第31話 暁の平原
王都を出立してからおよそ1時間経過し、目的地に着いた。
馬車から降りた俺は、ダンジョン『暁の平原』の入口を眺める。
入口は『はじまりの洞窟』と同じ見た目だった。
門番に徽章を見せて中へと入る。
そこには、地下とは思えない夕暮れの草原が広がっていた。
日本の都会じゃ見かけることの少ない、幻想的な自然の光景にしばし見とれる。
「アンナよ。条件は覚えているか?」
「もちろんです、お父様。お父様とクジュエンフはわたくしの戦闘や探索に手を貸さない。もし危険な状況になった場合は手を貸すけれど、その時点でわたくしは『二年間の計画』をお父様の提案したものへ変更する……ですよね?」
「そうだ。危険かどうかは私が判断する。ギリギリの戦いになり余裕がなくなったと判断したら介入するから心しておくように」
「はい、承知いたしました」
まあ、そんなこと起こらないけどな!
なぜなら、このダンジョンは平原というだけあって見晴らしがいい。
だから魔物を見つけるのも、見つけられるのも容易である。
ということは……バックアタックや曲がり角での不意打ちができない、というわけだ。
常に敵の急襲を警戒するなら、ダンジョンにいる間は魔法で索敵するか空間魔法で防御し続けないといけないが、その必要がないのは今の俺にはありがたい。
流石に今の俺じゃ何時間も魔法を発動し続けるのは厳しいのだ。
レベルが上がって世界への影響力が増していけば、もっと融通の利いた戦略が組めるのだが……今は慎重な戦法を選ぶ必要がある。
……お? 早速だがゴブリン三匹がこちらに近づいて来ているな。
せっかくだ……足りない頭で考えて、練習した戦法を試すとしよう。
「グギャギャッ!」
「ギャギャッ!」
「ゲッゲッゲッ!」
ゴブリンが三匹、こん棒を手にして襲い掛かってくる。
ところで、俺の空間魔法は基本的に目に見えない。
なので糸状の空間を近くに生み出し、敵の足元まで移動させて固定したら――
「グァッ!?」
「ギャァッ!?」
「ゲグゥッ!?」
当然、引っかかって転ぶのだ。
そこに以前スライムを倒した魔法、系統複合魔法の『空間移動削除』を行い、三匹の首を切り落とした。
それを見ていたお父様が感心したように話しかけてきた。
「アンナよ、見事な手際だったぞ……だが、最初から切断で相手の足を切らなかったのはなぜだ?」
「空間魔法は系統や距離によって消費魔力にかなり差がありまして……気軽に使える空間移動と空間固定を戦法の軸にして、消費魔力の多い切断や削除は確定で急所を狙える時に使用しています」
「ふむ、空間魔法も万能ではないのだな」
「はい、わたくしの現在の熟練度を具体的に申しますと……簡単な空間魔法なら三つ同時に、複数の系統を複合した魔法を使うなら簡単な魔法一つと併用できる程度ですね」
「うぅむ……そうなると敵の攻撃を警戒する場合は、自分の防御に空間固定を使い、そこに空間切断か複合魔法の空間移動削除を行う、というのが基本戦略になるのか?」
「はい、お父様。得意な系統によって消費魔力や精度が変わるのは空間魔法も例外ではありません。なので距離の近い場所に空間魔法で空間を指定し、得意な『移動』系統で消費と精度を補っています。最初から遠くの場所を指定すると空間が曖昧になるうえに消費が激しいのです」
「なるほど。自分の弱点を補う魔法の使い方を考えたのは評価に値する。この後も気を引き締めて攻略できるのであれば許可を出せそうだな」
「お褒めの言葉、ありがとう存じます。それではダンジョンの攻略を再開いたしましょう」
俺たちは倒したゴブリンの魔石を回収し、先へ進んだ。
それから魔物を倒しながら進み、ダンジョンに入って一時間ほど経った頃、下へ続く階段が見えた。
お父様とクジュエンフが階段を見て驚いている。
「……こんなに早く階段が見つかるとは……アンナよ、これはどういうことだ? 普通なら第一階層でも何時間もかかるのだぞ?」
「簡単なことですよ、お父様。このダンジョンは『特定地点を複数通るとそれに応じた場所に階段が現れる』というギミックがあるのです」
「なに!? そんな法則があったのか!?」
「はい。恐らく気づいてる人はほぼいないかと……なにぶん、検証に膨大な時間のかかるギミックですから」
「……それで、お前はその特定地点を知っていると」
「はい。なのでお父様に五時間で攻略できると約束したのです。では、第二階層へ進みましょう」
俺は階段を勝手知ったる我が家のように下りていく。
クジュエンフが後ろで何やら話しているが、まぁ気にしなくていいだろう。
どうせ俺の言動に対する疑問だろうし……お父様が何かしらでっち上げて説得してくれるはずだ。
「……ご当主様、アンナリーゼ様はいったい何者なのですか……?」
「……授けの儀で予言を賜ったと言っていた、それ以外は普通の貴族の令嬢だ……予言の内容がとんでもなかっただけのな……」
「は、はぁ……」
納得いくような、いかないような、微妙な反応をしながらクジュエンフは階段を下りるのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その頃、オリヴァーは――
「ふん、このダンジョンも久しぶりだな」
すでに暁の平原の入り口に到着していた。
「若様、すでに攻略したダンジョンであっても警戒は怠らないでください」
「誰にモノを言っている。そんなヘマをするほど鈍っていない。それより例の地図を出せ」
「はっ!」
護衛の一人が取り出したのは、各階層の最短ルートを一本の線で記した五枚の地図。
それは、大量に買い取った地図を比較・分析して作り上げた、オリヴァー手製の地図だった。
侯爵家の経済力と、オリヴァーの頭脳が合わさって初めて完成する『この世界最短のルート』…………この地図の通りに移動すれば――
「普通に行けば最下層到着まで『五時間四十分』……アンナリーゼよ、果たして俺から逃げられるかな?」
オリヴァー一行のダンジョン攻略が開始された。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
第一階層を突破してから二時間余り……ダンジョンに入ってから合計で三時間ほど経過していた。
今俺たちがいるのは第三層。
ついでに言うなら、階段を出現させる特定地点も残り一つとなっていた。
第四層に一時間くらいかかるから……最下層の第五階層でボスに手間取らなければ、余裕で五時間を切る。
そのボスも空間魔法があれば苦戦はしないはず。
これはもう勝ったも同然だな。
俺は周辺に魔物がいないこともあり、脳内で二年間の計画を見直していた。
そこで、ふと気づく。
誰かの戦闘跡が残っていたのだ。
俺たち以外にこのダンジョンに挑戦している人がいたのか……
レベリングには適さないがダンジョンに慣れるには丁度いい環境だし、そりゃあ誰かに会うこともあるか。
そんな感想を抱いていた俺は、特定地点の場所を見て固まった。
無い……
最後の条件、『二つのナイアンフラワーの間を通る』を満たさなければいけないのに……
その地点にあるはずの花『ナイアンフラワー』が無くなっていた。
ゲームじゃナイアンフラワーは不干渉オブジェクトだったのに……
現実となったこの世界では違うのか。
おそらく直前に挑戦したパーティーがここで戦闘を行ったのだろう。
花だけでなく周囲には焦げ跡がいくつも残っていた。
ダンジョン内は壊せる物と壊せない物がある。
壊せる物は鉱石だったり薬草だったりして、ナイアンフラワーもその一つになったということだ……そこで問題なのが、それらは基本的に一日かけて復活するということ。
……今回は周囲の復活具合を見るに1時間も経っていないように見える。
不味い……これでは最後の階段出現条件が達成できない……
…………仕方ない、最短ルートは諦めて今から達成可能なルートに変更しよう。
少し時間がかかるが、ダンジョンにアクシデントはつきものだしな。
「お父様、どうやら最後の条件に必要なナイアンフラワーが破壊されたようです」
「ふむ、そうなると階段は出現しないのか?」
「そうなります。なので、少し追加で時間がかかりますが別のルートで階段を出現させます」
「……複数の出現ルートがあるのだな……どれくらい時間がかかる?」
「そうですね……今からですと、走っても四十分くらいはかかりそうですね」
「そうか、ダンジョン攻略時間の方は大丈夫なのか?」
「少し厳しいですが、最下層ボスに手間取らなければ四時間五十分で攻略できる見込みです」
「ならば急がねばならんな。お前の速度に合わせるから好きに走りなさい」
「お父様が許して下さるのなら、そうさせていただきたいです」
「わかった。クジュエンフ、後ろをついて来なさい」
「はっ!」
そうして俺たちは急いで別ルートを辿ることにした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それから……走ったおかげで丁度四十分で第四階層に到着できた。
だが、ここで俺の体力の方に限界が来た。
「お父様、申し訳ありません。もう走る余裕がないので、歩いて移動させてください」
「それは構わんが……時間は大丈夫か?」
「現在はダンジョンに入ってから三時間四十分……この階層では歩いて一時間ほどかかりますから……ボスを倒すのに二十分。それくらいであれば問題ありません」
「ふむ、ならば何も言わん。攻略を続けなさい」
「はい……ん? あれは……」
そこで俺は気が付いた。
百メートルほどの距離で、先に挑戦していたパーティーが戦闘を行っているのだ。
しかし、戦況は芳しくないように見える。
「このダンジョンでそんな苦戦するはずは……っ! まさか!!」
「どうしたのだ? 新人パーティーなら魔物に苦戦することも……」
「お父様! 『変異個体』です!」
「なに!?」
変異個体、それはダンジョンに稀に発生するイレギュラー。
通常個体よりも圧倒的な強さを誇り、数ランク上のダンジョンで出るような魔物……『ダンジョンボスより強い魔物』である。
「あれは……レッドオーガかっ!!」
お父様の言った通り、あれはオーガの上位種であるレッドオーガだ。
普通ならBランクの上層かCランクの下層で出るような魔物……普通のEランク冒険者じゃ逆立ちしても勝てない相手と言っていいだろう。
「お父様、助けに行きましょう!」
「いいのか? あの状態では、助けた後も放置するわけにはいかん。ダンジョンを出るまで面倒を見ることになるぞ……ダンジョンボスを倒すまで一緒に行動したら、五時間を超えてしまうかもしれない」
「それはっ……そうですが……」
確かに……俺は将来の為にも、今後の二年間を俺の計画通りにダンジョン攻略へ費やしたい。
だからと言って――
「お父様、それは人を助けない理由にはなりません! わたくしが彼らを助けて、その上で時間に間に合えばいいのです!」
「ならばやってみなさい。私たちは『お前が』本当に危険になったら介入する」
「それで充分ですわっ!」
俺は疲れた体に鞭を打って走り出した。
お父様とクジュエンフもそれに続く。
アンナたちがいなくなり、静かになった階段。
その上から声がこだまする。
「変異個体か……アンナリーゼよ、お手並み拝見といこうじゃないか」
オリヴァーとその護衛が、汗一つかかずに階段から見下ろしていた。




