第33話 暁の平原攻略
俺はお父様たちと必死に走り、階段を出現させる条件を達成した。
はぁッ……はぁッ……
何とか予定時間内に終えられた……この後は冒険者の少年少女を迎えに行かなければ。
「お、父様……それ……では、彼らを……迎えに……」
「一旦落ち着きなさい。息を整えて、呼吸を安定させるのだ」
俺は深呼吸を繰り返し、ようやく落ち着くことができた。
「ありがとうございます。もう大丈夫です。それでは、彼らを迎えに行きましょう」
ちょっと焦りすぎてたな。
最下層のボスを相手にする時に、こんな体たらくじゃ敗北しかねない……焦らず、でも急いで、かつ冷静に……
……よし、走るのは厳しいので早歩きで移動しよう。
助けた冒険者たちがいる階段へ戻ると、彼らはある程度落ち着いたらしく、ゆっくりなら歩ける程度には回復していた。
だが、剣士の少年はやはりふらつくらしく……走るのは無理そうだ。
やっぱり空間魔法で移動するしかないな。
「それでは皆さん、これから空間魔法で最下層への階段まで移動してもらいます」
「空間魔法?」
「フラッパ。あれよ、別の場所に一瞬で移動できたりする『空間転移』という凄い魔法なのよ」
「すげぇ! 男爵様の娘様はそんなことも出来るのか!」
「……残念ですが、空間転移ではありません。板状に固定した空間に皆さんを乗せ、そのまま移動させます」
「ああ、馬車に乗って移動するのとそんなに変わらないのか……?」
「そう思っていただいて構いません。それでは空間に色を付けて板状にしますので、それに乗ってください」
見て分かりやすいように、空間固定に色を付ける。
皆が不思議そうな面持ちで次々と板状の空間に乗っていく。
ここで時間を取り戻そうと、つい気が急いた。
「皆さん乗りましたね。では、発進!!」
その瞬間、馬車とは比べ物にならない速度でぶっ飛んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
次の階段までは、レックス少年に合わせて歩けば二十分はかかっただろう……そんなルートでも空間魔法を使えばあっという間だ。
「やはり空間移動を使えば早く移動できますね、たったの二分で階段に着くことができました。固定と移動に加えて風魔法で空気抵抗も抑えているので魔力の減りが早いのが難点ですが……Eランクダンジョンのボスなら残りの保持魔素量が三割でも問題ないでしょう。皆さん、ついてきてください」
「…………ちょっと待ちなさい」
「はい?」
「あんな速度で移動するとは聞いてないぞ!? しかも、身体にとんでもない負荷がかかったんだが!? 見ろ、他の皆も体調を崩しているではないか!!」
見ると、板状空間から降りた冒険者の少年少女たちは頭を押さえて座り込んでいる。
レックス少年に至っては吐きそうな顔をしている。
うっ……つい前世の高速道路の基準で移動してしまったのが良くなかった。
頭を殴られて満足に動けない負傷者がいるのに配慮が欠けていたのは猛省しなければ……
俺はレックス少年の様子を確かめる。
「レックスさん、具合は大丈夫ですか?」
「あぁ……ちょっと、くらくらして歩けそうにない……すまない、急いでいると言っていたのに……」
「いえ、負傷者に無理をさせたわたくしの落ち度です。本当に申し訳ありません……」
そこにお父様が話しかけてくる。
「はぁ……まったく、お前には振り回されっぱなしだ……少し時間に余裕ができたのだろう? 彼らが歩けるまで待ってやりなさい」
「わかりました……」
今度こそ、全員が無理なく歩けるようになるまで待とう。
数分待ってみんなが歩けるようになったと言うので、ゆっくりと階段を下って行くことにした。
階段を下りた先も、相変わらず夕日に照らされていた。
しかし……直径百メートルの、平原と呼んでいいのか迷う小さい陸地があり、その周りはどこまでも海が広がっていた。
夕日で輝く海がきれいだなー……とか言ってる場合ではない。
目の前にはゴブリンの集団が待ち構えていたのだ。
ゴブリンジェネラルを中心にしたゴブリン部隊、それがこのダンジョンの最下層ボスだ。
見た感じ、ゴブリンジェネラルが一体、ゴブリンシャーマンが一体、ゴブリンメイジが一体、そしてゴブリンナイトが二体……それが奴らの構成だった。
冒険者の皆は階段から出なければ襲われることはないが、自分たちでは倒せなさそうなボス集団を見て息を呑んでいるようだ。
お父様がゴブリンジェネラル達を見ながら確認してくる。
「本当に私たちが最初から加勢しなくて大丈夫なのか? 先ほどの移動魔法でかなり消耗したのではないか?」
「御心配には及びません。三割は残っていますので、最短で倒せば余裕です」
「ならば、やってみせなさい」
お父様は俺の言葉を信じてくれているようだ。
クジュエンフはちょっと不安そうにしている……レベル10にもなっていないから心配なのだろう。
そして、ここまでで魔力もかなり使ったからというのもありそう。
でも大丈夫。
こいつらが厄介なのはゴブリンシャーマンのゴブリン召喚とゴブリンジェネラルのバフ効果なのだ。
なので奴らが油断した最初の一瞬で空間魔法を全力で行使して、あっという間に片をつければ最小限の労力と時間で攻略できるのだ。
風魔法だけだったら絶望的な条件だったが……空間魔法さまさまだな。
冒険者少年少女たちに見られるのは、情報漏洩の観点で言えば愚かな選択だが……もう空間魔法でレッドオーガを倒したところまで見られている。
今更ボス戦だけ隠しても意味はない。
それに、口止めは必要だが……まずは全員でダンジョンから帰還するのが優先だ。
……万が一言いふらされても、レベル10未満のろくに戦闘経験もない貧乏男爵家の令嬢が凶悪な魔物を瞬殺したなんて信じられないだろうってのもあるが。
ともかく、俺は全力で戦うことにした。
俺は何度も練習した戦法をイメージし、奴らを倒すのに必要な魔力を計算する。
そしてそれを基に俺は魔力を練り上げて、魔法の準備をする。
敵は俺を見て余裕の笑みを浮かべている……この時間にゴブリンを召喚されたりバフをかけられたら手こずってただろうが、奴らがこちらを『無力な小娘』だと侮ってくれて助かった。
これならボスの『ドロップアイテム』の条件を満たせるかもしれない。
どうせなら狙ってみるか。
じつはこのダンジョンの最下層ボスは『鼓舞の腕輪』という、ゲームでは攻撃力が少し上昇するバフをかけられる魔装具をドロップする。
ドロップ条件は、ゴブリンシャーマンにゴブリン召喚をさせず、ゴブリンジェネラルにバフをかけさせず、他の手下を倒してから最後に武器を破壊されたゴブリンジェネラルを倒す……という一連の工程を十分以内にこなすという初心者には厳しい条件だったりするのだが、今の俺なら大丈夫だ。
よし、準備ができたところで……さっさと倒してアイテムもらって帰るとしよう。
「『空間固定』、『空間移動』、『空気抵抗減衰』」
俺は前傾姿勢になると、足の裏に移動用の空間魔法を展開。
そして……さっきの皆で移動した時より速く、敵に接近した。
俺がこんなに速く近づいてくるとは思っていなかったゴブリンジェネラル達は、あっけにとられた顔をして何の対応も出来ていない。
そんなチャンスを逃すはずもなく、まずはゴブリンシャーマンに急接近し、目前で減速する。
そして移動に使った魔法を解除して、首めがけて空間切断を行う。
ゴブリンシャーマンの首はあっけなく地面に落ちた。
これだけ近ければ消費魔力も多くないので、続けて空間切断魔法を放つ。
その結果、近くのゴブリンメイジの首が落ちる。
ここでようやくゴブリンジェネラル達が反応する。
俺はゴブリンナイト二体とゴブリンジェネラルに囲まれた位置にいるので、三匹とも一斉に襲い掛かってきた。
ゴブリンジェネラルがバフをかけてこない……?
まだ俺を『一撃で倒せる小娘』だと思っているのだろうか。
まあ、なんにしろ俺には好都合だ。
ナイトの片手剣も、ジェネラルの大剣も、俺には届かない。
そう、俺の周囲に薄い板状の空間を固定してあるので、剣はその空間から先には進めないのだ。
そしてここからが空間魔法の真骨頂。
『変換・空間削除』
俺は空間固定を空間削除へ『変換』した。
固定された空間へ押し付けていた剣が途中から消失し、三体の手には柄と短くなった剣だけが残された。
ゴブリンジェネラル達は、何が起きているかわからず、消えた剣先を眺めている。
その隙を逃さず、ゴブリンナイト二体に狙いを定める。
武器を失って後退しようとした瞬間、空間切断で首を落とす。
最後に、残ったゴブリンジェネラルに向き直った。
ゴブリンジェネラルは、ようやく何が起きているか理解して、大剣を捨てて後退しようとする。
だが、もう遅い。
空間切断によって、あっけなく最下層ボスの攻略は終わった。
「ふぅ……」
俺は軽く息をつく。
ボスを倒した時点で、転移陣のある最奥の間への階段が出現した。
ということは……ダンジョンを攻略できたってことだな!
時間は……四時間五十分くらいか。
これでお父様との約束も果たせたしよかったよかった。
しかし、ドロップ品のために少し効率の悪い戦いをしたので、保持魔素量は一割を切っている。
ここまで魔力消費量が多かったのは理由がある。
レッドオーガを倒した時などは、首を通過する一瞬に糸状の空間を削除するだけでよかったが……今回は、糸状よりもはるかに広い範囲を、板状に削除し続けたからだ。
ゴブリンどもの剣が消え始めてから空間削除を解除するまで……その一秒程度の間に、今回の戦いの六割以上の魔力を消費していたんだよね。
しかし、その甲斐あって、鼓舞の腕輪がちゃんとゴブリンジェネラルの魔石の近くに落ちていた。
これこれ、これが有ると無いとじゃ序盤のパーティ戦力にかなりの差が出るんだよな。
装着者が仲間と認識した、自分以外の人間に攻撃力上昇のバフをかけられる。
フレーバーテキストによると、範囲は半径30メートルくらいと結構広い。
ゲーム序盤で安全にレベル上げをするなら、この魔装具をパーティの一人に装備させて、他の仲間を強化するのが定石なのだ。
しかし、この世界に転生して気になることがあった。
自分以外の仲間に、何人まで効果が及ぶのか、それが疑問だったのだ。
この魔装具を使って今度の『宵闇の古代都市』で検証を行えば、この世界での行動がかなり楽になるかもしれない。
魔装具の適用範囲内ならいくらでも増やせるのか、ゲームと同じで戦闘パーティの人数までなのか……かなり気になるぞ……!
宵闇の古代都市について思いをはせていると、肩をたたかれた。
後ろを振り返ると、そこにはにっこりと笑みを貼り付けたお父様がいた。
「アンナよ、先ほどの戦い方とその魔装具について……帰ったら詳しく話しなさい。特に、最短で倒そうとせず、方針を変えて戦った理由も聞かせてもらおうか」
あ、これ怒られるやつだ…………




