第22話 マナリアの授けの儀に向けて
マナリアを説得した翌日、俺は日の出前に起きて孤児院へ行く準備をした。
マナリアなら、きっと授けの儀を受けてくれて、ミハエルの派閥に入ることも了承してくれるはずだ、そう思いながら。
でも、本当にそうなるだろうか……俺の行動ですでに色々な人に影響が出ている。
無事に授けの儀が終わるといいんだが……
お忍びで街を散策する用の『少し裕福な商人の娘』の服を着る。
少なくともぱっと見で貴族と思われなければヨシ。
早朝とも言えるこの時間に見られる危険は少ないが、さすがに第一王子派の貴族である俺が見られたらマズいからな。
宿を出るときは、夜勤の宿屋のおじさんがいるので、貴族用のケープで服を隠してやり過ごす。
誰もいない路地裏でケープを鞄にしまい、帽子をかぶる。
お父様から借りた懐中時計の魔装具で時間を確認する……まだ時間があるが、早めに着いても問題はないだろう。
孤児院の前に着くと、すでにミハエルが待っていた。
さすがにミハエルは平民の服は着ておらず、大きな外套をはおって帽子をかぶり、服と髪を隠していた。
先日は護衛騎士は三人だったが、今日は二人だ。
その二人は冒険者の変装をしている。
うーん、これならまあ、一応一目では王族と貴族の令嬢の集団だとはわからない……はずだ。
「おはようございます。申し訳ありません、遅れてしまいました」
「いや、僕が早く来ただけでまだ指定の時刻ではないよ」
「そう言っていただけると助かります、ミハ…………あの、こういったお忍びの場合なんてお呼びしたらよいのでしょうか……?」
「うーん……そうだね。とりあえず『エル』とでも呼んでもらおうか」
元の名前を略したのか……後から調べられたときに普通に怪しまれそうだが、大勢の人目につく場所でもないしそこまで警戒しなくていいか。
「わかりました、エル様」
「駄目だよ、アンナリーゼ嬢。こんな胡散臭い格好をしてるのに様付けなんてしてるところを聞かれたら、確実に身バレしたくない貴族だと疑われてしまう」
「そうですね……では、よろしくお願いします…………エルさん」
「うん、まあ今はそれでいいか……そうだ、君のことも愛称で呼んだほうがいいかもしれないね」
どことなくウキウキしてるな、ミハエル。
やっぱり王族と言ってもまだまだ子供だし、お忍びで変装して民と接するのとか楽しいんだろうか。
俺も授けの儀が終わってマナリアを観察しに行ったとき、街中を変装して散策したら楽しかったし。
小さい頃のファンタジーに対する憧れが実現すると、歳をとってても嬉しいものなんだと実感したよ。
男は大人になってもドラゴンと剣のキーホルダーに興味をそそられるのだ。
えっ、俺だけ……?
まあ、それはそれとして……ミハエルが呼ばれ方を変えたのに俺がそのままじゃ意味ない……ってのは納得だ。
「確かに、わたくしも呼ばれ方を変えるべきですね……親しい人によく呼ばれてるのですが、わたくしのことはアンナと呼んでくださいませんか?」
「うん、そうするよ……アンナ。できればしゃべり方も変えたほうがいいかもしれないね」
「そうなると、敬語や謙譲語はやめるべきでしょうか?」
「そうだなぁ……裕福な商人の娘なら甘やかされてそうだし、独特な口調で少し粗野な感じがいいんじゃない?」
「独特な口調で少し粗野……む、難しいですね…………じゃあ、こんな感じで行くの。エルさん、これでいいの?」
「へえ、君が語尾を『の』に変えるだけでだいぶ印象が変わるね。それなら貴族とは思われないんじゃないかな……ふふっ」
ミハエル、笑いを堪えきれてないぞ……わかってるよ似合わないことは……
さっきからずっと楽しそうなんだが……そんなにツボにはまったのか?
まあ、今はいいや。
「わかったの……エルさん、慣れないしゃべり方でボロが出そうだから、今日の儀式みたいに重要な場面は頼り切りになりそうなの……」
「全然構わないよ、むしろ僕に任せてもらえる場面があって安心したくらいさ。公の場でそれらしく振る舞うのは得意だから期待していいよ」
「エルさん、頼もしいの」
ミハエルは年齢に見合わないほど対応が大人びてるからな、そこは信頼してる。
そんな話し合いをしてると、マナリアが走ってやってきた。
「ご、ごめんなさい〜! 早く起きたつもりなのですが……待たせてしまいましたか?」
「いいや、僕たちが早く来ただけだよ。それと、このケープを羽織るといい。それだけで孤児院の子だとはわからなくなるから」
「お、王子様が……わ、私のために……!? あ、ありがとうございます!」
「ああ、マナリア……それなんだが。今回のことは内密にしてほしい作戦なんだ……僕たちへの呼び方と態度を変えてもらいたい」
「え? よ、呼び方と態度……ですか?」
「そう、僕は髪を帽子で隠さないと一発でバレてしまうからこんな帽子をかぶっているけど……この服は派閥と繋がりのある商人から買ったんだ」
大きな外套からチラリと服を見せてくれた。
「エルさんも商人の子供の服なの?」
「そう。これで『裕福な商人の息子と娘』、それと『そこで働く予定の少女』、『親がつけた護衛の冒険者』が揃ったわけだ。誰かに見られても、これくらいやればそこまで怪しまれないだろう」
「そういうもの……なんですか?」
「そうなの、マナリアも私とエルさんの呼び方を変えるの」
「あの……アンナ様のその呼び方としゃべり方も、変装の一環なんですか?」
「そうなの。似合ってないのは承知の上なの」
似合ってないって話だろ?
わかってることだけど、推しに言われるとすごく悲しい……
「似合ってないことありませんよ。前よりもずっと親しみやすくて沢山おしゃべりしたくなっちゃいます」
「そ、そうなの……?」
これはあれか、貴族と平民でしゃべり方に対する印象が違うんだな。
まあ、推しに変だと言われなくてよかった……本当に。
それにこの反応、友達になってほしいというお願いを受け入れてくれた感じがする。
う、嬉しい……!
授けの儀が終わったら、孤児院の院長室で隠し魔装具のあるダンジョンについて共有する手筈になってるから、そこで色々話し合いたいな。
ときクラでは描写されなかったマナリアのこととか沢山聞きたい。
そんなことを考えていると、ミハエルが少し慌てて訂正してきた。
「アンナ、僕も似合ってないなんて思ってないよ。ただ、いつもと違う君にギャップを感じてたんだ。僕の周りにそういう御令嬢はいなかったから……だから勘違いしないでほしい……」
おいおい、ミハエル?
な、なんか必死になってないか?
あー……そうか。
貴族の御令嬢ばかり見てきたミハエルからしたら、俺の演技したような少女は……いわゆる『おもしれー女』みたいな感じ……なのか?
王族にタメ口きくような少女なんて普通いないからな。
とりあえず似合ってないわけじゃないならいいか。
「わかったの、エルさん。マナリア、私のことは『アンナさん』、エルさんはそのまま『エルさん』と呼んでほしいの。口調は商家に仕える予定の平民だから変えなくても大丈夫なの」
「わかりました、アンナさん。おう……エルさん、よろしくお願いします!」
「……うん、それじゃあ教会に行こうか。もう聖堂で準備してくれてるはずだしね」
「はい! エルさん!」
うん?
マナリアが緊張してるのか『王子』って言い間違えそうになったよな……
なのに、ミハエルが……何も言わない。
機敏に聡いあのミハエルが……?
……なんかマナリアへの反応が薄いんじゃないか?
うーん……どうやら、あとで二人の仲を取り持っておく必要がありそうだ。
好感度が一定以下だと学園一年目でバッドエンドになるルートもあったんだ、シナリオより前だからといって油断できないぞ……
マナリアへの態度に不安を感じつつ、俺たちは教会へと向かった。




