第九章
レイルが見つけたのは、情報通りの位置にある、炎に囲まれた島。暖められた海流は複雑な流れを生み、来る者全てを阻んでいく。島へと至る道は一本しか無く、海流の迷路といったところか。
「さすが氷の女王、って所だな。さて、どうやるか……」
これだけの炎を吹き飛ばす術を、彼は持っていない。可能性があるとすればロスト・スペルクラスの魔法だが、風属性、水属性ともに彼が使用出来る物に、その威力程の物はなかった。それも全て、祖母による影響が強いのだが……。
「渦の巻き方で、想像するしかないか?航海術、もっと真面目に教わっておくんだったな」
愚痴をこぼしつつも、前へと船を動かしていく。引いた先に道は無く、今は前へ進むほかない。その事を、彼は身を持って学んでいた。
辿り着いた場所は、何の変哲もない山地だった。炎の壁は陸地にまでは届いておらず、レイルの持つ魔法でも、十分に体を冷やす事が出来る。そんな島の中心に、それはあった。人一人分の大きさの洞穴。その最奥部に、彼が探していた人物が、静かに座っていた。
「誰だ、私の眠りを妨げるのは?」
「初めまして。あなたの息子、ノイエ・トルマンの息子、レイル・トルマンです。あなたに、これを返しにここまで来ました」
手渡したのは、一振りの剣。父親から譲り受け、これまでを共にした、分身のような武器。そしてそれは、本来の持ち主へと今、戻されようとしていた。
「何故、これを貴様が持っている?これは帝国軍に略奪され、封印されていたはずだが?」
「父さんが言っていました。帝国が奪ったと言われるそれは、実は単なるレプリカ、模造品だったって。そしてその模造品を元に作られたのがこの、『ドラゴン・バスター』らしいですね」
帝国軍が目指した、魔剣の大量生産。質は真作に劣れども、威力が絶大であればそれは十分、他にとっては脅威となる。その計画の中における、数少ない成功例がその剣であった。
「大陸は今、面白い事になっています。あなたの娘、リーエ・ファントムが作り上げた平和。それを壊そうと画策する連中のおかげで、ね。父さんがそいつに施した封印は、とっくに壊れています。俺の事も担い手の一人と認めてくれましたが、解放には応じてくれない。本来の持ち主であるあなたなら、必ず使いこなすでしょう?待っていますよ、戦場へ戻ってきてくれる事を」
立ち去っていくレイルを、ミレ・クルーガーは静かに見送っていく。死んだ目をしていた彼女の瞳は確かに、真っ直ぐその背中を見つめている。それは諦めの混ざった顔ではなく、決意の表情。かつて戦場において、あらゆる将校を震え上がらせた怪物が、その身を起こす。それは大陸、ひいては全ての生物に仇をなす、彼らにとっての敵に対して、最大級の切り札。
大陸の各地では、モンスターの暴走に続いて、暴動・略奪行為が頻発していた。どれも皇国軍だけでは対処しきれず、ついにリーエは、各地へ出していた武装解除令の緩和を決めた。独立国、そして自由都市に対して、暴動を抑える為の軍備拡張を、事後報告のみで認める命令。そしてそれが、更なる混乱を呼ぶ事になる……。
「良かったのですか、王よ。欲深い彼らの事、一時的にとはいえ、武装解除を認めてしまえば、今後の要求は更に横暴な物となるでしょう」
「今は、これ以外に方法がありません。そうなれば、私の王としての器が、足りなかったという事。そうなれば、潔く王座から退きましょう。最も、彼らにその覚悟があるとは、とても思えませんが」
二人きりになった玉座で、リーエとアッシュが話していた。主とその部下、あくまでその関係として。魔煉軍を名乗っていた頃の空気は身を潜め、今は副官としての立場にいるアッシュ。どちらも、戦場に身を投じたい、その気持ちを封じ込め、事態の収拾にあたっていた……。