第八章
二人と別れたレイルは、モールドと呼ばれる地域にいた。大陸の北西方面に位置するそれは、亜人が数多く集まる。猫族、犬族をはじめとして、鉱石採掘を生業とするドワーフや、エルフ等も。ドワーフがいる場所には、良質の鉱石が眠る鉱脈が多い。その種族は、鉱脈の探し方を知る為だ。そうなれば自然と、その周囲には鍛冶職人も集まっていく。そうして自然とこの地方は、独特な形態の街を作り上げていった。
「確か、この辺りだったよな」
そんな鍛冶職人を訪ねるわけでなく、彼は大陸の外縁部にいた。この地域唯一の港町、サン・ベロイカ。小さいながら漁港でもあるこの近くに、ある人物が住んでいるという噂を聞いて。
「へいらっしゃい!すいやせん、まだ開店前で―――」
「酒場にでなく、情報屋に用がありまして。この辺りに、燃え盛る島か、永遠に凍り付いている島の話はありませんか?」
ある程度の規模までの街は、酒場が情報屋としての機能を持っている。客の話から様々な情報を収集し、整理する。その整理された情報が旅人等に売られ、そして利益は酒場の客へ還元され、訪れる旅人や、酒場への客足が増える―――。そういった循環が、小さな街独自の経済。
「ああ、ありやすね。詳しい場所までは聞いてませんが、ここの沖合とか。島そのものが炎に囲まれてて、上陸したのはいない、なんてのも。詳しくは港近くにある、白い屋根の家を訪ねてみてくだせえ。島を最初に見たって漁師がおりやす」
代金をカウンターに置いて、レイルは酒場を後にした。置かれていた金貨を見て、酒場の主人は肩を震わせる。それは、相場の三倍にも及ぶ金額。
「大層な御仁だ。ただ、あんな呪われた島に、何の用があるんでしょうね?」
目的の家は、酒場からも見つける事が出来た。白い屋根の家は、街に一軒しか見当たらず、それだけが独特の景観を作り出していた為だ。
「ああ、詳しい場所も分かる。ただな、あんな所には、どんなに積まれても行きたくねえ。目の前に火の海があるっていうのに、酷く寒いんだよ」
島へ連れて行ってほしいというレイルに、男はそう告げた。
「なら、小舟でいい。これで売ってもらえませんか?」
レイルが差し出した袋には、一杯に詰まった金貨が入っていた。途中で遭遇した山賊討伐の報酬、その全額。質素な生活をする分には、半年は遊べる程の金額に、男は口を開けて呆然としている。
「あ、ああ……。金さえ払ってもらえるなら、何も文句はねえよ。でもな、小舟なんかじゃ、間違いなく沈んじまう。ちょっと付いてきな」
外へ出た二人は、目の前にある漁港へ。そこに繋がれている船をくれてやる、と男は言った。それは小舟ではなく、立派な船。一人用の為に改造されているが、大きさは五人が乗り込んでも余裕がある。
「無傷で返せ、なんて言わない。死なれても目覚めが悪いんで、とにかく無事に帰ってきてくれれば、それでいい」
男は照れたように、そう言い放った。背中を向ける彼に、レイルは黙って、深く頭を下げる。レイルの乗り込んだ船は、静かに港を出て行った。
「全く、これなら新品だって買えるだろうに。どうして、あんな島に行きたがるかね?」
金貨の詰まった袋を見て、男は呟いた。その島に何があるか、彼は知らない。それ以前の問題として、何があるのか。それを知ろうとする者は、少なくともこの街に存在しなかった。
レイルがシャルロッテらから離れて、優に二か月が過ぎた。彼女は、クーロンに一度戻っていた。事の顛末を報告し、以降も一時的な物ではあるが、軍に協力する意思を伝える為に。そこで、ほぼ同時期に辿り着いていたミネルバらと、再会を果たす。
「まさか、とは思ってたけどな。あんたらが大人しく保護を受け入れるなんて、有り得ない。でも迷わずここに来るなんて、流石にあいつも予想外かもな」
「そうだ、レイル君は何処に行ったの?装備は全員分貰えたけど、肝心の居所が分からないと、探しようがないよ?」
レイルの失踪は、とうに全員に告げていた。ナギはずっと、自分が余計な事を言ったせいだ、と自分を責めていたが、ミネルバはそうでなく、彼本来の姿に戻ったのだと、そう予感していた。レイルの存在自体が、一つの軍隊に相当する。まさしく、一騎当千。そして、学園の編入試験を受けにきたレイルは、抜き身の刃も同然であった。触れる物全てを切り裂くようなその佇まいに、彼女さえ衝撃を受けたのだった。
「話していても、仕方ないでしょう?まずは一つずつ、目の前の問題を片づけていきましょう。大丈夫、すぐに今までみたいに戻れるわ」
楽観的に皆を慰めるミネルバだが、本心は違っていた。彼女の前でも時折見せていた、復讐者のような目。
(駄目よ、レイル君。その道の先に、あなたの求める未来は無いわ……)




