第30話 ダンジョン攻略の条件
報告と相談を終えた俺は、宿に泊まっているお父様の部屋へと向かった。
ノックをして声をかける。
「お父様、お話したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「アンナか。今は用事もないから問題ない。入ってきなさい」
クジュエンフが扉を開けてくれたので部屋へ入る。
勧められるままに椅子へ座り、出された紅茶を一口飲んだ。
早速用件を切り出すとしよう。
「お父様、学園が始まるまでの二年間をダンジョン攻略に捧げたいのですが、よろしいでしょうか?」
「いいわけあるかッ!!」
めっちゃ怒鳴られた。
いやいや、これでも大真面目なんだけど。
オリヴァーと結婚とか絶対嫌だし。
「お父様、階位を上げて強くならないとオリヴァー様には勝てませんよ?」
「だからと言って、年頃の淑女が社交界にも出ずダンジョンに挑戦し続けるなど話にならん! お前はダンジョンの危なさを、魔物の怖さを知らないからそんなことが言えるのだ! 勉学の方に割く時間を増やして学園で優秀な座学クラスへ入り、カマロン殿下の覚えもめでたくなれば、お前の貴族社会での評価も持ち直す可能性があるというのに……」
「勉学については、ダンジョン間の移動中の馬車や宿泊時に行う予定なので問題ありません。重要なのは、階位を上げればオリヴァー様に勝てるだけでなく、実技のクラスでも優秀なクラスに入れるということです。座学と実技の両方で優秀クラスになれば、主席合格者としてカマロン殿下に目をかけてもらえる可能性は飛躍的に上がるかと」
「それは……そうだが……」
「大丈夫です、お父様。通うダンジョンの位置を考えると、二年間で何度かこの王都を経由する時期があるのです。その時に短い間ですが、お茶会に参加して各地で得た貴重な香辛料や調度品をお土産としてお渡しし、その地域で得た生の情報も共有したら、第一王子派閥の方々からの悪印象をぬぐえると思います」
「うぅむ、しかしだな……やはり、お前一人でダンジョンに挑戦するのは危険すぎる! それに二年間もかけて強くなる必要があるのか? いくらオリヴァー侯爵子息が強いと言っても、例年の入学生の階位から考えるに……せいぜい闘技大会の時期には地位の下級になる、と言ったところだろう。わざわざ二年間も犠牲にする必要はないと思えるが……」
「いえ、お父様。おそらくその見積もりは甘いかと。オリヴァー様は学園に入学する時点で、地位下級七段ほどの階位になっておられるでしょう」
「……入学時点で地位下級七段だと?」
「はい。なので、わたくしも悠長に構えているわけにはいかないのです」
「ふむ……」
「それに、わたくしが今後関わる事件を考えれば……強くなれるうちに強くなっておかないと、王国で犠牲者が出る可能性もありますので妥協はしたくないのです。それに、わたくしは空間魔法を常に展開して防御魔法を使えば傷さえつかないので問題ありません。むしろ、仲間を連れていると神への貢献が分散されて効率が悪くなり、予定が狂いかねません」
「…………そうか、お前の理屈はわかった。だが私は父親として認められん」
「お父様……ではどうすれば……」
「明日、私の前で証明してみせなさい。お前がダンジョンに一人で挑戦して問題ないと、私に確信させるのだ……。王都近くにいくつかダンジョンがある、その中のどれかで実際にダンジョンを攻略してみせなさい。もちろん、私とクジュエンフも同行するが、戦闘には一切手を貸さん。お前が危険になれば介入するが、その時点で資格無しとみなす。そしたら、お前には私の計画したスケジュールで勉学に励みつつ社交界に出ながらダンジョン攻略をすることとなる……わかったか?」
「わかりました、お父様。では、どのダンジョンに挑むかはわたくしが決めても構いませんか? ダンジョンの選定もわたくしの計画に関わる重要な要素なので」
「うむ、それは構わないが……はじまりの洞窟は駄目だぞ。すでに攻略したことのあるダンジョンでは、単に経験があるから攻略できたのか、お前自身に実力があるのか判断ができんからな」
「はい、それで問題ありません。わたくしが挑むダンジョンは……知識さえあれば一日で踏破できるEランクのダンジョン『暁の平原』にいたします」
「『暁の平原』か……確かに、あのダンジョンは最下層までの深度は浅いが……その代わり一つの階層の広さは王都周辺のダンジョンでも随一だ。下手をすれば何日もかかることになるぞ?」
「問題ありません。一日と言わず……五時間で終わらせます」
信用してもらうために自信満々に言い放ったのだが、めちゃくちゃ渋い顔をされた。
なんでや!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その日の夜、ミハエルは禁止区域へ赴くための工作が一段落して休憩していた。
この調子なら三日後には禁止区域のダンジョンへ旅立つことができそうだ……と安堵する。
達成感によるものか、心なしか紅茶も美味しく感じられた。
休憩を終えたミハエルは侍従を呼び出し、オリヴァー、アンナリーゼに関する情報を聞き出すことにした。
「それで、現状で集められる範囲で情報を得てもらったけれど……まずはオリヴァーの動向はどうだった?」
情報収集を任せている侍従のフォーイン・メンショが、ミハエルの質問に答える。
「『影』にオリヴァー・リュキールの動向を探らせましたところ、対象は階位を上げることにかなり意欲的な様子だったとのことです。今はどの魔装具や魔法石を装備するか悩んでおりますが、近いうちにダンジョンに挑戦するでしょう。現在の対象の階位は人位上級八段なので、DランクかEランクのダンジョンを選ぶ可能性が高いと思われます」
「そうか……これは少し警戒しないといけないね。アンナリーゼ嬢の階位は『はじまりの洞窟』を攻略してから変化していないはずだ。明日にでも『二年間の計画』について詳しく聞いてみよう」
「それがよろしいかと」
「………………それで、オリヴァーが彼女を求める理由は判明したかい?」
「いえ、そちらにつきましては……殿下の仰られた『面白い人間だと思ったから』以外の理由は判明しませんでした」
「なるほど……彼は噂通り『普通じゃない人間に興味を抱き無理やり引き入れる』というタイプの人物である可能性が高いというわけか。引き続き彼の情報を集めて、アンナリーゼ嬢に対する興味を失わせるような情報があればすぐに報告するように……それでは、アンナリーゼ嬢について教えてくれ」
「アンナリーゼ嬢ですが、エイモン男爵の説得に難儀しており……ダンジョン『暁の平原』に一人で挑戦して攻略できるかどうかを試されているとのことです」
「…………彼女は相変わらずだね。そのダンジョンを攻略するのは三日後に間に合いそうかい? 暁の平原はパーティで挑戦した場合でも平均で二日はかかると言われていたよね……間に合わないのであれば、僕の方も調整しないといけないな……」
「それが……影によりますと、五時間で踏破すると言い切ったとのことです」
「……………………」
ミハエルは思わず天井を仰ぎ見る。
「アンナ……人目のある場所では流石に自重してくれるよね……?」
ミハエルの心労は尽きそうになかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
翌朝、宿の一階で朝食を食べていると、殿下からの手紙が届いた。
何か用事でもあるのだろうか?
封を開けて中身を読む。
「アンナ、ミハエル殿下はなんと?」
「……どうやら禁止区域へ行く目処が立ったようです。三日後の早朝に王都から出立するとのことなので、それまでに二年間のスケジュールを詳細に教えてほしいと書かれています」
「その返事には、今日のダンジョン攻略でスケジュールが変わる旨を書いて送り返しなさい。もちろん謝罪は忘れないように」
「心得ております」
俺はすぐに返事を書いて手紙を送り返した。
そうか、もう裏工作が終わったのか……やはりミハエルは有能だな。
そんじゃ俺も頑張ってダンジョン攻略するか!
俺はマナリアに食事を届けて、午後まで留守にすることを伝える。
そして、お父様と護衛のクジュエンフも準備を済ませたので、ダンジョンへ向かうことにした。
ゲームではストーリー上の都合で一回しか行かないが、ゲームを周回クリアした俺からすると実家のような安心感……いや、あくびが出るほど退屈なダンジョン攻略になりそうだ。
ま、油断はしないけどな!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その頃、リュキール邸ではオリヴァーが執事から報告を受けていた。
「若様、昨日から見張らせていたエイモン家ですが……アンナリーゼ男爵令嬢がダンジョン攻略に向かったと思われます」
「なに? アンナリーゼがダンジョンへ向かっただと?」
「はい。目的は不明ですが、魔装具や防具を装備して馬車に乗り込んだとのことです」
「ふん、俺との戦いに備えて早速『階位上げ』に動いたか……やはり今までの退屈な奴とは違うな」
「どうやら未だ階位は人位下級のようです……しかし、向かう先を確認しましたところ……Eランクのダンジョン『暁の平原』の可能性が高いと目されます」
「人位下級なのにEランクダンジョンか……よほど自信があると見える」
「どうなされますか、若様?」
「ハハハッ! 面白い! 俺も『暁の平原』に行くとしよう! 奴の実力をこの目で見て俺にふさわしいか判断してやる!」
「それでは今すぐに準備をいたします」
「ああ、護衛は二人でいい。大所帯でたかがEランクダンジョンに行くわけにはいかないからな」
「承知いたしました」
部屋を出ていく執事を見送り、窓の外からダンジョンの方角を見つめる。
「クククッ……アンナリーゼ、俺を退屈させない女だ」
暁の平原はオリヴァーがすでに攻略したダンジョンだが、その目は新しいおもちゃを目にした子供のように輝いていた。




