第35話 買い出しに向けて
夜が明けた。
今日は、マナリアに『宵闇の古代都市』について教えて……それから、ミハエルからの返事によっては、マナリアと買い物に行く予定だ。
もし許可が下りなければ、今日は部屋で魔法の使い方をじっくり確認させてもらおう。
そんな予定をたてながら、朝食を終える。
お父様と二人きりだったので、今日の予定について遠慮なく話せた。
他の家族は一足先に自領に帰っているのだ……宿代も馬鹿にできんからな……
「では、行ってくる。アンナよ、夜は時間を空けておくのだぞ」
「承知いたしました、お父様」
お父様には、『二年間の計画』を記した冊子を渡してある。
ただ、王都にいるからにはお父様も社交や派閥の仕事に従事しなければならず、全て確認できるのは夜になってからだ……と言われている。
そして、ミハエルにも今日のうちに冊子を渡す予定だ。
たぶん昨日の伝言に対する返事が今日来るだろうから、その時に渡せばいいかなと考えている。
俺はマナリア用の食事を持って階段を上がる。
マナリアの部屋の扉を合図通りノックする。
すると待ってましたと言わんばかりに勢いよく扉が開いた。
「おはようございます! アンナ様、ダンジョンのこと、よろしくお願いします! それで、まずダンジョンの場所についてなんですが……」
「落ち着いて、マナリア。まずは朝ご飯を食べてちょうだい」
「あっ……そうですよね。すみません、昨日から楽しみで待ちきれなくて……ちょっと舞い上がってました」
「やる気があるのはいいことだわ。でも、気が急いていると失敗に繋がるから……平常心を心がけるところから始めた方がいいかもしれないわね」
「うう……面目ないです」
「わたくしも昨日、焦って失敗したばかりよ」
「アンナ様でも失敗するんですね……意外です」
「あなたの前では見栄を張っているからそう見えるのでしょうね。さあ、食べて。話はその後にしましょう」
「はい!」
返事をしたマナリアは、食べ始めた。
彼女が食事をするところを初めて見たが、テーブルマナーは概ねできていた。
これは孤児院で教えられたのか、孤児院に身を寄せる前に親から教えられたのか、判断がつかなかった。
まあ、わざわざ尋ねることでもなければ、知っておく必要があるわけでもない……俺に見つめられ続けては落ち着かないだろうと思い、部屋の隅に片づけられた魔法の指南書を手に取り、パラパラとめくる。
うーん、これ全部習得したのか……もしかしたら早い段階で俺よりも強くなりそうだな。
自分の身を守れるという意味では嬉しい誤算だが、男としては少し情けない……俺もレベル上げ頑張ろう。
食器を片付けた後、マナリアに帽子をかぶってもらい俺の部屋に移動した。
そして、宵闇の古代都市について記した紙の束を机に広げる。
「まず、これが王都から宵闇の古代都市までの道のりを描いた地図ね」
「これが……馬車で北に進んで四日もかかるんですね。道中の時間をつぶすなら何を持っていけばいいのでしょう?」
「それなら新しく魔法の指南書を借りてきてあげるわ。それ以外にも旅に必要な物があるから、買い出しに行くときに教えてあげる」
「となると、道中は魔法の訓練に集中するのがいいんですね」
「ええ、マナリアはそれでいいわ。それで宵闇の古代都市に着いてからだけど……」
俺たちは時間も忘れて話し合った。
「この階層からは、ゴーレムの構造が変わるの。弱点の動力魔石や魔力回路が硬い鉱石で守られるようになるわ。これまで通りディフェンダーの前衛が注意を引きながらアタッカーの前衛と後衛が攻撃することになるけれど、あなたならこの時どう動く?」
「ディフェンダーの補助が最優先、次に前衛アタッカーの補助……が最適でしょうか。弱点を直接攻撃できるまで鉱石を削る長期戦が予想されるので……まずディフェンダーに防御力、次にアタッカーに敏捷性の補助魔法をかけます」
「では、後衛にはどんな支援をする?」
「そうですね……弱点を守ってる鉱石が電気を通したり熱に弱いなら後衛の魔法を当てられるよう『マギア・カモフラージュ』で姿を隠して、攻撃がしやすい位置へ移動してもらうのも……」
なるほど、守るだけじゃなく、見方を動かすところまで考えられるのか。
時々質問を混ぜながらダンジョンの攻略方法について教えていく。
そんな折、扉からノックの音がした。
「どちらさまでしょう?」
「アンナリーゼ様。殿下より封書と小袋をお預かりしています……ご確認を」
声でわかった、昨日と同じ人だ。
「今鍵を開けます。少々お待ちください」
俺はマナリアに目線で合図を送り、念のためクローゼットに隠れてもらった。
ドアを開けると昨日と少しだけ服装が違う護衛の人が立っていた。
「こちらが封書と小袋になります。殿下へのご伝言はございますか?」
「では、こちらの冊子を殿下にお渡しいただけますか? 重要な物なので必ずお願いいたします」
「承知しました。派閥の強化に繋がる貴方の献身についても殿下にお伝えします。それでは失礼」
冊子を受け取るとさっさと帰っていった。
今日中に色々終わらせないといけないんだろうな……っと、ミハエルからの手紙を読まないと。
クローゼットから出てきたマナリアも、手紙が気になるのか近づいてきた。
封を開け、手紙を取り出す。
ふむふむ……
外出はいいが、髪が見えないようにして服装にも気をつけて、そして護衛も一緒なら問題ないと……おっ! 小袋に買い出し用の小金貨が十枚も入ってた。
よし、資金は用意してもらったし……あとは服と帽子は俺のを貸せばいいとして、問題は護衛だな。
一応、必要なら護衛を向かわせると書いてあるが……到着は午後になる、か。
そうなると、午前中に良い商品は売れちゃうんだよな……
マナリアにはちゃんとした買い方を教えたいし、護衛はこちらで用意して、巡回兵の多い場所のみ回れば大丈夫かな?
よし、護衛を用意して午前中に買い出しに行こう。
でも頼みのクジュエンフはお父様について行っちゃったし……
となると、エイモン男爵家の他の私兵を連れていくしかないのだが……
家族が自領に戻るときに比較的強い兵士を連れて行ってしまったのだ。
仕方がないので、俺は待機している兵士の中で一番マシな者を連れていくことにした。
「マナリア、殿下から外出の許可が下りたわ」
「本当ですか!? やった! アンナ様とお出かけ!!」
凄い喜びようだ。
部屋に閉じ込められてたからな……ダンジョン攻略に必要な物資だけじゃなく、日用品の小物も余裕があったら買ってあげようかな。
ともかく、下で待機してる侍従に、護衛として近くの安宿に泊まってる兵士のクイショスを呼んできてもらわなければ。
「マナリア、外出するには帽子で髪を隠し、身分がわからない服装に着替えて、更に護衛をつけなくちゃいけないそうよ」
「え、護衛……ですか?」
「そう。殿下から『必ず』護衛をつけろと書かれていたわ」
「……二人っきりじゃないんですね……」
「仕方ないわ。わたくしも二人っきりの方がよかったけれど、殿下の命令ではね」
「はい……では、私はその護衛の人が来る前に着替えておけばいいんですね?」
「そうよ。着替えは……これとこれがいいかしら。それでは、自分の部屋で着替えて来てちょうだい。わたくしは護衛を呼ぶ手配をしに行くわね」
「わかりました!」
俺はマナリアに服と帽子を渡すと、急いで一階に降りて侍従にクイショスを呼んできてもらう。
待っている間に、俺も街歩き用の服へ着替えておいた。
十五分くらいたって、侍従とクイショスがやって来た。
「アンナリーゼお嬢様、俺に何か用ですか?」
クイショスは、普段屋敷の見張りを任されている兵士だ。
怪しい人物を見かけたら応援を呼ぶのが主な仕事で、実戦経験は少ない。
「クイショス、買い出しに出るから護衛をお願い」
「えっ、俺が……ですか? 俺より強い人はい……ないんでしたね、今は……」
ミハエルの名前は出せない……ここはお父様の指示ということにしよう。
「ええ、どうしても買い出しに行きたいのだけれど、お父様が護衛がいないとダメだって仰っていたから……どうしようか迷ったけどクイショスにやってもらいたいの」
「俺は、まあ……構いませんが……街中で絡まれたら対応できませんよ?」
「承知しているわ。だから、異変に気づいたらすぐに巡回の兵士を呼んでほしいの……何度も訓練してるでしょ?」
「はい。それなら何度も」
「一応、今日は人通りの多い場所だけ回って、危なそうなら引き返すわ。それじゃあ、同行者がいるから呼んでくるわね」
なんとか納得したクイショスを待たせて、マナリアの部屋へ。
ノックを合図通り行い、一声かける。
「マナリア、準備はできた?」
「はい、アンナ様。ばっちりです」
扉が開かれると……きちんと髪を隠し、商家の娘に扮するための、少し上等な服を着て立っていた。
「似合ってるわよ、マナリア」
「あ、ありがとうございます!」
「一応、外でそのまま呼ぶのは避けたいわね……『リア』と呼んでもいい?」
「もちろんです! あ、アンナ様にあだ名で呼んでもらえるなんて……!」
「わたくしのことは『アンナさん』でよろしくね」
「え!? あ、そういえば前におっしゃられてましたよね……わかりました!」
そんな会話をしつつ二人で階段を降り、クイショスと対面する。
「クイショス、こちらはリア。今日は彼女も護衛お願いね」
「あ、あの……リア、と申します。今日はよろしくお願いします!」
「俺はクイショス。腕っぷしには自信がないが、怪しい奴を見つけるのが得意だ。何かあれば巡回兵を呼ぶから、二人とも俺から離れないでくれよ」
「はい、お願いします!」
二人の顔合わせも無事に終わったし、出発するか。
「それでは、買い出しに行きましょう!」
こうして俺たちの外出は始まったのである。
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「いつ来ても大通りの市場は活気に満ち溢れてますね」
「ええ、店の方々も一生懸命呼び込みをしているものね。リア、こちらの通りは旅で使う道具を扱ってる店が多いの、行ってみましょう」
「はい、アンナさん!」
「お二人とも、人が多いからはぐれないように気をつけてくださいね」
「もちろん、承知しているわ」
「気をつけますね!」
俺たちは旅道具の並ぶ通りへ足を踏み入れた。
その背中を、雑踏の中から見つめる者がいた。




