第32話 変異個体と宿敵
冒険者たちまで、あと百メートル……必死に走りながら戦況を分析する。
見た感じ、冒険者は全員で五名。
前衛の剣士らしき一人が倒れており、それを庇うように残りの四人が立ち回っている。
どうやら剣士、斧使いの戦士、魔法使い、弓使い、僧侶で編成された若い少年少女のパーティーみたいだ。
倒れた人は全く動く様子がないが、血だまりができてないことからレッドオーガの打撃によって失神した可能性が高そうだ。
だが、安心はできない。
見えない箇所……内臓や脳にダメージが入っているなら早急に回復する必要がある。
しかし、パーティーのうちの一人であろう僧侶の格好をした少女は、敵の注意を引き付ける動きをするだけで回復しようとする気配がない。
魔力不足……もしくは下位の回復魔法では治せなかったか……どちらにしろレッドオーガを可能な限り早く倒さないといけない。
そこまで分析してる間に戦場に到着した。
「あなた達! わたくしは援軍です! レッドオーガの注意を引き付けるので、その間に負傷者を安全な場所へ運びなさい!」
「っ!? どこのだれか知らないが、レッドオーガの相手なんて不可能だ! 巻き込まれる前にあんた達も逃げろ!!」
「問題ありません、わたくしに任せなさい! 『空間固定!』『空間移動!』」
俺は近くに糸状の空間固定を三つ作り、それを移動させる。
移動させた糸状の空間は、三角形のようにレッドオーガを囲う。
身体の細くなる腰のあたりに固定したため、レッドオーガは移動できなくなる。
ジャンプするにも、しゃがむにも、どこかしら引っかかるようになってるので、これで俺が魔法を維持している間は安全だ。
理解できていないレッドオーガは、前のめりになりながら必死にこちらの方へ手を振り回す。
拘束中のレッドオーガの拳が地面をえぐる。
しかし、それだけだ……拳は俺たちに届かない。
「ガアァァァァァッ!!」
「なんだ…? 急にレッドオーガの動きがおかしくなった……」
「わたくしの魔法で動きを抑えています! 今のうちに離脱を!」
「っ! 悪いっ、一旦任せる!」
戦士と弓使いが倒れていた剣士を二人で運んでいく。
魔法使いと僧侶の少女たちは、腕を振り回すレッドオーガを警戒しながら戦士たちの後をついていった。
どうやら少し離れたお父様たちの場所へ避難したみたいだ。
……これってお父様が介入したことにはならないよね?
冒険者たちが勝手に移動しただけだから、大丈夫だよね?
ちらりとお父様を見ると、『しょうがない』と言わんばかりに頷いてくれた。
よしっ……これで心置きなく戦える。
俺は、腕を振り回すだけで移動できないレッドオーガに向き直った。
「ガアアアァァァァァッ!!」
「残念でしたわね。わたくしがいなければ、もう少し長く生きられたでしょうに」
俺は糸状空間固定を解除した。
「グゥゥッ!?」
いきなり移動できるようになったレッドオーガは、つんのめるように俺に近づいてくる。
「これだけ姿勢が崩れていれば、対応も簡単ですわ」
俺はゴブリンにやったのと同じように、空間固定で足を引っかける。
「ガァッ!?」
案の定、レッドオーガは前に倒れた。
「それでは短い間でしたが……ごきげんよう」
俺は空間移動削除で、あっさり首を切り落とした。
何が起きたかわからない顔をしたレッドオーガは、数秒ののちに身体が崩れて魔石へ収束していった。
Bランクの魔物だから、魔石の大きさもなかなかのものだ。
それはともかく、これで安心して重傷を負った剣士の少年への対応ができる。
俺は治療用のポーションが入った道具袋を取り出しながら尋ねた。
「あなた達、その少年の様子はどう?」
「わ、私の魔力がもう無くて……治療ができないんです……」
「俺たち、ポーションも高くて買えなくて……頭を殴られてから、ずっとこの状態なんだ……」
治療用ポーションは高い。
駆け出し冒険者には常備するだけでも大きな負担になるから……これは致し方無い。
俺は道具袋からポーションを取り出した。
「わたくしが治療用のポーションを持っています。少年に飲ませてあげなさい」
「いいのか? 治療用ポーションなんて小金貨何枚もするはずじゃ……」
「それくらいすぐに稼げます。いいから早く! 間に合わなくなりますよ!」
「あ、ああ……!」
戦士の少年は渡されたポーションを剣士の少年に飲ませる。
治療用ポーションは、内部に症状がある場合は飲み、外傷がある場合は傷に何度も塗ることで回復することができる。
今回は頭を殴られたとのことで、慎重に口に注いでいく。
消化器官で回復要素を吸収するまでの三十秒間、冒険者たちは心配そうな顔で倒れた少年を見つめていた。
「……うっ、うぅ…………」
倒れた少年がうめき声をあげた。
「……!! おい、レックス! しっかりしろ!」
「……ぁ、あ……? ……フラッパか? あれ、ここは?」
「暁の平原の四階層だ。お前、いきなり現れたレッドオーガに頭を殴られて意識を失ってたんだぞ!」
「は? レッドオーガ? ここ、Eランクダンジョンだぞ?」
「アタシ達の魔力が残り少なくなったから、引き上げようとしたのは覚えてるでしょ? それで階段までもうすぐってところで、突然レッドオーガが現れたのよ!!」
「その急に出現したレッドオーガに、一番近かったお前が最初にやられたんだ……」
「そうだったのか……俺、前衛として情けねえな……」
「アンタだけのせいじゃないわ。アタシ達も攻撃が通じなくて、危なかったんだから」
んん?
ダンジョンで魔物が現れるのは、基本的に無の神『カオス』とその眷属である『精霊』が瘴気を集めてる場所になる。
だから変異個体が出ること自体はありえるが、こんな瘴気の薄い場所なんかに前触れもなく現れるのはおかしい……
何か、きな臭いものを感じる。
一応、帰ったら同様の事例がないか調べてみよう。
「この方が、私たちを助けてくださったんですよ」
「凄かったんだぜ! 身体が固くてまともに刃が通らないレッドオーガを、あっさり倒しちまったんだ」
お父様の近くにいた戦士の少年――フラッパが興奮気味に語った。
しかし、首を切り落とせたのは、階位の高さではなく空間魔法の性質のおかげだ。
基本どの魔法も『魔法で作り出した物理現象で物体に干渉する』のだが……空間魔法が干渉するのは、物体ではなく、その物体が存在する空間そのものだ。
なので、空間自体に抵抗力がある場所でもない限り、干渉を止める手段はない。
まあ、そんな特殊な法則である代わりに、魔力消費量や操作の難しさが他の魔法に比べると段違いなんだ。
幼少から訓練して魔素保有量の多い俺でさえ、糸状なんかにして節約しないといけないくらいだからな……
そこで剣士の少年は俺たちに気が付いた。
「えっと……あんた達は……?」
「ああ、そういえば自己紹介がまだでしたね。わたくし、エイモン男爵の次女アンナリーゼ・エイモンと申します」
「き、貴族様のご令嬢!?」
「えぇっ!?」
俺の自己紹介に、彼らは驚いた。
「装備の質がいいとは思っていたけど……」
「そ、それじゃあ……そちらのお二人は……」
「私はエイモン男爵家当主、ダンガス・エイモンである」
「自分はダンガス男爵様に仕える護衛のクジュエンフだ」
「き、貴族様!? それも当主!?」
「わ、私たち、大変な失礼を……」
「そ、それにポーションまで使わせてもらって……」
「それは我が娘、アンナリーゼに言いなさい。君たちを助けたのは私の娘の意思によるものだ。私たちは娘が危険な目に遭わないよう見守っていただけだからな」
「そ、そうですか……アンナリーゼ男爵令嬢様、私たちをたすけていただき、ありがとうございます」
「気にしなくていいですよ。それより、そこの少年……レックスさんは立てますか?」
「え? あ、はい……おっと」
立ち上がろうとした少年はふらついてしまう。
それを仲間の戦士が支える。
「どうやら、まだまともに歩ける状態ではないようですね。わたくしは用事があってこのまま最下層へ行くつもりなのですが……あなた方も一緒に行きませんか?」
「え? 最下層に……?」
「このまま上の階層をあなた方だけで戻らせるより、わたくしが最下層ボスを倒して転移魔法陣で一緒に出口まで帰った方が安全かと思います」
「確かに、俺たちだけで帰ると魔物を倒す余裕がないよな」
「ああ、俺は完全にお荷物だし……お前らも魔力ないんだろ?」
「そりゃそうよ。アタシ、もう『灯火』の魔法すら使えないわよ」
「私も、支援も回復もできません……」
「でしたら決定ですわね。わたくしは最下層への階段を探しに行きます。見つけたら迎えに戻りますので、それまではセーフティゾーンの階段で休んでいてください」
「わ、わかりました! お前ら、俺たちでレックスを支えて移動するぞ」
周囲に魔物がいないことを確認して彼らを送り出し、俺は階段出現ルートを辿ることにした。
彼らを連れて歩くなら時間がかかる、それに第四層に降りてからもう十分は経っている……急がないと!
息はまだ整わない。だが、歩いていては間に合わない。
本来なら一時間かかるが……走れば四十分まで短縮できるだろう。
そうしたら階段の出る場所は、彼らの待機するセーフティゾーンから歩いて十五分ほどだ。
迎えに戻るのに十分、彼らを支えて階段まで移動するのにおよそ二十分、ボスを倒すのに十分。
このままでは時間が足りない……
仕方がない。魔力を温存したかったが……皆を運ぶ短い間だけなら、ボス戦の分は残せる。
もう、空間魔法で速く移動するしか方法はない……!
「お父様。彼らを迎えに戻った後は、皆を空間魔法で運びますがよろしいですか?」
「構わん。ダンジョンを攻略するまでは、お前の判断に任せる」
「ありがとう存じます。では、また走って移動いたしますね」
俺はお父様たちを連れて再び走りだした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
オリヴァーは第三層の平原を護衛とともに歩いていた。
「若様、エイモン男爵令嬢のダンジョン攻略を最後まで見なくてよろしいのですか?」
「ああ、十分奴の実力がわかった……今のままだと、俺が負ける」
「そ、そんなまさか! あの令嬢は人位下級の三段程度だと判明していたではありませんか。いくらレッドオーガを倒したとて、すでに人位上級八段であり戦闘訓練も行っている若様が負けるはず……」
「お前は先ほどの戦いで何を見ていた? 奴は相手を拘束する魔法が使える……恐らく空間魔法だろう。上半身と下半身自体は動かせていたから、腰あたりに輪っか状かそれに近い形の空間固定を行ったのだろうな」
「ですが、若様の雷魔法ならば遠距離から攻撃できるではありませんか。多少移動できなくても問題は……」
「そこだ。奴は拘束を解き、レッドオーガを転倒させて、攻撃が避けられない状態にしてから首を落とした。拘束と切断を併用しなかった以上、魔法の同時使用に制限がある可能性が高い。しかし、奴が同時に使える魔法の数を増やし……更に自分を覆える範囲の空間を固定できるようになれば、今の俺の雷魔法の威力に頼った戦法は……通用しない」
「では、どういった対策を……?」
「戦闘訓練を一から見直す。全身を覆われる前に死角から攻めつつ、覆われた場合は維持できなくなるまで戦う長期戦も想定し、最適な戦略を考案する必要がある。帰ったらすぐに始めるから準備しておけ」
「承知いたしました」
「それから、俺が前に渡したダンジョン探索の計画はいったん破棄しろ。戦略が定まってから、もっと効率を重視した階位上げに変更する。厳しいスケジュールになるだろうが、お前らも覚悟しておけ」
「はっ!」
「若様の命令とあらばっ!」
「では行くぞ」
オリヴァーは歩調を速めた……もう、その顔に笑みはない。
「勝たなければ、あいつは俺のところには来ない……ならば、勝つだけだ」




