第37話 事情と説教
冒険者ギルドに乱入した無頼漢四人。
ヴィクトールは、その内の一人を一瞬で無力化した。
さすが……と言ったところか。
ヴィクトールの生家であるキラーテ辺境伯は、帝国と接する領地を治めており、百年以上も小競り合いが続いている。
そこの次男であるヴィクトールも、幼い頃から対人戦闘の経験を積み、階位を上げながら戦争にも参加しているため、同年代の中では頭一つ……いや、二つ三つは飛び抜けて強いのだ。
ときクラでも主人公の先輩として登場し、通常プレイなら加入した時点でパーティー内で一番強いのがデフォだった。
まさか、ここまで強いとは……
「おい、聞いていないのか。答えろ。このような下郎にも対処できないなど、ギルドにも冒険者にも許されない……それがわからないのか?」
ヴィクトールの厳しい言葉に、俺たちは黙り込む。
ギルド職員や突っかかった冒険者だけじゃなく、俺とクイショスも即座に対処できなかったのは事実だからだ……悔しいがな。
「ふん……誰も何も言わないか。この件は上に報告させてもらう。厳しく処断されることを覚悟……」
「ごちゃごちゃうるせぇんだよッ!!」
喋っているヴィクトールに、横から殴りかかるヘイロン。
しかし、その拳は当たらない。
ヴィクトールが紙一重で攻撃を避けたのだ。
「こんなノロマな拳に当たるわけがないだろう。見本を見せてやる」
そう言ったヴィクトールは、一瞬でヘイロンの懐に入り、みぞおちに拳を一発叩き込んだ。
「ぐぼぁッ!?」
「これで終わりだ」
腹を押さえて前かがみになったヘイロンの顔は、ちょうど拳を叩き込みやすい高さにあった……
ヴィクトールはその顔に渾身の一撃を放つ。
もはや声すらあげられず、ヘイロンは壁に叩きつけられて動かなくなった。
ヴィクトールは気絶したヘイロンを一瞥すると、残りの二人へ視線を移した。
「それで、次はどっちだ? 魔法使いのお前か、戦士のお前か……同時に相手しても構わないが、どうする?」
「……ヘイロンを二発で倒した相手に無茶なんてしねぇよ。降参だ」
「同じく。魔法使いの俺が、この近距離で勝てる見込みはないからな」
「どうやら引き際は弁えてるようだな。だが、ギルドで悪事を働いたのは事実、身体を縛って憲兵に引き渡すから大人しくしていろ」
残っていた二人はあっさりと降参し、無用な戦いを避けた。
てっきり仲間をやられて逆上するかと思ったのだが……それに、捕まるというのに余裕のある表情。
……簡単に釈放されそうな予感がする。
周りの目も気にせず、殲滅の獅子のメンバー四人を縛り上げていくヴィクトール。
その手際の良さに感心していると、ヘイロンの装備を外した際に右肩が見えた。
そこにあったのは、蛇が剣に纏わりついているタトゥー。
それは、邪教の下部組織に与えられるシンボルだった。
あのタトゥーがあるということは、殲滅の獅子が邪教の傘下に加わっているのは確定。
あの強さも態度も、邪教からのバックアップがあればこそ……だったわけか。
しかし、まだ学園入学まで二年あるのに、もう邪教の手がここまで伸びているとは……これはミハエルに相談すべき案件だな。
思わず渋い顔をしていた俺に、ヴィクトールは目ざとく気がついた。
「そこのお前。コイツらのこと、何か知っているのか」
やべっ、気づかれた。
ぼかした言い方をして誤魔化すか……
「は、はい……その人の肩のタトゥー、アングラな組織の末端構成員にそのようなものが刻まれていると聞いたことがあります」
「このタトゥーを知っている……お前、第一王子派閥の貴族か?」
「え? は、はい、そうですが……」
「……カマロン殿下は何故こんな奴に……? いや、何か狙いが?」
全員を縛り上げたヴィクトールは、俺の言葉を吟味してブツブツと独り言をしていた。
あー……しまったな。
この時点で第一王子派閥内に、邪教についての詳しい情報が出回っているとは思わなかった。
一応、訂正しておくか。
「あの、誤解があるようですので訂正いたします。わたくしが知っていたのは、風魔法による情報収集で得たもので、殿下は関係ありません」
「ふん、それもそうか。こんな女子供に殿下が任務を与えるわけがない、わかりきったことだったな」
は?
俺だって戦えるが?
今は俺の方が階位が低いだろうが、二年あれば逆転するが?
内心で反抗しつつ、笑顔で答える。
ここで何か関係を持つと、後で絶対面倒なことになる。
何故かというと、ときクラではマナリアの超強力な支援魔法に興味を持つのが分岐点となっていたからだ。
そういった『強さ』に関する情報を最低限にして、俺たちに向ける興味を最低限にしよう。
「ヴィクトール様の言う通り、わたくしのような若輩者は殿下からの信頼を得られていませんので、今は階位上げに備えて冒険者登録をしようと、たまたまこちらを訪れていたのです」
「強くなる気があるのは良いことだ。だが、自分たちの身を守る強者を護衛にしないのは迂闊としか言いようがない。お前のことも報告しておく、覚悟しておけ」
「わたくしの油断が招いたことですので甘んじて受け入れます」
「殊勝な心がけだな、言葉だけでなければの話だが……どうやら憲兵も到着したようだ。ギルド職員、あとはお前たちが対応しろ。俺も暇ではない」
「は、はい! ありがとうございました、ヴィクトール様!」
ヴィクトールは職員に興味すらなくなったのか、お礼の言葉に反応せずに扉から出ていった。
それと入れ替わるように憲兵がわらわらとなだれ込んできた。
裏口から抜け出し、助けを呼びに行ったギルド職員が連れてきたのだろう。
意識のないヘイロンとマイターは憲兵に担がれて、残りの二人は問題ないと言わんばかりの態度でそれに続いて出ていった。
それと、ヘイロンに気絶させられた剣士の冒険者も担架で運ばれ、仲間二人もついていった。
そうして、ようやくギルド内に安堵の空気が広がる。
ギルド職員が依頼人や冒険者に対し、業務を再開する旨を告げて、みんなが動きだす。
俺たちも受付に再度並ぼうとすると、商人のおじさんが話しかけてきた。
「いやぁ、やっぱり苛烈だねぇ……キラーテ辺境伯の次男坊は」
「おじ様、なにかご存知なのですか?」
「ああ、彼の家は第一王子派閥の中でも武闘派でね。しかも、最近家を誰が継ぐべきなのかを決闘で決めたみたいなんだ。そこで、彼は長男に敗北し……強さを求めて色々な場所で様々な人や魔物と戦っているらしいよ」
「そんな理由があったのですね……」
「君たちも彼に絡まれないよう気をつけた方がいい。誰かの報復に巻き込まれるかもしれないからね」
そう言って商人のおじさんは受付に戻っていった。
なるほどね。
ゲームでの強さは家風によるものだけじゃなく、この時期にそんなことがあったから我武者羅に強くなろうと足掻いて、学園でもトップレベルの実力を得たわけか。
ともかく、アクシデントはあったが冒険者登録をちゃちゃっと終わらせて帰ろう。
受付の人によると、普段は冒険者同士の争いなんて起きないらしく、本件に関しては完全に油断してしまったのだとか。
元高ランク冒険者のギルドマスターも用事があって北区域の冒険者ギルドに出張っていたので、悪い状況が重なったが故の事故……だと思ってほしいとのこと。
まあ、うん……このギルドからしたら、新しく登録しに来た新人に悪印象を持たれて噂になったらたまったもんじゃないからな……
王都は広大なので東西南北の区域にそれぞれ冒険者ギルドがあるのだが、ダンジョンの方角的にこの南ギルドは冒険者が少ない。
混雑を嫌った人間や、他の支部で問題を起こして出入り禁止になり、この南ギルドで大人しくしてる者など、少数の冒険者しか定着しないのだ。
とりあえず、登録は済ませたのでもう帰ることにした。
マナリアもクイショスも疲れた顔をしていたし、実際俺も疲れた……この件をお父様やミハエルに伝えたら、更に疲れることになるんだろうなぁ……
はぁ……最悪を想定しなかった俺の責任なので、甘んじて説教を受け入れるか……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その日の夜。
「……私が帰ってからクジュエンフに護衛を頼むという考えはなかったのか?」
「お父様の用事が終わる時刻がわからなかったので、混雑の少ない時間に行く方が危険は少ないと思いまして……王都の治安ならクイショスに警戒してもらえば大丈夫だと、油断していました」
「はぁ……確かに滅多に起こることではないが、貴族であるお前が最悪を想定しなかったのは無責任でしかない。聖女となった平民と戦闘を得意としない護衛のクイショス、二人を危険な目に遭わせたのだからな」
「はい……全くもってその通りだと思います」
「『二年間の計画』については目を通した。ハードなスケジュールではあるが、これ自体には問題はない……だが、今回のような最悪の状況に対処できるようになってから計画を実行するよう予定を変えなさい。例えば、王都や旅先の危険人物の噂などを集めて対処法を先に考えておくなど、やれることはいくらでもある」
「……はい、承知しました」
「今日の件、殿下には伝えたのか?」
「帰宅後に封書を送りました」
「ふむ……であれば、私からはもう言うことはない。殿下が必要なことを伝えてくれるだろう……自室に戻り、明日に備えなさい」
「はい。失礼いたします、お父様」
俺は明日の準備を最終確認し、マナリアの支度にも問題ないことを確かめて……ミハエルに怒られる未来に憂鬱になりながら眠った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――――――深夜、王城にて。
「まったく、アンナリーゼには困ったものだ……」
ミハエルは、アンナリーゼから送られてきた手紙を読んで、そうつぶやいた。
すでに『影』から報告を受けていたが、当人からの手紙という名の弁明を読んでも、アンナリーゼは生来のトラブル体質なのではないかと思えてくる。
「フォーイン。君の部下が近くにいたヴィクトールに冒険者ギルドへ向かうよう誘導してくれて助かったよ」
「勿体ないお言葉、感謝いたします」
「それにしても、ヴィクトールか……ギルド職員として潜ませた『影』の報告では、継承権争いに負けて強さを求めている様子らしいが……少し心配だね」
もちろん、ミハエルはヴィクトールの心配をしているのではなく、彼が『強くなる知識の宝庫』であるアンナリーゼに興味を持ってしまうことを心配していた。
「殿下、ヴィクトールの監視を強化しますか?」
「いや、まだ彼はアンナリーゼに興味を持っていないはず……数日調査して問題が無ければ放置でいい」
「承知いたしました」
「あとは……明日のために眠るとするよ。フォーイン、悪いけどあとはお願い」
「承りました。それでは失礼いたします」
フォーインは隠し扉から静かに退出した。
「さて、明日はアンナリーゼにたっぷりお説教しないと……それに『二年間の計画』と僕たちの予定のすり合わせも必要だ。うん、彼女にはもう少ししっかりしてもらわないと僕も困るし……二人きりになって話す機会を設けないといけないな」
ミハエルは、言葉ではアンナリーゼを非難しようとするが……その頬は緩みっぱなしだった。
そして、それぞれの思惑を抱えたまま、朝が来る。




