだな?」
「レミー特製、鷹の眼で見たからな。精度、射程共に折り紙つきだろ?殆どがあの人形で、まともなのは三十人程度しかいない。ライラだっけか?あれともう二人、色違いの鎧を着込んでたけど、それ以外は全員同じ格好だった。多分、扱いは一般兵と同じだろうな」
帝国側の指揮官、将軍格の大半は既に、レイルが葬り去っている。当然のように追手は差し向けたが、その悉くがミレただ一人により全滅させられている。その二人を敵に回した事、それこそが帝国側最大の過ちであり、時代の行方を左右する事になると、ライラは予想すら出来ていなかった……。
「ライラとリエン、この二人が出張っている以上、これが最終決戦になる。俺達は帝国の妨害をする、って事でいいのか?」
「いいえ、俺達が介入するのは、この両方です。皇国軍の力を可能な限り削いで、同時に帝国の頭を叩く。そうでもしないと、あいつの考えなんて実現できませんからね?」
ゲイルは笑いつつ、無理難題を口に出す。兵力を持たず、戦力は伝説が一人と反則級の存在が二人、そしてその教え子が数名のみ。その程度の人数で両方を相手取るというのは、無謀以外の何物でも無かった。そう、同じ思考をする者が彼ら『だけ』であるならば。
「さっき通り過ぎたの、どう見てもテリーだよな?ゲイルなら、俺の思考位は簡単に読み取るとして―――」
「誰がこっちに来るか、だね。レイル君としては、誰に来てほしいのかな~?」
「茶化すな。妥当な線で言えば、教官とゲイル、抑えにナギとユーリ教官か?でも、後方支援が他にいない以上、教官二人を同じ方向には行かせないか……」
レイルは知らない。この戦場にもう一人、支援を行える者が来ている事を。それはクロハも与り知らぬ事であり、二人共にこれからの行動を決定付ける事が出来ずにいた。
「何を悩んでいる。悩むより先に、貴様は前へと進め。例えそれが棘の道であったとしても、傷つきながら、泥を食んでも尚。例えそれが無様な姿であったとしても、民衆の心に残るのは、危険を冒した者のみなのだからな」
何かしらの用意をしていたミレが、徐に近づいてきた。それは何十年もの時に得た、一つの真理。戦闘に身を置いた為、肉体は最盛期に近づいていた。それこそが、幼い頃の姿。氷の女王の名には相応しくない、あどけない少女。年齢だけで言えば、今のレイル達とほぼ変わらない程度であろう。
「我が父も、それをただ背でのみ語っていた。ヒトと魔族の共生、それを訴えながら。良いか、決して忘れるな。恐怖を、そして危険を恐れるな。勝利と栄光は常に、それらを乗り越えた者にのみ与えられる。ならば進め、その先にどのような苦難が待ち構えていようとも。貴様がその道を進むと言うなら、露払い程度は手伝ってやろう」
目指す道は目の前に見え、そこを進む為の力も既に得ていた。ミレに託された、最後の封印を解く鍵。その解除も既に終了していたのだった。
「確かに、悩むなんて俺らしくない、か。ありがとうございます、お陰で目が覚めました。クロハ、行くぞ。この最後の戦闘、俺達で全部、完璧に演じ切る。覚悟は、いいよな?」
「うん、とっくに。付いていくって決めた時、こうなるんじゃないかなー、って予想してたから。見ていてくださいね、私達の覚悟。ぼんやりしてたら、軍の出番は無くなりますよ?」
一息に、二人の背中は遠ざかっていく。どちらか一方に味方するわけでなく、ただ自身が望む未来の為に。それが正しいか否か、決めるのは後世の役割である。




