第27話 カジノの洗礼回避
「おやおや、お客様……このカジノは初めてですかな? そんなマシンの操作など、絶対にありえませんよ。別のゲームを試してみてはいかがですかな?」
このカジノの中でも、ひときわ身なりが良い壮年の男性が話しかけてきた。
ようやく釣れたぞ、このカジノを実質的に回している影の支配人。
俺の目的の人物……デーブラン・ダライパス!
フロアパーソンであり複数のゲームテーブルを巡回しているこの男は……帰ろうとするカモを見つけると、金をさらに搾り取るために別のゲームへと誘導する。
その際にどれだけ搾り取れるか完璧に見極めており、どの『本物の上客』のテーブルに入れるべきかを正確に判断しているのだ。
釣れたからといって、ここは油断せず『世間知らずでワガママな少女』をしっかり演じよう。
「おじさんだぁれ? ワタシ、カジノは楽しいところって聞いてたのにぜーんぜんっ楽しくなくてイライラしてるのっ!」
「はっはっはっ! それは申し訳ない。私はこのカジノのフロアパーソンとしてお客様にご奉仕しているデーブラン・ダライパスと申します。お嬢様さえよければ、ちゃんと楽しめるゲームをご案内いたしますが……いかがでしょう?」
「ふぅん? そんなゲームがあるの? なら案内してちょうだいっ!」
「かしこまりました、お嬢様。では、どうぞこちらに……ところで、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「エイモン男爵家のアンナリーゼよ! 早く案内してっ!」
「アンナリーゼ様ですね。承知いたしました、すぐに案内いたします」
移動の際に、デーブランはニコニコと人好きのする笑顔で丁重にもてなしてくれた。
素敵な髪の色だとか、ドレスが似合っているだとか、とにかく相手の長所を見つけ出し適度に褒めて気分を良くしようとしてくる。
丁度いいので俺は気になったことを尋ねる。
「ねえ、デーブラン。ワタシ以外に子どもはいないの? 見かけないけど」
「まだ授けの儀が終わって間もないですから、二年後の学園のために魔装具の調整や階位を上げるのを優先する方が多いようですね。今日はアンナリーゼ嬢以外の同年代の子息子女は一人いらっしゃるだけです」
「そう、普通はそんなものなのね」
そんな会話をしているとデーブランは足を止める。
「お嬢様、こちらならばスロットよりも楽しめるかと存じます。ぜひ一度遊んでみてください」
そうして連れてこられたのは、バカラのエリアだった。
「お嬢様はバカラはご存じですか?」
「知らないわ……教えてちょうだい!」
「バカラとは、トランプを『プレイヤー側』と『バンカー側』に配り、どちらが『9』に近くなるかを予想するゲームです」
「ふーん、それだけ?」
「いえ、他にもルールがございまして……まずは、最初に勝つと思った方にチップを置き、その後はディーラーがルールに沿って進めます。チップが置かれた後は、ディーラーが『プレイヤー側』と『バンカー側』に2枚ずつカードを配り、カードをオープンします」
「その合計が9に近ければいいのね?」
「はい、その通りでございます。ただし、他にも細かいルールがありまして……」
「細かいルールなんてどうせ誤差なんでしょ? それよりも早く遊びたいわ、テーブルに案内してっ!」
「かしこまりました」
俺は『ルールすらちゃんと覚えようとしない少女』を演じる。
こうすれば、俺の残りチップと合わせて予測すると……まずはランクの低い『やさしいモード』のテーブルに案内させるはずだ。
最初はほどほどに勝てるように仕組まれているが、徐々に勝てなくなっていき……最終的にすっからかんになる、そんなテーブルだ。
「こちらのタップテーブル……上限と下限がある場所がお嬢様に相応しいかと。まずは1ゲームやってみていただけませんか?」
「そんなに言うならやってもいいわ。それにしても、参加者はワタシを入れて七人なのね」
「慣れてきたお客様は、十から十二名、さらに十四名以上のテーブルもございます。お嬢様がバカラをお気に召したのでしたら、そちらのテーブルをご案内いたします」
「わかったわ。それじゃあ、早速遊んでみるわね」
俺はディーラーのベット宣言に合わせて、試しに最低数のチップ一枚をプレイヤーに賭けてみる。
他の客は五枚や六枚が多い……そんな中ででっぷりしたお腹の太ったおっさんが上限の十枚をプレイヤーに賭ける。
実はこのおっさんがこのテーブルの上客であり、『サイン』をディーラーと行うイカサマ野郎なのだ。
名前は何だったかな……まあいいか、どうせこのテーブルだけの関係だ。
「ベットを締め切ります」
ディーラーが賭けを締め切った。
そしてカードをプレイヤーとバンカーに2枚配る。
「それでは私がスクイーズさせてもらおうか」
大抵は高額レートのテーブルでは一番多く賭けた人がカードをめくって確認するが、このテーブルでもそのルールみたいで、太ったおっさんがカードをめくるようだ。
どのカードが配られたのか……ゆっくりとカードをめくっていく。
プレイヤーのカードの合計は8、バンカーの合計は5。
この場合、プレイヤーの勝ちだ。
「やったわ! 見て、クジュエンフ。このゲーム、スロットなんかよりずっと勝ちやすい!」
「は、はあ……お嬢様が賭けに勝てたのは自分も嬉しいのですが……負けやすいこともお忘れなくお願いします……」
そこで太ったおっさんが割り込んでくる。
「いやはや、私もプレイヤーに賭けてよかったよ。これでチップが二十枚になったからな、ガッハッハッ! お嬢ちゃんも勝ててよかったねえ、次は掛け金を増やしてみるのはどうかな?」
「そうね、次はチップを2枚賭けてみるわ! ワタシはエイモン男爵家のアンナリーゼ。おじ様のお名前をうかがっても?」
「私はホヨイロ・ラトップ。ラトップ子爵家の当主をやっている」
「まあ! 子爵様でしたのね! このカジノにはお詳しいので?」
「そうだな、もう十年以上ここで遊ばせてもらっているのだ。ルールがわからなくて困ったら私に聞きなさい」
「ありがとうございます、ラトップ子爵様! さあディーラー、次のゲームを始めてちょうだい、今度はバンカーに四枚賭けてみるわ!」
「ふむ、ビギナーズラックという言葉もある……ここは私もアンナリーゼ嬢に乗っかるとしよう。十枚、バンカーに賭ける」
ディーラーがルール通りに進めていく。
結果は……
「やったわ! また勝った! バカラって楽しいのね!」
「ガッハッハッ! 私もアンナリーゼ嬢のおかげで得したよ。もしかしたら勝利の女神が微笑んでくれているのかもしれないぞ? 次も掛け金を上げてみないかね?」
「うーん、どうしようかしら……」
俺が悩んでいるフリをしていると、ディーラーがホヨイロに話しかけた。
「ラトップ子爵様、今日はいつまで遊んで行かれるのですか?」
「そうだなあ……もう十分楽しんだし、あと少ししたら今日は帰らせていただこう」
「承知いたしました。残りの時間も楽しんでいただけるよう願っております」
この会話、ここから負けを増やしていけという合図なのだ。
そして、ホヨイロ自身は賭け金が少ない時だけ負けるようにしつつ、俺みたいなカモが高額を賭けた時に負けさせる。
そんなイカサマがまかり通っているのが『コルアール・オブ・ドリームス』なのである。
名前のわりに夢も希望もねえ悪徳カジノだ。
そんな悪徳カジノで、そのサインを逆手に取り、良いとこ取りして早めにテーブルから離脱する。
それが俺のサイン翻弄作戦。
それを三回くらい繰り返す間に、丁度三倍……怪しまれなかったら、高レートのテーブルでチャンスをじっくり狙い、五倍近くまで粘るつもりだ。
さて、このテーブルでは負けが多くなるから……一回ホヨイロへのサインを見てから高額ベットしてチップを少し増やしたら離脱するか。
「アンナリーゼ嬢、これは運が君の味方をしているようだ! 次も掛け金を上げてみたらいいんじゃないかね?」
「うーん、そうおっしゃられても今度こそ外してしまうような気がしますの……そうだわ、今回は小額にして他の方がベットしてから決めることにしますわ!」
「っ!」
ホヨイロは俺が提案に乗ってくると思っていたのに、気まぐれ(のフリ)を起こして予想を裏切ったため、あからさまに不機嫌になる。
「そうか、それは残念。私もビギナーズラックにあやかりたかったのだが、今日はもう帰ろう……では最後のゲームとしてプレイヤーに十枚賭ける」
他の参加者も賭けていく。
俺はそれを見てからどちらに賭けるかを決めた……ように演じる。
「どうやらプレイヤーの方に賭けた人が多いようね……ワタシもバカラは飽きたし、最後にして次に行きたいわ。だから……思い切ってプレイヤーに上限十枚を賭けるわ!」
「なっっ!?」
「っっ!!」
「えっ!?」
ホヨイロとディーラーが驚く。ついでにクジュエンフも。
他の客も少しは驚いているが、そんなこともあるかとスルーしてくれた。
ディーラーは一瞬悩んだが、いつもの通り手際よくゲームを進めていく。
「勝ったのは……プレイヤーです」
「やったあ! 勝ちましたわ! 見てた、クジュエンフ? チップが倍になって返って来たわ」
「お嬢様……いきなり高額を賭けるのは……心臓がいくつあっても足りません。せめて賭けるなら一声かけてからお願いします」
「はーい。それじゃあラトップ子爵様、他の方々もごきげんよう」
テーブルから離れるとき、さりげなくホヨイロの顔を見る。
その目は、小娘を罠にはめられなかった悔しさがにじみ出ていた。
デーブランの手が空くまで、壁際の人のいないところでクジュエンフと話す。
「お嬢様、なぜ最後に最高額で賭けたのですか? 外したら大損ですよ。旦那様がいたら卒倒してますよ」
「大丈夫ですよ、クジュエンフ。ホヨイロは『最後のゲームでは必ず勝って帰らないと気が済まない男』なのですから。最後と宣言したゲームで大金のチップ十枚を賭けたのです、わたくしを陥れるために自分のプライドとお金を犠牲にするなんて絶対にありえません」
「そう……なんですか……? そんな情報どこから……」
「まあ、今はいいじゃなですか。どうやらデーブランもこちらに気づいたようですし、次のゲームを始めますよ」
そのまま流れでデーブランにエリアを案内してもらう。
ディーラーがサインを出して操作できる余地のあるゲームは気まぐれを装い徐々にチップを増やしていった。
操作介入が不可能、もしくはテーブルにいる上客と直接戦うタイプのゲームは、少し負けてから『つまらない』とクレームを入れて別のゲームに案内させた。
そんなことが三回続いて目標最低額の大金貨三十枚まで増やせたので、帰ろうとテーブルから離れようとして――――その時、後ろから耳元にささやくような声がした。
「お前、『サイン』知ってるだろ」
後ろにいたのは、第二攻略対象者『オリヴァー・リュキール』だった。




