第21話 マナリアの悩みと『友達』
孤児院を出た俺は、ミハエルに疑問をぶつけた。
「あの、ミハエル殿下。あのような説得の仕方でよかったのですか?」
「うん、しょうがないんだ。派閥のトップの僕が兄上たちの派閥の具体的な悪口をあの子に吹き込んで、それがおおやけになったら僕の失策として扱われるだろうから。なにせ、ギフトを授かったあとに王族から問いただされたら、あの子は正直に答えないと死罪だからね」
「あ……そう、ですね」
この世界では王族をだます行為は死罪とされている。
平民のマナリアは嘘をついてはいけないし、黙って済ますこともできないのだ。
そして、聖女になったマナリアがミハエルの派閥に属したら……第一王子か第二王子が理由を尋ねる可能性は高い。
だからといって、このままではマナリアが雲隠れする可能性や、他の派閥に行く可能性も高まってしまう。
なんとかして説得したい……
派閥のトップが他の派閥の具体的な悪口は言えない……か。
ん……? それなら……
「なら、第一王子派閥の弱小貴族の子女であるわたくしが、自分の派閥や第二王子の派閥のデメリットを『深く考えずに伝える』のなら、大きな問題にはなりませんね?」
「……そんなことをしたら、君だけの処罰では済まないよ」
「大丈夫です……なにせ、わたくしには他の人にはない特別な知識がありますから」
「……そうだった。君には特別な知識があるんだったね」
そう、原作知識を使えば第一王子や第二王子の対応も多少は誤魔化しが効くはずだ。
授けの儀から国王夫妻の治療までをバレずにやり通した後なら……まず話くらいは聞いてもらえるだろう。
そこで、ときクラ含めた前世の知識を総動員して、国への貢献を約束するのだ。
隠し魔装具から帝国の暗躍、邪教の目的、魔王の打倒方法……それだけじゃなく科学や医療の知識も共有する。
現代知識無双……ってやつになるのかな?
いや、そんな上手くいくかはわからないが……
でも、曖昧な知識もあるが、雑学ニュースなんかを好きでよく見てたから、生活の知恵から最新技術の簡単な原理くらいなら伝えられるはずだ。
……さすがに事前準備なしで有用な知識を上手くまとめて伝えるのは不可能だ。
期限までに可能な限り利用可能そうな知識と技術をリストアップして、実現可能になるまで試行錯誤をくり返しながら色々挑戦するしかないな。
ともかく、今の状況だとマナリアにはミハエル派閥に入ってもらわないと何が起こるかわからないし説得に行くぞ……!
「それでは、行ってまいります……明日の朝、孤児院の前でお待ちしてますね」
「ああ、君なら上手くやると信じてるよ」
そう言葉を交わし、ミハエルと別れた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
マナリアは悩んでいた。
いきなり王子様や貴族の御令嬢が訪ねてきたかと思えば、自分が聖女になる予知が出たと言われたのだ。
自分にはそんな大役を背負いきれないし、聖女になったら貴族の意向に振り回されるんじゃないかと、ずっと悩んでいた。
王子様は、自分の派閥? とやらに入ればお金をくれると言っていた……確かに孤児院にはお金が必要だが、逆に孤児院を人質に行動を制限される恐れもあるんじゃないかと、不安は尽きない。
もういっそのこと逃げ出してしまおうかとも思ったが、それこそ孤児院に被害がおよぶかもしれない。
一人で考えても、らちが明かない……と思ったマナリアは、院長であるコリーヒーゼに相談することにした。
マナリアはまっすぐ院長室までやって来た。
「マザー・コリーヒーゼ、少しよろしいでしょうか……?」
「ええ、問題ないわ。どうかしたの?」
「……明日の授けの儀に行くべきかどうか悩んでました」
「それは……まあ、当然だわ。聖女だなんて、誰が言われても驚くし、悩みもするでしょう」
「私はどうしたらいいのでしょう……」
「難しく考える必要はないわ。あなたの心がおもむくままに行動なさい……それが一番よい未来になるでしょう」
「……それで、いいんでしょうか。私には、自信がないです……」
今までは平民同士だから、心のままに人を助けたりできた。
でも、貴族や王族の人相手にそんなことをしていいのか……悩みは解決しそうになかった。
突然、ノックの音がする。
「マザー・コリーヒーゼ、お客様です」
「あら、ラミスティね。誰がいらしたのかしら?」
「アンナリーゼ・エイモン男爵令嬢がおいでです」
「まあ、アンナリーゼ嬢が? お通ししてちょうだい」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
俺はコリーヒーゼとマナリアのいる部屋に入った。
「実は、お伝えしたいことがあって再度訪問させていただきました」
「伝えたいこと……ですか?」
「貴族の派閥や、寄付金などについてちゃんと知ってからでないと、納得できないかと思いまして……マザー・コリーヒーゼでは伝えられないこともあるでしょうし」
「ええ、確かに私ではマナリアに伝えられないことが多くあります」
「その伝えられない知識を、わたくしなら伝えても大丈夫なのです」
「えっと……それはどういう……?」
「それでは、王族の派閥から説明しましょう」
マナリアに第一王子の派閥や第二王子の派閥、ミハエルの派閥について説明し……それぞれの派閥の特徴から属したときのメリット・デメリットも話し、聖女のギフトを授かった場合に得られる恩恵と義務、そして国王夫妻が病に伏せっていてそれを治せるのがマナリアのギフトなのだということまで……他にも色々と話せることをとにかく話した。
マナリアは、軽く混乱してはいるが一応理解してくれたようだ。
真剣に悩んだ様子でしばらく黙ったあと、俺に質問してきた。
「あの、どうしてそこまで私に親切にしてくれるのですか……?」
あー……これはどう説明したら納得してくれるかな。
前世の異世界についての話はまだ信じてもらえないだろうし……
……ここは、ときクラの原作知識を事実に上手く混ぜて利用しよう。
「それはね……実はわたくし、お忍びで王都を散策することがよくあるの」
「それが私となにか関係しているのですか?」
「散策してて色々な話を聞くんだけど……あなたは自分で思っているより王都の住人から好感を持たれてるの。知ってた?」
「え? そうなんですか?」
「パース孤児院のマナリアちゃんは、よく手伝いをしてくれて手際も良い、誰にでも優しくて困っている人を放っておけない……それが、わたくしが聞いたあなたの評判」
「そ、そんなに褒められてたなんて……知りませんでした」
まあ、面と向かってそこまで褒める人はいないだろう。
せいぜい感謝を伝えるくらいが一般的だ。
「だからね、わたくしの事情もあるけれど……純粋に友達になってみたいな……って思ったの」
「へ? わ、私なんかと貴族のお嬢様が……と、友達に!?」
「ええ。あなたのように、孤児院の子供たちやシスターとも仲がよくて、王都の人たちからも評判がいい……そして困ってる人を助ける優しさ。貴族の世界ではそんな人いないわ……だから、あなたと友達になれたらきっと楽しいだろうなと思ったの」
「で、でも……平民で孤児ですよ? そんな子どもがお貴族様と対等にしゃべったら、なんて言われるか……」
「もちろん、二人っきりの時だけ友達として話しましょう? わたくし……いえ、私のことはアンナと呼んでね」
「そ、そんな恐れ多いです!」
「お願い、あなたと仲良くなりたいの」
「で、では……アンナ様、なら……」
「うーん……じゃあ外では『アンナ様』、二人きりなら『アンナさん』で……まあ、最初だしこんなものね。いずれは『様』も『さん』を取ってもらうからね」
「え、えぇ……?」
「それじゃ、そろそろお暇するわ。マザー・コリーヒーゼ、この話は内密にお願いします」
「ええ、ここまでマナリアのことを思ってくださるのですから……心の中にしまっておきますとも」
「ありがとう存じます。マナリア……明日の朝、迎えに来るから準備をお願いね」
「は、はい……」
「そこは『うん、アンナまた明日』って言ってほしいな」
「い、今はマザー・コリーヒーゼがいらっしゃるので……」
「それもそうね……じゃあ、今後に期待ということで。それでは御機嫌よう」
俺は、ギクシャクしたマナリアと微笑ましいものを見たという表情のマザー・コリーヒーゼを残して、部屋を出た。
そのまま通路を通り、まだ掃除中のシスター・ラミスティに挨拶をして家に帰った。
明日の朝、きっとマナリアは準備して待ってくれているだろう。
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アンナリーゼが帰ったあと、マナリアは夕飯の手伝いをしていたが……その手は動いていなかった。
頭の中は先ほどの話し合いでいっぱいだった。
まさか、貴族のお嬢様に友達になってほしいなんて言われると思わなかった。
「お貴族様にも、ああいう人がいるんだ……」
平民の孤児と友達になりたいなんて……変わった人。
だけど、きっと優しい人。
説明してくれてる際に、この孤児院が困窮していることも気にかけてくれていたし、孤児院のみんなのことも心配してくれてた。
なにより、自分にこんなに善意を向けてくれた人は今までいなかった。
もし、平民と貴族のしがらみなく関係を築けるなら……
「アンナ様と……仲良くなれるのかな……?」
そう思うと、あれだけ不安だった明日が……少し待ち遠しくなった。
そんなことを考えて手が止まったままのマナリアは、ラミスティに注意されるまでぼーっと考え込んでいたのであった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
深夜、パース孤児院の院長室に二人の影があった。
「それで、アンナリーゼ嬢はどうだった?」
ミハエルがコリーヒーゼに尋ねる。
「マナリアと友達になりたいとおっしゃっておられました」
「へえ? ギフトのことがあるとはいえ、友達か……」
「なにか問題が?」
「いや、ちょっとね……それで、他には何を話してたのかな?」
「ええ、他にもですね……」
ミハエルとコリーヒーゼの密談は小一時間続いた。
ミハエルは話を終えて、誰もいない孤児院の通路を進む。
外套で姿を隠し、孤児院を出た。
夜空の月を眺め、独りつぶやく。
「先を越されちゃった……かな」




