第25話 カジノへ行く前の雑事
孤児院での話話し合いを終えて、俺たちは一度解散することにした。
ミハエルは護衛と一緒に王宮へ帰り、俺はマナリアと一緒に宿へ帰る。
本当は、マナリアを孤児院の子どもたちと会わせたかったが……髪の変化を見られるのは不味いので、マザー・コリーヒーゼに説明を任せることになった。
少しの間、とある仕事を引き受けて別の町に行く……ということにしたのだ。
俺がかぶっていた帽子をマナリアにかぶせて髪を隠し、ミハエルからもらったケープのおかげでボロボロの服も見えない……誰も孤児院のマナリアとはわからないはずだ。
俺と一緒に歩いているマナリアは、不安そうにしている。
「マナリア、やっぱり不安?」
「えっ……まあ、はい。……これからお貴族様が泊まる宿に行くのも、孤児院のみんなとしばらく会えないのも、私にとっては辛い事なので……」
「そうでしょうね……」
マナリアは母親を亡くしてから孤児院に身を寄せた。
そんな悲しみに暮れる彼女を励まし続けたのが、孤児院の子どもたちとシスターたちだ。
いきなり、しばらく会えないしこれからも会える頻度は減る……と言われたら辛いに決まってる。
ちょっと助言をしてあげるか。
「マナリア。家族と離れるのは寂しいでしょうが、ここは頑張り時なのよ」
「頑張り時……? どうしてですか?」
「あなたが聖女として活躍したら、それだけあなたの周囲への影響力は大きくなる。影響力が大きくなれば、あなた自身の発言力も大きくなるわ。そうなれば孤児院への訪問や支援も行えるようになるでしょう。でも、今あなたの存在が他の派閥にバレてしまったら今後活躍できても手柄を横取りされかねないのよ。だから、国王夫妻を治すまでの期間は『我慢の時』なの……みんなと少しでも会えるようになりたいなら部屋でおとなしくするのが賢明よ」
「アンナ様……でも……」
「アンナさん、ね」
「あ、アンナさん、が言うのであれば、そうなんですね……でも、何日も部屋でじっとしてるのは……みんなと会えないのは……やっぱり辛いです」
「そう……では、わたくしが部屋で時間を有効活用できるように『支援魔法』と『回復魔法』の指南書を持ってくるわ。宵闇の古代都市に行ったときに活躍できれば、ミハエル殿下の派閥にも認めてもらえるし、神の褒美も貰えるだろうから。それと孤児院との手紙のやり取りも、わたくしが運んであげる。それで我慢して頂戴」
「あ、アンナ様にそこまでしてもらうわけには……いえ、アンナ様に会えるのは嬉しいんですけど、お貴族様が孤児のお世話をしてるなんてバレたら……」
「いいの、だって私たち『友達』でしょう? それに、家族と離れ離れになる気持ちは……少しはわかるつもりだから」
地球に残してきてしまった家族や友達……みんな、どうしてるんだろうか。
身体は死んだ扱いなんだろうか、それとも身体ごと無くなってて警察に捜索願とか出されてるのだろうか。
もう地球へ戻るのは半ば諦めている俺からしたら、マナリアには諦めず頑張って家族とこれからも会えるようにしてあげたい。
まあ、俺の勝手なおせっかいではあるんだが……おっと、話してるうちに宿に着いてしまった。
「アンナさん……?」
「いえ、何でもないの……それじゃあ、宿にチェックインしちゃいましょう。宿の女将にはわたくしの客人だから世話も侍従に任せてあると言っておくわ。わたくしは指南書を借りてくるからマナリアは部屋で待っててね。他の誰かが来ても開けちゃだめよ。念のため、ノックを三回、五回、三回と分けて行うから、そしたら開けるように」
「わかりました。指南書を受け取ったら、なるべくすぐに覚えて使いこなせるようにしますね」
「ええ、そうして頂戴」
チェックインを無事に済ませて、マナリアが三階の部屋へ入るのを見届けた。
さて、近くに魔法書店があるから指南書をいくつかレンタルしてくるか。
俺は貴族用の服に着替えて、侍女のパメラを連れて宿を出た。
この世界では、本の転写技術は学生バイトの手書きによる転写かギフトで授かる転写魔法のどちらかなので、本は地球ほど普及していない。
平民が文字の読み書きをできるようになってはいるが、魔法の指南書などは専門用語が頻繁に書かれているので転写ミスが起きてしまう……なので時間のある貴族の子どもくらいしかできないのだ。
だから、我が家のような男爵家では本を買うのもためらってしまう程度に値段が高い。
そんな貧乏貴族への救済処置として、本のレンタルがどこの書店でも行われている。
このシステムはあくまで身分のある貴族だからこそできるのであって、平民にはレンタルは行っていない。
実際にレンタルしたまま行方不明になったことがあったらしいので、致し方なし……というやつだ。
徒歩数分で着いた魔法書店に入る
ドアに付いたベルが来店を知らせる音を奏でた。
店内はそこまで広くない。
扱ってる本の数は普通くらいだな。
店の奥のカウンターでは、お婆さんが座っていた。
そして丁度、目が合ってしまった。
「おやおや、お嬢様。この『マギドマ魔法書店』にようこそおいで下さいました。何がご入用で?」
「初心者用の支援魔法と回復魔法の指南書……あと中級者向けのも追加で、レンタルをお願いするわ」
「ふむ、合わせて四冊。レンタルですと一週間で銀貨四枚になりますな」
「そう……ではパメラ、支払ってちょうだい」
「かしこまりました、アンナリーゼお嬢様」
パメラが代金を支払い、本を受け取る。
ミハエルの方で準備がどれだけかかるかわからないが、一週間もあればとりあえずは十分だろう。
店を出ると、パメラが尋ねてくる。
「アンナリーゼお嬢様、そんな指南書どうするんです?」
「カマロン第一王子の派閥から、公爵家にそろそろ子どもを授かりたいという噂があったの。もしかしたら、光属性のご子息が生まれるかもしれないわ。わたくし自身には使えない魔法でも、知っておいて損はないとお父様から覚えておくように言われたの」
「さすが旦那様、未来のことをすでに考えられていらっしゃるのですね」
「ええ、そうよ」
実際は違うけど、まあいいか。
宿へ戻り、パメラに元の仕事に戻るよう伝えて三階まで階段を上がっていく。
マナリアがいる部屋に着いたので、ノックを三回、五回、三回、と行う。
すると、扉の鍵が開けられた音がして、扉が開く。
「アンナ様……言いつけ通り鍵をかけたまま部屋にいましたが、何もないと……ちょっと気が滅入りそうです……」
「なら丁度良かった。あなたのために指南書を借りてきたのだけれど、初心者用だけじゃなく中級者用の指南書も借りてきたの。全部覚えて実践できるようになるには時間がかかると思うから頑張ってね」
「そ、そんな分厚い指南書が四冊も……シスター・ラミスティに文字を教わってるけど大丈夫でしょうか……」
「初心者用の指南書が読めるなら問題ないと思うから、まずは読んでみて。ああ、それと朝食、昼食、夕食はわたくしが運んでくるから、くれぐれも部屋から出ずに我慢するように」
「あ、アンナ様がわざわざご飯を運んでくださるんですか!? 他の従者の方に頼むというのは……」
「残念だけど無理よ。ちょっとした油断で計画が破綻したら元も子もなくなるのだから。あなたはとにかく支援魔法と回復魔法を素早く的確に使えるようになることに集中しなさい」
「は、はい。わかりました……」
微妙な反応だな。
さすがに何日も部屋にこもって魔法の練習は厳しいか……
しょうがない、俺が王都に来るときに暇つぶしで読んでた小説でも貸すか。
我が家で代々読まれ続けてるので古いものだが、気を紛らわすくらいにはなるだろう。
「マナリア……気分転換用に大衆向けの小説でも持ってくるからそれで我慢しなさい」
「小説ですか? 私、本は高価だから読んだことないです……どんなものがあるんでしょう?」
「そうね……大昔の勇者と魔王の戦いの話とか、騎士爵を賜った青年が悪い竜を倒して英雄になる話、あとは恋愛小説なんかもあったわ」
「恋愛小説ですか? ちょっと読んでみたいです……」
そういえばゲームのときクラでは行動力回復アイテムの一つに恋愛小説があったんだった。
この世界のマナリアも普通の少女と同じでそういう話が好きなのか……
なるほど……ゲームで用意されたちょっとしたアイテムにも理由があるなら、色々アイテムを集めておくのもアリだな。
でも恋愛小説はお母様の趣味で数冊あるだけだから心もとないんだよなぁ……
カジノで稼いだら良さそうなのを買ってこよう。
「じゃあ恋愛小説もあとで用意しておくわ。わたくしは用事があるから出かけるけど、しっかりお留守番しててね」
「わ、私そこまで子供じゃないです……!」
慌てて訂正するマナリアを残して部屋を出る。
次に向かう先は、お父様の部屋。
もちろん、金の無心に行くのだ。
情けないがこの世界では授けの儀を終えたばかりの子どもなので、遠慮なく頼らせていただく。
お父様の部屋の扉をノックする。
「お父様、アンナリーゼです。少しお願いがあって参りました」
「アンナか。入りなさい」
返事が返ってきたと思ったら、お父様の侍従がすぐにドアを開けてくれた。
「それでアンナよ、お願いの前に聞きたいことがある」
「はい、現在の状況についてですね」
「ああ、前のミハエル殿下との話し合いからどうなった?」
「それについては……」
侍従にはいったん外に出て待機してもらう。
そして、お父様に現状を説明した。
無事に孤児院の少女が『聖女』のギフトを授かったこと。
その少女がミハエルの派閥に所属するであろうこと。
ただし、自分も今後少女の行動に関わること。
それと予定通り、これから聖女の力を強くする魔装具を取りに行くこと。
国王夫妻の呪いを祓って実績を作り発言権を得るまでは、この宿で匿うこと。
この宿に匿ってる間は部屋で魔法の練習をしてもらい、食事は自分が届けること。
聖女の宿代はミハエル殿下が払ってくれること。
そして、最後の説明……もといお願い。
「お父様、カジノで一儲けするからお金を貸してください」
「うむ、断る」
ねえ、俺ってそんな信用無い?




