第12話 ミハエルの思惑と憂鬱
エイモン家の二人と『はじまりの洞窟』へ魔装具の回収に行くことを了承したところで、今回の会合はお開きになった。
他にも彼女が言う『御告げ』の内容は気になるし、父上の病気が帝国の呪術によるもので解呪できるのが平民であることなど、詳しく聞きたいのはやまやまだったが、エイモン家の二人は既に帰りたそうにしていたのでその意図を汲んだ。
彼女らも事前に用意した話の内容からかけ離れていて困っていただろうから、一度出直させて考える時間を与えるのは『誠実』を重視する自分にとって至極当然の待遇だった。
ただ、普段僕と関わる貴族の時と違って彼女との会話は楽しく……つい彼女の話の中で聞かれたくなさそうな部分をつつくような真似をしてしまった。
いつもの僕らしくない……いや、これも僕の性格の一部か。
今まで自覚する機会がなかったのだ。
そんな僕の一面を引き出した彼女が特別なのか、それとも他の貴族令嬢もあのように楽しいと感じさせてくれるのか……十歳になり社交会が頻繁に催されるから直にわかるだろう。
「ふぅ……それにしても驚いたな。まさか異世界が存在して、そこの住人がリーサント王国貴族の御令嬢に生まれ変わるなんて……」
まだ全てを信じたわけではないが、あの表情と仕草に現れる感情を見るに……妄想や夢と断定できないと思った。
それだけの理性を感じ取れたのだ。
妄想や夢を真実だ正夢だと言い張る輩は数多く見てきたが、そいつらの目はどいつも正気じゃなかった。正気だったとしても、嘘で私を騙して利益を貪ろうとする小悪党ばかりだった。
また彼女と話したい……純粋にそう思った。
ミハエルは気持ちを落ち着かせるため、用意していた紅茶を一口飲む。
だが、ミハエルの心は弾んだままだった。
来週、彼女の提案でダンジョンに隠された魔装具を取りに行く。
詳細はまだ決まってないから、彼女とじっくり話せるように『お願い』してみようかな?
護衛騎士数人と馬車の御者と僕と彼女だけであれば、馬車の中で二人っきりで話せるだろう。
年頃の男女が二人きりで馬車に乗るのは、本来ならば避けるべきことだ。
特に王子である僕は。
だけど今回は授けの儀での恩を返すために、ダンジョン探索を手助けするという大義名分がある。
既にカマロン兄上にはあの日の事も含めて伝えてあり、後はお互いの派閥へ借りを返したという体で周知させればそこまで大きな問題にはならないだろう。
多少は僕が男爵令嬢に懸想しているなんて噂が出そうだが、派閥に関わらず下級貴族の子息子女ともダンジョン探索を行えば有耶無耶になるはずだ。
そうだ、エイモン男爵にはアンナリーゼ嬢に来るお茶会のお誘いの対応を任せよう。
どうやら敵対派閥の公爵令嬢に啖呵を切るだけの根性を評価する貴族もいたらしいから、誘いは必ず来るだろうしね。
アンナリーゼとのダンジョン探索について考えるミハエル、だがミハエル自身は自覚してない……その顔が喜びに満ちていることを。
そんなミハエルに冷水を浴びせるノックの音が響いた。
「入れ」
ミハエルが応えると入ってきたのは、ミハエルの母に仕える侍従だった。
「ミハエル殿下、第三王妃様がお呼びです」
「……わかった、今行く」
ミハエルの顔からは笑顔が消えていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「お待たせいたしました、お母様」
「待っていましたよ、ミハエル……何をしていたの?」
第三王妃のマルファ・フォウ・チャコウ、ミハエルの母親が怒気をはらんだ視線をミハエルに向ける。
「……来週の公務について予定を調整し、他派閥の貴族との連携についての政策を計画していました」
それを聞いたマルファは目を鋭くし怒鳴りつける。
「まだそんな事をしているのですか! 早くカマロンやトコーツンを追い落とす策を考えなさい! ただでさえ貴方はギフトに恵まれなかったのですから、何倍も、何十倍も努力してあの二人を蹴落とし玉座を奪うのです!」
「はい、お母様……期待に応えられず申し訳ありません」
マルファはミハエルの謝罪を聞いても怒りが収まらず、さらに怒鳴りつける。
「いいですか、ミハエル! 今月中に成果を出して派閥を強化し、カマロンやトコーツンに目にものを見せてやるのです! そうすれば、わたくしを見下すあの女狐共もきっと悔しがるに違いありませんからね!」
「承知いたしました、お母様」
「わかったのなら早く行動に移りなさい!」
「はい、それでは失礼いたします……」
マルファの私室から退室し、自室へと向かう。
マルファの侍従は冷めた目で、僕の侍従は好奇心で、僕を見ていた。
今に始まったことじゃない、物心ついた頃にはすでに……僕の周りに『味方』はいなかった。
護衛騎士の数人は僕を慕ってくれているが、政治の世界には踏み込めない立場だ。彼らに助けを求めても、すぐに高位貴族が裏から手を回し……潰される。いたずらに犠牲を増やすだけだ、味方にはできない。
あくまで職務を全うする騎士として扱わなければ、すぐにでも失ってしまうだろう。
そして味方以前に、母は僕を愛していない。
他の王妃を蹴落とし正妻になりたいがために、優秀な子供という駒が欲しいだけだ。
母の侍従はそんな母を内心見下している。
癇癪を起こし抽象的な命令をするだけで、自分では何もできない。
見た目の良さと淑女教育で体裁を保ち、運良く陛下の目に留まっただけで国を統治する陛下の正妻としての適正は無い。
そんな評価をしている。
僕の侍従は、僕という神輿が余計なことをしないか監視しつつ、僕ら親子のやりとりを出歯亀のように覗いて楽しんでいる。
自室に入り侍従を下がらせてから、ようやく一息ついた。
授けの儀の後のパーティーを思い出す。
公爵令嬢という上の立場の人間に怯むことなく意見を主張し、貫き通した男爵令嬢のことを……
そして異世界で得た僕の知らない知識を語る彼女のことを……
「あの子が僕の派閥にいてくれたら……」
……その先の言葉は声に出されることはなく、ミハエルはただ一人静かな部屋から窓の外を眺めていた。




